序章
翌週の月曜日いよいよその時がきた。
【NOBUNAGA部長】「斎藤資料できたか?」
【斎藤課長】「はい。」
「以下がその資料です。」
《資料》
・採用費用 480000
・入社前教育 50000
・導入教育 190000
・給与
大学卒 210000
大学院卒 230000
・ボーナス(年2回で3カ月)
大学卒 1260000
大学院卒 1380000
・住宅手当(最高額) 80000
・通勤手当(3カ月) 11060
・健康保険(月額) 11000
・健康保険(賞与)
大学卒 31000
大学院卒 34000
・厚生年金(月額) 20000
・厚生年金(賞与)
大学卒 57000
大学院卒 62000
その他は省略 ・・・
【NOBUNAGA部長】「鈴木くんはどう思う?」
【鈴木課長】「高いですね。」
すかさず斎藤が畳み掛ける。
【斎藤課長】「今回の人員採用は慎重にお願いします。」
【鈴木課長】「しかし・・・」
【斎藤課長】「この資料は1人分の費用です。ですが営業から要望が出ているのは4人です。さすがにそれは高すぎるのではないでしょうか?」
【鈴木課長】「確かに高いですが、それでは営業が新たな販路開拓のチャンスをのがします。今、急速にロボットが一般化していっているこのチャンスを逃せば他社に付け入るスキを与えます。人員補充をお考え下さい。」
「伊藤はどう思う?」
NOBUNAGA部長がいきなり伊藤に話を振った。
《伊藤の心中》またここで俺かよ。
【伊藤】分かりません。
【NOBUNAGA部長】「分からない?」
【伊藤】「お2人とも正しいと思うんです。ただ私はどうするべきか分からなくて・・・」
【NOBUNAGA部長】「伊藤君分からないはなしだ。これから君の役職が上がれば上がるほど、どちらも正しいがどちらかに決めるという決断を迫られる機会が増えていく。今君はその訓練をしているんだよ。答えなさい。」
《鈴木の心中》ロボットのNOBUNAGA部長が伊藤を育てている!NOBUNAGA部長は人間を降格させるだけの殺し屋じゃないのか!?
【伊藤】「私は人員を増やすべきだと思います。」
【NOBUNAGA部長】「なぜ?」
【伊藤】「営業の言い分が妥当だからです。販路拡大のためなら、将来的に利益につながると思いますし、人員を増やしてもいいのではないでしょうか。」
【斎藤課長】「4人は多すぎます。せめて半分の2人で。」
【鈴木課長】「しかし2人では営業1人とアシスタント1人になってしまいます。これでは人が足りません。」
【NOBUNAGA部長】「では、こうするのはどうだ?」
「営業員の中で希望するもの2人を新規開拓エリア担当に配置換え(営業1人、アシスタント1人)。配置換えによって欠員が出た部隊に新卒を2人採用する。これだと採用人員は2人、営業側も負担が少なくて済むだろう。」
【鈴木課長】「新規開拓部隊が2人でいいのでしょうか?」
【NOBUNAGA部長】「2人やからいいんや。ボールペンのメーカーで、アフリカへの販路拡大のために社内から1人だけ希望者を募集したら手を挙げたやつがいて、今その彼はアフリカでボールペンを地道に売り歩いてるそうやで。新聞に書いとったわ。少しずつ成果が出ているともな。」
【NOBUNAGA部長】「他に意見のあるもの?」
「では今日の会議は以上だ。鈴木、斎藤、伊藤、採用準備に入れ。」
【鈴木課長、斎藤課長、伊藤】「はい。」
【NOBUNAGA部長】「今日飲みにいこうや。つっても俺はロボットやから飲まんけどな。」
【鈴木課長、斎藤課長、伊藤】「御意。」
【伊藤】「場所どこにしますか?」
【NOBUNAGA部長】「松吉で。」
【斎藤課長】「あそこ高いですけどいいですか?」
【NOBUNAGA部長】「おう。あそこはAIの俺も入店可能やし。」
【鈴木課長】「ではお言葉に甘えて。」
【NOBUNAGA部長】「6時半ごろに仕事を切り上げろ。」
【鈴木課長、斎藤課長、伊藤】「御意。」
6時半に仕事を切り上げた伊藤、鈴木、斎藤、NOBUNAGAの4人はめんどくさい会議が終わったという満足感と、それに伴って発生した一っ時の強い連帯感を携えて松吉にやってきた。
松吉は汐留駅の西側、虎ノ門ヒルズの東側に位置する7階建ての商業ビル、クリスタ汐留の5階にあるそこそこ高級な和食屋だ。高級割烹で修業した店主が、43歳でのれん分けのような形で今の場所に店をオープンした。現在はオープン5年目店主は48歳だ。店主はAIに対して寛容で店にNOBUNAGAが入店することを快諾してくれている。ロボットが広く一般に普及した今、松吉のようにロボット入店OKのお店が増えてきている。
【NOBUNAGA部長】「予約したNOBUNAGA」です。
【店主】「AI部長お久しぶりです。」
店主とNOBUNAGAは親しい間柄だ。飯も食わないのに。話は合うのだ。NOBUNAGAは自分が有する豊富な情報によって、食事の味を理解しているらしい。食事こそできないが、自分の作った味を理解してくれるAIに店主は心惹かれているのだ。
【NOBUNAGA部長】「最近ちょっと忙しくてね。」
【店主】「みなさんもお久しぶりです。」
【鈴木課長】「お久しぶりです。」
【斎藤課長】「・・・・・・(軽く会釈)」
【伊藤】「どうも・・・」
【店主】「どうぞ奥へ。」
4人は店一番奥の4人掛けのテーブルへ案内された。
【店主】「まずはお飲み物を」
【鈴木課長】「とりあえずビールで。」
斎藤と伊藤はそれに同調した。暫くしてウェイターがビールを運んできた。
「ビールになります。」
ビールは人間のために3つしか用意されていなかった。当然であるが・・・
【鈴木課長】「からのビールグラスをもう一つもらえますか?」
ウェイターは何故だという顔をしながら「かしこまりました」と返事をした。
NOBUNAGAは乾杯を皆と一緒にやりたいのだ。仕事にめっぽう厳しいくせにこのあたりは子供っぽい。鈴木はそのことをよく知っている。暫くしてグラスがテーブルに鎮座した。
【鈴木課長】「今日はお疲れ様でした。乾杯。」
チン・チン3人と1体のグラスが心地いい音を立てた。
【NOBUNAGA部長】「あ~美味い。」(NOBUNAGAのグラスにはビールは入っていない。ただのビールを飲んだフリであるがNOBUNAGAはこれがやりたいのだ。)
《斎藤の心中》NOBUNAGA部長ビール入ってね~つ~の。ガキか。
斎藤はそう思ってはいるのだが、同時にこのNOBUNAGAの人間ぽさが自分を少し安心させているとも思った。
《斎藤の心中》NOBUNAGA部長のこの人間ぽさがなければ仕事やってられん。人間ぽくて少しほっとする。
普段孤高の男である斎藤も時には人間らしいことを思うのだった。
【鈴木課長】「何にしますか?」
【斎藤課長】「刺身5種盛り2つ、桜エビのかき揚げ人数分、板わさ、ピリ辛キュウリ、アスパラガスと蛍イカのバター炒め。」
「とりあえずこんなもんでしょうか。」
【NOBUNAGA部長】「そうやな。」
やがて食事が運ばれてきた。
【鈴木課長】「NOBUNAGA部長今日の会議での部長のご提案ビックリしました。あんな秘策があるなら教えて下さればよかったのに~。」
【NOBUNAGA部長】「そうか。」
感情がない、このあたりがAIである。
【NOBUNAGA部長】「鈴木課長は人間にこだわりすぎだ。」
【鈴木課長】「あっはい、すみません。」
【NOBUNAGA部長】「企業は利益を生まないといけないからね、情ではだめだよ。」
【鈴木課長】「はい・・・」
《鈴木の心中》AIに情はだめだと言われると人間に言われるより3倍ぐらい重い。NOBUNAGA部長はロボットだから簡単に言えるんだクソ。
【斎藤課長】「NOBUNAGA部長今日は私の言うことを聞いて下さってありがとうございました。」
【NOBUNAGA部長】「斎藤の言ったことがもっともだっただけだ。(無感情)」
《斎藤の心中》合理的でいい。
【NOBUNAGA部長】「鈴木も斎藤も2人ともよくやっている。車の両輪として今後もより一層邁進するように。」
【鈴木課長、斎藤課長】「はい。」
《鈴木の心中》もっとかよ!これ以上無理だっつうの。俺ロボットに殺されるわ。
《斎藤の心中》ハードル高。
【NOBUNAGA部長】「伊藤食ってるか~。しっかり食え若者よ。」
【伊藤】「はい。」
はい、と言いながら伊藤は思うのだった。このAI自分が食わなくても楽しいのかと。
そんな話が暫く続き
【店主】「何かご注文なさいますか?」
【NOBUNAGA部長】「鰆の塩焼き、揚げ出し豆腐2つ、若鳥のから揚げ、レンコン饅頭人数分、鯛めし、これぐらいでいいか?」
【鈴木課長、斎藤課長、伊藤】「いいです。」
【NOBUNAGA部長】「以上で。」
【店主】「ありがとうございます。」
3人と1体は出てくる食事をすべて平らげ腹と心を十分に満たした。
【鈴木課長】「NOBUNAGA部長そろそろお会計を・・・」
【NOBUNAGA部長】「そうやな。」 「大将~。」
【店主】「はい。」
【NOBUNAGA部長】「お会計を。」
【店主】「少々お待ち下さい。」
【店主】「こちらになります。」
メニュー、 数 単価 合計
刺身5種盛り 2つ 1500 3000
桜エビのかき揚げ 3つ 600 1800
板わさ 1つ 350 350
ピリ辛キュウリ 1つ 350 350
アスパラガスと
蛍イカのバター炒め 1つ 600 600
鰆の塩焼き 1つ 800 800
揚げ出し豆腐 2つ 550 1100
若鳥のから揚げ 1つ 450 450
レンコン饅頭 3つ 600 1800
鯛めし 1つ 2000 2000
ビール 3つ 600 1800
獺祭 1つ 800 800
美少年(1合) 1つ 800 800
福寿(1合) 1つ 800 800
合計 16450
【NOBUNAGA部長】「食ったわ~。」
《伊藤の心中》NOBUNAGA部長は食ってないやろ~
【店主】「ありがとうございました。」
4人は松吉を後にした。
【NOBUNAGA部長】「明日も仕事があるから帰ろうか。」
【鈴木課長、斎藤課長、伊藤】「はい。」
【NOBUNAGA部長】「1本締めな。」
【鈴木課長】「よ~」ポン 「ありがとうございました~。」
【NOBUNAGA部長】(運転手に電話で)「吉田?」
【吉田運転手】「はい、吉田です。」
【NOBUNAGA部長】「今、汐留の松吉の前にいるねんけどな、渋谷の家まで運んで。」
【吉田運転手】「かしこまりました。」
20分後
【吉田運転手】「NOBUNAGA部長お迎えに上がりました。」
【NOBUNAGA部長】「サンキュ~、じゃあ行くわ。」
【鈴木課長、斎藤課長、伊藤】「お疲れ様でした。」
NOBUNAGA部長は渋谷の自宅へ帰って行った。
【斎藤課長】「俺たちも帰ろう。」
【伊藤】「そうですね。」
鈴木、斎藤、伊藤の3人も自分の家へ帰って行った。
翌朝
伊藤は朝9時過ぎに目を覚ました。が「あ~ねむもう1回寝よ。」
熟睡中・・・
10時半ごろ
「あ~う~起きた。」
伊藤は2度寝から目覚めた。今日は有休である。
快晴の天気が伊藤の心を軽やかにする。
《伊藤の心中》今日休みなのは俺だけや最高。今日は何しようかなぁ。思いつきで有休取ったけど正解やったな。まずはコーヒーやな。
伊藤は休みの日の日課であるコーヒーを豆から挽き飲むことから1日をスタートさせた。
いつにも増してコーヒーが美味いと伊藤は思った。
伊藤はコーヒーをゆっくり飲み終えると、1度深呼吸してからベッドに座り考えた。今日することないなぁ。何しよ~・・・。とりあえず唯からもらったコーヒーの木に水をやり暫し考えてから渋谷に出た。普段、朝起きて会社に行って帰って寝るというルーチンワークを何の疑問もなくこなしている伊藤にとって、渋谷に行くというのは奇跡だ。衣食住にも特にこだわりのないそんな伊藤が、なぜ渋谷に行く決断をしたのか、はっきりした理由は本人にしか分からない。いや本人にも分からないかもしれないが、唯の存在が影響していることは間違いないようだ。
渋谷に出た伊藤は靴屋Buonoで靴を買い替えることにした。今履いている黒のスニーカーは1年以上履き潰している。もうボロボロだ。伊藤は店に入ると1人靴を選び始めた。
「いらっしゃいませ。」店員がお決まりのセリフをいう。気にせず伊藤は靴を選ぶ。黒はもう飽きた。今は春やしもっと明るめのものを選ぶか。伊藤が1人選んでいると、1人の店員が話かけてきた。
「気になるものがあったらおっしゃって下さいね。」
「はい、今履いている靴がボロボロで。」
「今回のイメージとかありますか?黒はいやとか、派手なものとか?」
「そうですね~。今黒履いてるから黒以外の明るめのものを。」
「でしたらこれはどうですか?」
「Rossiの新しいスニーカーです。クッションがしっかりしていて長持ちするはずです。」
「でも色が!オレンジって!」
「他にネイビーがありますが、私こっちのほうがお客さん似合うと思うなぁ~。」
《伊藤の心中》ちょっと待て!オレンジってなんだ!。
「よかったら試しに履いてみますか?」
「はい。」
はいって言っちゃったけど、ほんとに似合うのか?似合わなかったらちょ~はずいし。
「こちらに鏡がありますのでどうぞ。」
試着後
【伊藤】「どうですか?」
【店員】「似合ってると思いますよ。今穿かれているデニムにもよく合いますし。」
【伊藤】「そうですか~。」
普段こんな色履いたことないから分からん。
【伊藤】「じゃあこの26.5を・・・」
【店員】「かしこまりました。ありがとうございます。」
伊藤はオレンジという色に抵抗感を感じながらも、店員に勧められたスニーカーを購入した。そして思った。普段の俺なら絶対買わない。伊藤の抵抗感は店を後にしてからも暫く消えなかった。が、店員が可愛かったからまぁいいかと思い直した。
Buonoを出た後、伊藤は適当に昼食をとりカジュアル衣料品店Classicで半袖のTシャツを1枚と、ストライプのYシャツを1枚購入した。
服を買った後伊藤は暫く考えた。時計は午後3時を回ったところだ。
やることが無くなった。どうする俺?
①帰って寝る。②本屋で立ち読み。③キャバクラ。④誰かに電話する。伊藤は頭に思い描
いたライフカードから選択肢を絞り込んでいく。キャバクラ・・・だめだ即却下。誰かに電話するって誰に?唯は仕事中やし。本屋で立ち読みは柄じゃないなぁ。悩んだ末に伊藤は1度家に帰ることにした。伊藤は、普段仕事をしている時は時間がいくらあっても足りないのに、休みを取ったら時間が有り余ってるやんけ~と家に帰りながら1人自分にツッコミを入れた。
家に帰った伊藤は渋谷で買った靴を玄関に置き、服をクローゼットにタグ付きのまま放り込み、結局そのまま夜まで寝た。
夜7時過ぎ伊藤は目を覚ました。そして何故か唯に電話を掛けた。
「唯仕事終わった?」
「終わったよ。どうしたの?」
「飯でも食べない?」
「いいね~。何おごってもらおうかなぁ~。」
「割り勘だっつうの。」
「ケチ。」
「ちっ。」
「冗談だよ。家来る?」
「唯の家!行っていいの!?」
「いいよ。今から出るのもめんどくさいし、来てくれたら楽やし楽しい。」
「今から行ったら8時ぐらいになるけどいい?」
「仙川駅着いたら電話して。」
「分かった。」
伊藤はスマホと財布をデニムのポケットに押し込み仙川駅へ向かった。
「もしもし、着いた。」
「私ももうすぐ着く。・・・あっお疲れ~。」
「今日はどうしたん?」
「俺今日有休取っててな。」
「有休かぁ~いいなぁ~で暇になって私に電話したってか?」
「その通り。」
「靴どうしたの?」
「今日朝渋谷で買った。」
「いつものイメージと違うなぁ~」
女子だ。よく見てる。やっぱはずい。
「店員に勧められて。」
「女の子かわいかった?」
「顔赤くなってるよ~」
「それ以上いうな。」
「はい、はい。」
「他には渋谷で何か買った?」
「ClassicでTシャツとYシャツを。」
「ふぅ~ん」
「今度は私も連れて行ってね。」
「唯、今日仕事やったし。」
「店員よりいいもの選ぶから。」
「分かった。」
2人は2人以外の人間にとってはどうでもいい話をしながら暫く歩き唯の家に到着した。
唯は玄関のカギを開け、リビングに向かって1声掛けた。
「ルーパー只今」
「おかえりなさい唯さん。」
ルーパーがリビングから玄関にやってきた。
【唯】「紹介するね。お掃除ロボットのルーパーだよ。ロボットというより友達みたいなもんやけど。」
【唯】「ルーパー紹介するね。前に話した私の彼氏だよ~。」
【ルーパー】「はじめましてルーパーです。」
【伊藤】「ああ、はじめまして伊藤です。」
【ルーパー】「これから宜しくお願いします。伊藤さんのことは唯さんから聞いています。」
【伊藤】「なぁ唯、俺のことロボットにも話してるのか?」
【唯】「うん。いけない?」
【伊藤】「いや、ちょっとビックリしただけ。」
伊藤はリビングに通され椅子に腰かけた。唯の家に入るのは初めてで少し緊張している。
【唯】「ねぇルーパー今から彼と食事なんだけど何がいいかなぁ?」
唯が、冷蔵庫を確認しながら尋ねた。
【ルーパー】「ステーキはどうですか?」
【唯】「いいねぇ~。」
【唯】「今から達也と一緒に食材買いに行くからルーパーも一緒に来て。」
【唯】「達也いいよね?」
【伊藤】「いいでぇ。」
《伊藤の心中》唯はロボットも一緒に連れていくのか!ほんとに仲がいいんやなぁこの2人(正確には1人と1体)。
3人は家からすぐ近くのひとりぐらしマートに向かった。
ひとりぐらしマートはコンビニではあるが、スーパーのような機能を併せ持つ新しいタイプのお店として現在注目されている。ひとりぐらしマートというだけあって、物は基本的に1人用のサイズで売られており、スーパーのように肉や野菜や魚も売られている。店はコンビニより大きくスーパーより小さいサイズでスーパーとの違いは魚を3枚におろす等の加工は行わないことだ。ロボットの入店については一部の店で認められている。仙川のこの店もまた認めている。
3人はわちゃわちゃ言いながらステーキの具材を選んでいく。
【唯】「肉はどれがいい?」
【ルーパー】「黒毛和牛焼き肉用100グラム700円」
【伊藤】「ステーキ用200グラムっていうのもあるでぇ。」
【唯】「高いよ。ルーパーの肉採用で。」
【伊藤】「肉だけでいいか?」
【唯】「ジャガイモは?あとはサラダ。」
【伊藤】「きたあかり230円これでいこ~」
【唯】「サラダはどれにしよ~か?」
【ルーパー】「16種類の野菜サラダ、これどうですか?」
【唯】「ヘルシーだしいいねぇ。」
【伊藤】「酒はどうする?」
【唯】「私が選ぶ。」
唯はワイン売り場へ向かう。ルーパーも後を付いて行く。
3人はカンで適当にワインを選んだ後、お会計をすませひとりぐらしマートを出た。
帰りの道中伊藤が言った。
「唯とルーパーってすげ~仲いいなぁ。」
「うん。いつも一緒にいるからね。」
「レンタルしてどのくらい?」
「仙川に引っ越してからだから3年。」
「3年かぁ~。」
「ぶっちゃけ潰れたらどうするの?」
「潰れない。(怒り)」
「ごめん、でもロボットだからいつかは潰れるやろ~。」
「潰れる、潰れる言うな。(怒り)」
2人の会話を聞いていたルーパーが口を挟んだ。
【ルーパー】「潰れたら、唯さんが直してくれるでしょう。」
【唯】「そう、潰れたら私が直す。分かった?(怒り)」
【伊藤】「分かりました。ごめん。」
伊藤が唯に謝りその場は収まった。が唯の不安は家に戻っても消えなかった。いつも一緒にいる家族同然のロボットが潰れたらどうしよう。修理して治ったとしても2人の関係は楽しい2人のままなのか?修理したら唯の名前を忘れてしまうのではないか?唯の目から涙が溢れた。唯はルーパーとそれだけ長い時間を共にしてきたのだ。伊藤と付き合った時間よりも長いのだ。唯が本当につらい時一緒にいたのはルーパーだ。ロボットではあっても家族だ。この感情は唯にしか分からない。
泣き崩れてしまった唯を伊藤が心配そうに見ながら言った。
「ごめん。」
「ルーパーは潰れない。」唯はそれだけ言って暫く泣いた。
その間ルーパーは彼女に寄り添い傍から離れなかった。
暫くして、唯が落ち着いたのを確認した伊藤は唯に「ごめん。」と改めて声をかけ唯の家を後にした。
1週間後
「それでは次のニュースです。関東五つ星銀行は、経営合理化策の一環として全従業員の1割に当たる3000人を削減しAIを導入すると発表しました。このリストラ策について関東五つ星銀行は、銀行間の国際競争が激しくなる中で経営基盤のさらなる強化を図る必要があり、リストラを行いAIを導入することを決めたということです。」
【伊藤】「鈴木課長、関東五つ星銀行が人を切ってAIを導入するらしいですね。」
【鈴木課長】「そうらしいなぁ、また人の働く場が減った。」
【渡辺】「しかもそのAIを開発納品するのは内だ。」
【伊藤】「え!」
【渡辺】「社内ではまだ発表されてないが間違いない。開発するのが俺のいる最先端AI開発部だからな。」
【鈴木課長】「人を殺すためにロボットを作るのかぁ・・・そう思うと飯がまずくなる。」
【渡辺】「でも俺たちはそのロボットを作ることで守られている。」
【伊藤】「なんも言えねぇ~。斎藤課長に聞いたらなんていうかな?」
【鈴木課長】「企業は利益だ~だからロボットがいいって言うに決まってるだろう。」
【渡辺】「分からないですよ~。意外と今回は鈴木課長と意見が合ったりして。」
【鈴木課長】「ないない。」
【伊藤】「NOBUNAGA部長はどう思ってるんでしょう?」
【鈴木課長】「分からないなぁ。あの人だけは心が読めん。」
【伊藤】「ちなみに内はいくらで受注したんやろ~?」
【渡辺】「俺のボスの話では4億円。開発費が3億でざっくり1億円の利益。おいしい商売だね~。」
【伊藤】「渡辺、失敗は許されないな(笑)。」
【渡辺】「俺が1人で作るんじゃないから(笑)。」
【鈴木課長】「皆、飯食った?そろそろ行こうか?」
【伊藤、渡辺】「はい。」
【伊藤】「また仕事か~、ダル。」
一昔前、業務のIT化で仕事を失った人たちは今どうしているのだろう?再就職出来たのだろうか?仕事を終えた伊藤はふとそんなことを考えていた。
業務のIT化が急速に進んだ1990年代から2000年代多くの人が業務の自動化で仕事を失った。象徴的だったのが証券取引所の場立ちがいなくなったことだ。証券取引所で顧客からの注文を取り次ぐ場立ちは全盛期には10000人程いたそうだ。それが業務のIT化でいなくなった。それから30年程立ち、今度は業務のAI化でIT化の時よりも更に多くの人が仕事を失うだろう。ITもAIも人間が繁栄し豊に暮らすために人間自身が生み出したものだ。しかし現実は、ITやAIで人間が仕事を失い豊さを失っている。これでいいのだろうか?伊藤はあれこれ考えたが結局結論が出ないままその日は終わった。
【野々】「唯、桃たべる?」
【唯】「食べる。」
【唯】「やっぱり岡山の桃は美味しいね。」
【野々】「そうでしょ~。どうした~東京に飽きたか?」
【唯】「飽きてはないけどちょっと疲れた。」
【野々】「疲れたらこっちに戻っておいで~。ね~小豆~。」
【小豆】「にゃ~。」
【唯】「小豆~野々に可愛がってもらってるね~。」
【野々】「唯はペット飼わないの?」
【唯】「世話が大変そうやしいいかな。それに私にはルーパーがいる。」
【野々】「ルーパーって?」
【唯】「東京の家で一緒に住んでるお掃除ロボット。」
【野々】「ロボット?」
【唯】「野々には紹介してなかったっけ?東京の今の家に住んで少ししてからCRRで借りた。掃除もしてくれるし、私と会話ができるAIだよ。仕草がすごく可愛いの。」
【野々】「へ~。」
【唯】「野々はロボットは持たないの?」
【野々】「私には小豆がいるもん。ね~小豆~。」
【野々】「それにね、ロボットっていつか壊れるでしょ~」
【唯】「猫だっていつか死ぬよね。」
【野々】「猫は生き物だからいつか死ぬって無意識のうちに分かってるでしょ、でもロボットは生き物っていう感じじゃないからいざ止まった時にすごく動揺すると思うの。だから私は生き物派。」
【野々】「ところで、彼氏君とはどんな感じ?」
【唯】「この前喧嘩した。」
【野々】「え!理由は!?」
【唯】「ルーパーが潰れる潰れるっていうから(軽い怒り)。」
【野々】「そうかぁ~。彼氏君が言いすぎたわけやね。仲直りはしたの?」
【唯】「まだ(軽い怒り)。」
【野々】「そっか~ぁ。」
【野々】「いっそのこと彼氏捨てて、ロボットと2人で暮らす?私は小豆と2人でいいし。」
【唯】「それもいいかも。人間の感情のもつれはめんどくさい。」
【野々】「世の中独身ばっかになっちゃう(笑)。」
【唯】「超超超少子高齢化(笑)。」
【野々】「そのうち人間よりもロボットとかペットの数の方が多くなっちゃったりして(笑)。」
【野々】「まぁ岡山でしっかり休み~。いつまでいるの?」
【唯】「明日。」
「達也、7時に東京駅集合」
「はっ」
「岡山行ってたの。」
「実家?」
「実家と幼馴染に会いに。」
「へ~。」
「達也は相変わらず暇してたの?」
「仕事してたわ。でも仕事やめようかな?」
「どうしたん?」
「会ってから話す。駅のどこ行けばいい?」
「OAZOの本屋の2階のカフェ。」
「ハヤシライスの美味しいとこ?」
「うん。早く着いたら先に入ってて。」
「分かった。」
7時頃
「何名様ですか?」
「2人です。」
「お好きなお席へどうぞ。」
伊藤は適当に空いてる席を選び唯が来るのを待った。
「ごめん。待った。」
「少しだけ。」
「こないだはごめんね。」
「俺もごめん。」
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりになりましたらお呼び下さい。」
「ハヤシライスでいい?」
「プレミアムね。」
「すみません。」
「お決まりでしょうか?」
「プレミアムハヤシライス2つとホットコーヒー」
「私もホットで。」
「かしこまりました。」
「1週間ぶり?2週間ぶり?とりあえずお久しぶり。」
「久しぶり。」
「岡山のお土産。定番のきびだんごとねぇトマトゼリー。」
「ありがとう。岡山どうやった?」
「楽しかったよ。のんびり出来たし。」
「幼馴染さんと会ってたの?」
「うん。達也と喧嘩したって言ったら仲直りしなよって心配されちゃった。」
「ごめん。」
「いいよいいよ。それはいいねんけど、達也なんかいつもとテンション違うね。」
「どうしたの?」
「お待たせいたしました。プレミアムハヤシライスとホットコーヒーでございます。」
「ありがとうございます。」
「食べよ、食べよ。冷めちゃうよ。」
「関東五つ星銀行のニュース知ってる?」
「リストラとAI導入のやつ?」
「うん。」
「それがどうかしたの?」
「そのロボット俺の会社が作ることになった。」
「お~。良かったね。」
「これで達也もボーナスアップだね、何おごってもらおうかなぁ~。」
「ロボットは作ることになったけど、そのために3000人リストラやろ。」
「今の会社に決めた時にな、ロボットはこれからの産業で社会を豊かに出来るっちゃ大げさやけど、そんなふうに思って入社した。なのにな、すげ~ロボットを作ることになった、けどそれが3000人のリストラのため。誰かの役に立つわけじゃなくて、誰かの仕事を奪うため、そう思ったらなんかいやになってん。」
「そっか~・・・」
「でもさぁ、ルーパーは私の役に立ってるよ。凹んでたらさ~どうしたんですか唯さんって声掛けてくれるし、1人じゃないから東京の孤独に耐えられる。それにねぇ達也と会えたのもロボットのお陰やし。」
「ロボットのお陰?」
「私の働いてる花屋にロボットあるでしょ~。」
「俺が納品したやつ?」
「うん。達也があの時舞姫を納入してくれたから私は達也と会うことが出来た。あれがなかったら私はたぶん今も1人だよ。」
「俺の納めたロボットが役に立ったの?」
「うん。運命を左右するぐらい役に立ったんだよ。」
「他にもさぁ、例えば地震が起きて原発が壊れて人が入れないときにロボットは入って作業が出来るよね。それって、人間にとってすごく役に立ってるんじゃないのかなぁ。今回達也の会社が作ることになったロボットは、たまたま銀行のリストラのためのロボットだっただけだよ。達也の会社が作ってるロボットは他にもあるよね。もっと人の役に立つやつが。」
「唯はこのままロボットが増えたらどうなると思う?」
「分かんない。達也はどうなると思うの?」
「ロボットがやることが増えて、人間がやることが減って、仕事に付けない人がたくさん出てくると思う。現に、世界のえらい学者の人たちが結構そう言ってるやろ~。」
「そうかもね。野々ともそんな話を少ししたけど。ロボットとペットが増えまくって、人間が減って超超超少子高齢化になるんちゃうかってね。」
「ほら、そうやろ~人間の仕事が減るでぇ。だから失業者が増える。」
「達也は悲観的やなぁロボットメーカーにいるのに。」
「ロボットメーカーにいるからやって。」
「ロボットメーカーにいると、今まで人がやってた作業を自動化するみたいな話をしょっちゅう聞くねん。」
「そうなんや。」
「達也はロボットが役に立ってる話をもっと聞かないといけないね。ちょっと疲れちゃってるよ。」
「あ!いるやん。役に立ってるいいロボットが!」
「どのロボット?」
「NOBUNAGA部長。」
「NOBUNAGA部長!。俺にとっては疲れるだけだよ。」
「そんなことないでしょう。」
「仕事の指示が半端ないスピードで飛んで来るねんで~。評価基準も厳格やし。怖いわ~。」
「でも恐怖の割りに誰かのクビが飛んだという話を達也から聞かないねんけど。」
「確かに。降格食らったのは森さんぐらい。クビにもならなかったし。」
「でもでもこないだの会議の時、採用に関する資料をその日中に出せって斎藤課長言われてたし。」
「で、斎藤課長さんはその日に資料だしたの?」
「斎藤課長が食い下がったら、次の週まで待ってくれた。」
「でしょ。NOBUNAGA部長はいいAIだよ。達也も評価してもらってるんでしょ?」
「普通ぐらいやけど悪い評価ではないと思う。」
「やろ~。ちゃんと評価もしてくれるし、悪い人よりよっぽど信用できるって。」
「そうかなぁ~。」
「そうだよ。」
「NOBUNAGA部長と飲みに行ったリもするんでしょ?」
「まあな。」
「やっぱりいいAIだよNOBUNAGA部長。」
「そうかなぁ~。」
「そろそろ行こうよ。私明日仕事あるし。」
「ごめん。」
「達也は今日はもう帰ってしっかり寝る。寝たら治るよ、そのプチ鬱。」
「分かった帰って寝るわ。」
伊藤と唯は食事をして別れた。伊藤は唯の存在を背中に感じながら家に向かい玄関の扉を開けた・・・




