扉が開くとき
1
亘がいなくなってから、太助は煙草一箱を空にしていた。「佐藤さん、また!」と怒鳴る声に意識を戻した。
秘書兼マネージャーの萌だった。
「また、そんなに吸って。そんなに吸っていたら肺がんになりますよ。何かあったんですね」
「何かあったって分かるの?」
「佐藤さんは何か嫌なことがある度にそうやってスパスパ吸うから、すぐに分かっちゃいます。どうかしたんですか?」
「急に呼び出してすまなかったね。でも、こういうのは電話で言うべきじゃないと思ったんだ。とても申し訳ないが……」
「どうしたんですか、佐藤さん?」
「すまない。秘書とマネージャーを解約したいんだ」
「つまり、私はクビですか?」
「言い訳はしない。退職金と思ってくれ」
せめてもの思いを込めて、通常の二倍近い退職金を入れた封筒を出した。そして、一枚の名刺を出した。
「そこの事務所には紹介してある。君ならやっていける。君は有能な人だった。僕を支えてくれた。だから、もっといいところへ移るといい。今までありがとう」
「待ってください、佐藤さん。話が唐突過ぎます。この学校はどうするんですか?」
「悪いが、それは教えられない。君は知らなくてもいい」
「よくないです!」
初めて聞く萌の啖呵に、太助は一瞬たじろいだ。語尾をやたら伸ばす、ほのぼのした印象が嘘みたいだった。
「佐藤さんは法律を知らなさすぎです。解雇の宣告は、三十日前って決まりです。つまり、翌月の今日までは、私は佐藤さんの秘書兼マネージャーですよ」
「そうだったのか。知らなかったな」
一見ゆとりっぽい感じで、ちゃんとしているのだから油断できない。
「だいたい学校はどうするつもりです?」
今日は午後からのレッスンがある。普通、どの学校でも月謝の納入は月初めと決まっているが、今月に限り経理の事情で、来月分も支払うように頼んである。今日の生徒は二か月分の授業料を持ってくる。生徒数は八人×二か月分。遠くへ逃げるだけの資金なら事足りる。備品を売却した分の半分は萌に渡した。
もしも、学校を畳むことを知られれば、自分は犯罪者になる。だが、もう落ちるところまで落ちたのだ。
萌を残して部屋から出た太助は、煙草を出そうとポケットをまさぐると、何かが床に落ちた。それは古いお守りだった。布袋が所々ほつれている。翔が自分なんかのために渡してくれたものである。
「黒澤くんか。僕は汚い大人になった。こんなアコギな事をしてるんだぜ」
亘の言葉が脳裏によぎる。そうだ。自分はいつまでも過去から目を背けている。では何が悪かったのだ?
レッスンの広場には、生徒達がすでに集まっていた。色々な理由でこの学校の門をくぐり、中には親の期待を背負い、テレビの子役に自分を重ね合わせ、夏休みだという子に時期を浪費している。
かつての自分のように。
本当にそれでいいのか?
「みんな、集まったね。今日は二か月分の月謝の回収があったね」
生徒達は封筒を持っている。数万もあれば、ゲームだって買える。遊園地で遊べるし、ゲーセンで豪遊できる。こんな馬鹿げたことに使う必要などない。ここにいる子供達は愚かだ。彼らの親も。そして自分も。
「今日は課外レッスンをしよう。この学校で最後の授業だ」
太助の後半の言葉に生徒達は、最初は耳を疑っただろう。冗談か聞き間違いかと思ったのか、大半が複雑な笑いを浮かべる。
「その金で好きなように遊んでくるといい。親は君達に投資した金だ。君らが何に使おうが勝手だ。ひとしきり遊んだ後、自分の人生を振り返ってくれ。今までの自分はどうだったか、今の自分、そして、これからの自分はどうあるべきか。それができなかったら、ずっと、クソみたいな人生を生きる羽目になるぞ」
一様に不安の表情へ変わっていく。
「まず、君らに謝らなければいけない。入学当初、僕は、皆に才能があると言った。あれは全部ウソだ。ここにいる誰も彼も才能なんてない。そう言った理由は、君らの馬鹿な親から金を出させるためだ。無論、僕もそれらしいことは教えてきた。だが、賭けてもいい。この学校から天才子役なんて100%出ない」
扉が開いて、萌が入ってきた。もう、自分を偽ったままでいる必要なんてない。太助は言葉を続けた。
「昔、ある一人の天才子役がいた。彼は赤ん坊の頃からテレビに出ずっぱりで、小学生になっても学校に行く日もなないほど、CMやドラマ、映画に出る仕事ばかりの毎日を送っていた。ファンが彼をお茶の間で見ない日はなかっただろう。だが、小学六年の頃、彼の子役人生は終わった。彼の親が犯罪をして警察に捕まった。天才子役は犯罪者の息子というレッテルを貼られ、テレビとファンは呆気なく、彼を見捨てた。その後はアイドルをしても人気は出なかった。だが、過去の栄光は簡単に捨てられるものじゃない。大人になった彼は夢の続きを見ようと考えた。どうしたと思う?」
太助は改めて、子供達を観察した。総じて怯えている。泣き出す寸前だ。だが、怖がらせるのが目的じゃない。その先にあるものだ。
「彼は子役の養成学校を作った。自分と同じような天才子役を育てようと思ったのか、結局、それもうまくいかなくなった。一緒に仕事をしていた奴が、莫大な借金だけを残して逃げてしまった。残った彼は、叶うはずもない夢を子供とそのバカな親に売りつけては借金を返そうとしたが、それもダメだと分かると、金を持ってどこかへ逃げようと考えていたところだ」
とうとう、生徒の数人が泣き出した。件の元天才子役や、彼に騙されているのが自分達だと、さすがに気づいてくれたようだ。
「もう一回言うよ。君達には子役になる才能なんかない。あったとしても、消費期限は短い。数年で消えてなくなる。僕にはあった。だけど、たまたま上手くいった結果に過ぎない。子供の姿で、赤の他人の都合のいいだけで動く才能。それが僕の持っていたもの、今の君らが追い続けているものの正体だ。君達は……お前達はそんなものために時間を潰しているんだよ!」
太助は我知らず声を荒げた。目の前の生徒達とかつての自分の顔が重なる。今の目の前に二十年前の青空コスモがいれば、きっと同じ言葉をぶつけただろう。
子供達はとうとう泣き出してしまった。これでいい。太助は手を叩いた。
「さあ、夢の時間は終わりだ。その金で遊んで来い。子供は存分に遊べ。その後にじっくり自分の人生を考え直せ!」
「あの、先生――」
一人の女子が涙を拭いた。確か、この学校での最初の生徒だった。
「これも演技なんですか?」
「演技なら、僕は一流の役者だ。ここにいるから三流なんだ。さあ、君も卒業だ。夏休みなんだから、馬鹿な道を歩かないでまっすぐに歩け。お前を数年間この学校に行かせた親もお前もスカタンだ。失った時間を取り戻せ! 早く帰れ!」
教室から一人もいなくなってしまった。無人になったスタジオに一人座り込んで、太助は煙草をくわえた。
「佐藤さん、お疲れ様です」
「さっきも言った通りだ。萌ちゃんも行け。俺はちょっと用事で行かないといけない場所がある」
「そこまで運転します」
「もういいよ」
「契約期間は翌月の今日までですよ」
頑固な秘書だ。太助はふと、長年の疑問をぶつけてみた。
「一つ聞いていいかな。萌ちゃんは俺のファンだったんだろ。でも、コスモ時代は、萌ちゃんは幼稚園かそこらだろ。そんな頃からの子役に入れ上げてたの?」
「いいえ。私は、『グリムリン』の頃からです」
太助が十代後半の頃に入っていたアイドルグループだ。ブレークする直前にリーダーが大手の女の子とホテルに行ったせいで潰された。『あの人は今!?』系の番組も取り上げられないほど、忘れられた存在になった。
「結構マイナーだったはずなんだが。他にもカッコいいアイドルとかいただろ」
「あの頃の佐藤さん、すごく歌が下手だったからです。ダンスもイマイチでした。それがよかったんです。あの頃の私も歌が下手だったから、ひたむきに頑張る佐藤さんが好きでした」
「そっか。そういや、あの頃は結構苦労したんだけどな……じゃあ、萌ちゃん、自己破産の申請をしに行くついでに、先週ロケをした学校に連れて行ってくれないかな」
「母校の常盤台南小学校ですね。何しに行くんですか?」
「魔物退治だ」
「了解」
冗談を真に受けたのか、どうか知らないが、萌の返事に迷いはなかった。
2
駅前に降り立った亘は周囲を警戒らしながら、静まり返っている交差点に進んだ。自動車がドアを開けたまま、信号の前で打ち捨てられている。歩道には人の姿もなく、どの店には店員や客の姿もない。町そのものが無人の状態だった。
結局、大人は誰も助けてくれなかった。こうなったら自分だけで何とかするしかない。
交差点から古い商店街に入った時、電器店の店頭に置かれたテレビが勝手に点灯した。
(篠田亘……一人でノコノコ帰って来たか。 てっきり逃げたかと思ったよ)
液晶にはショウの顔が映っていた。口には毛虫をかじっていた。黒い粘液が滴っている。背景は学校の校庭のようだ。
「皆に元通りにして。そうじゃないと、僕は徹底的に戦うぞ」
(強がりはよせ。残っているのは、もうお前一人だけだ。佐藤太助あたりを頼ったみたいだが、残念だな。人間とはエゴの塊さ)
「君も似たようなものだろ」
ショウの目が赤く光り、口元の歯をあらわにした。サメのように尖っている。
(クソガキが一人で何ができる? 今日はお前の命日にしてやる。お前は誰一人も救えやしないのさ)
亘はテレビの電源を切った。アーチのかかった薄暗い商店街の向こうに広がる住宅街。その先に学校がある。
亘は早歩きで進んだ。後ろから何かが来るような気がしたが、一度も振り返ることもなく前進した。あいつを目の前にして、本の力で封印するしかない。
出口近くのパチンコ屋を過ぎたところで、店内から物音がした。無人の店の扉が開いて、何かが転がり出てきた。
亘はそれを拾い上げた。パチンコ玉だった。次々と店から出てくる。数個どころではない。ごごごっと低い音が聞こえる。これはとてつもなく嫌な予感がする。
亘は思わず走った。途端、店のガラスを突き破り、大量のパチンコ玉が道路に溢れた。銀玉の洪水が商店街を埋め尽くす勢いで流出する。逃げても足元に追いついてしまい、たちまち膝まで埋めてしまう。
「うわっ!」
銀色の洪水に流されるまま、亘は本に書いてある呪文を思い出した。自分が見ているのは幻覚だと思った。
手を組み合わせ、「夜に出る太陽はない。物の怪が作りし、すべてのまやかしよ、消えろ!」
見よう見まねで叫んだ途端、固い床の感触が当たった。起き上がると、そこは商店街の入り口で、さっきの電器屋の前にいた。
さっきのはやはり幻だった。亘は目を凝らした。信じられない頃だが、ずっと向こうにある出口の向こうには、また商店街の入り口があり、電器屋のテレビを眺める自分の姿があった。振り返ると、パチンコ屋があり、その向こうにはやはり同じ光景が広がっていた。
(お前はどこにも逃げられない。死ぬまでさまよい続けるんだよ)
ショウの顔が画面を占める。亘は近くにあった看板を拾い上げて、テレビに投げつけた。火花が散って、ショウの映る画面が暗転した。このまま進んでも出口には出られない。引き返しても同じ。亘は考えながら、もう一度呪文を唱えてみようと思った。
「亘?」
聞いた覚えのある声がした。
「雛ちゃん?」
後ろに彼女や未来や一也がいた。しかし、彼らが無事ではないのを、亘は承知している。彼らの足元に影がないのがその証だった。
「もう、お前だけだぞ。早く、捕まってしまえよ、篠田」
「そうそう、無駄な抵抗をしても何の意味もないんだよ」
「亘、あんたは何をしても役に立たないんだよね。あたしだって、あんたのせいで捕まってしまったんだよ」
彼らの声は本物だ。ショウがしゃべらせているに違いない。あいつは近くにいるのか。それとも学校にいるのか。
「分かった。観念するよ。ねえ、僕を学校まで連れて行ってくれない」
三人はニヤリと笑いながら、亘を取り囲んだ。「これでショウ様も喜ぶ」と口々に言いながら、彼の腕を引っ張った。学校にたどり着けば、ショウに会える。その時が勝負だ。
商店街を抜けて、住宅街を進んでいくと、学校の正門に到着した。
正門から校庭に続いて、人の壁ができていた。その間を通り、校舎側に設置された壇上に、ショウはいた。
「味方がいないのは寂しい限りだな」
「一人でやるしかない。だから、ここへ来たんだ。僕は怖いなら、そんな高いところにいる必要もないだろう」
ショウは壇上から降り立つと、指を鳴らした。それだけで亘の周りから人が離れた。
「一つ面白いゲームをしようか。あれを見ろ」
向かって右奥にある図書館、その屋根の上に篠田夫妻がいた。こちらに向かって手を振っている。
「あの二人に飛び降りろと命令するのもいいな」
「止めろ」
「育ての親がいないと困るか? なら、こいつはどうだ」
二人の隣に、クラスメイトの龍樹がいた。さんざん、自分をいじめていた奴だ。二人と違って、怯えた顔を浮かべており、体はロープで縛られている。その後ろには、別の生徒が控えている。
「お前を苦しめていた奴を落とそうか。お前の気も病むこともない」
「ダメだ」
「憎い人間も助けてしまう甘さ。人間の心というのはおかしなものだな、篠田亘。虫唾が走る」
ショウが近づいて来て、亘の顔を掴んだ。
「外で太助以外に誰と会っていた? そいつから何を聞いた?」
3
校庭は異様な雰囲気に包まれており、裕美子は人垣に紛れて、その様子を眺めていた。手にはいつも持っているお守りを離さずにいた。
壇上の上に立つ少年に息を飲んだ。
「翔くん……」
亘の話は本当だった。かつての幼馴染の黒澤翔と寸分違わない姿をしているが、その顔立ちには闇が差している。中身は別の何かが住み着いているのだ。ワタルと呼ばれていた魔物。宿主を常に求める寄生虫のように、今はショウの体を乗っ取り、その名前を名乗っている。
「さて、遊びは終わりだ」
ショウが宣言した。
「篠田亘、お前もこちら側へ行くといい」
助けるべきだ。自分ではそう思っていても、体が動かない。出てきたところで、自分に何ができるのか。理屈ばかりが頭を満たしてしまう。
「僕は負けない!」
亘が叫んだ。その手がショウの肩を掴む。何か脈絡のない呪文を唱え、「魔の者よ、その身を溶かせ!」と声を上げた。亘の足元が光り出した。魔法陣がいつの間に描かれていたのか。
足か。ショウが自分に気を取られている隙に、足で地面をなぞって、封印の円陣を作っていたのか。
裕美子は内心、彼の利口さに驚いた。今思えば、彼が投降したのもここにいるショウの目の前まで来るチャンスを得るためだったのかもしれない。教室の中で大人しく小市民に徹していた生徒は、今ここにはいない。
魔法陣から立ち上る煙を、ショウがすべて吸い込んでしまった。光りは失われ、あとに残るのは這い上がった砂ボコリであった。ショウは二の腕に焦がした以外に、何事もないように亘を突き飛ばした。
「残念だな。霊体であった頃のオレならば、深手を負わせていただろう。だが、生身の人間に乗り移った今では、全くの無意味さ」
亘は呆然自失していた。その首をショウがつかんだ。そして、彼の足を地面から浮かせた。
「わざと捕まって、オレに近づこうとするとはやるじゃないか。例の本に手に入れたのも、前のお前にはできなかったな。だが、安心しろ。もうじき終わりにしてやる。貴様だけは親友の姿で殺してやる」
ばたつく足。抵抗する手は宙を切るばかり。その顔が蒼白に変わっていく。
ダメ……。
裕美子は震える体を叱咤した。
4
消えゆく意識の端で、誰かがショウを突き飛ばした。おかげで地面に倒れた亘は、脇腹を打ったが、その痛みのおかげで朦朧としていた意識が晴れた。
亘は立ち上がる前に、誰かが肩に添えた手で引っ張り上げた。
「先生?」
「逃げるの、早く」
五年二組の担任、金江裕美子の姿に、亘の絶望が薄れた。その顔つきを見れば、最初に尋ねた時とは違う何かを感じ取れた。この人は自分で戦う事を決めてくれた。
「ごめんなさい。今まで助けてあげられなくて」
「いいんです」
雑踏の壁に裕美子はお守りをかざすと、十戒で波が割れるように、逃げるだけの道を作った。本の力も使わずにどうやって。
ショウが立ち上がり、憤怒の表情を浮かべた。
「お前は誰だ。オレの知らない人間がどうして邪魔ができる?」
突然、運動場の砂が陥没して、裕美子の足を埋めた。
「先生!」
「逃げなさい。私はいいから、あなただけでも――」
亘が力いっぱいに引き上げようとするがびくともしない。
「クソ!」
その時、正門からクラクションが響いた。人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。一台のワゴン車が校庭に突っ込んできた。ショウの目の前をかすめ、彼を転倒させた。
ワゴン車は亘達の前に停まると、扉から二人目の助っ人が現れた。
「佐藤さん」
「二人とも、こいつに乗れ」
「でも、先生が」
太助と二人で裕美子を蟻地獄から引き揚げた。砂の底から巨大な虫の不気味な顔がのぞいた。
「こいつ!」
太助が蹴り上げる。全員が車に乗り込むと、運転手の女性がアクセルを吹かした。虫を踏みつけるように、校庭を疾走して、閉じかけていた門を破壊した。
振動に頭を打ちながら、亘は過ぎ去る学校を眺めた。真ん中に立つショウの姿があった。歪んだ形相を貼りつかせていた。
「二人とも、怪我はないか?」
「いいえ」
「太助さん、ありがとうございます」
「礼は言うな。あんたらを外に逃がすだけだ。それで終わるぞ。ところで、あんたは――」
裕美子は度の分厚い眼鏡を外した。
「久しぶりですね。私は、五年五組で翔くんとクラスメイトだった」
「ああ、そういえば、あいつと一緒にいたな。まさか、あんたが学校の教師をしていたとはな。お互いに腐れ縁の果てに、また、泥沼にはまってしまったわけだ」
「私の意志です。あなたもそうではなくて?」
「あんたの教え子に巻き込まれただけだ」
「素直じゃないな」
「それより、どうするんですかぁ、皆さんは」
運転席で太助のマネージャー、萌がミラー越しに言った。一人だけ完全に巻き込まれた感じのようだが、状況がまだ把握できていないようだ。
亘はこれまでの経緯を萌に話した。
「すごいです。佐藤さんって本当にお化けを見たんですね」
「信じてなかったのか?」
「てっきり、ネタかと思ってました。それで、そのお化けを退治する方法って、何かあるんですか?」
亘には皆目見当もつかない。本の呪文ではいつを封印できないと分かった。別の術を使うしかないのか?
「一つだけ――」裕美子は口を開いた。「それを知っている人がいます」
「誰ですか?」
「まだ、存命をしているかは分かりませんが、場所は知っています。隣町の『ソナタの園』へ向かって下さい。そこにいる人なら……」
ワゴンは速度を保ったまま、無人の道路を疾走した。
5
それは頭の中に浮かんだイメージだった。
金庫の扉が開いた瞬間、ショウはその中身を確かめた。『安産祈願』とかいうふざけたお守り。そこに浮かぶ少女の輪郭から、ブラックボックスの忘却が消えた。
なんという事だろうか。自分は大きな危険分子を見逃していた。すべての障害を除いたつもりになっていた油断とは別に、何らかの力が阻害していたのは言うまでもない。
そう、やはり一人残っていた。その小娘の名は、金江裕美子。黒澤翔と共に自分を封印しやがった人間。もっとも、あいつのそばにいた奴だ。
逃すわけにはいかない。あいつと今の亘が一緒にいるということは、黒澤翔に匹敵する脅威になりうる。それに、あの、元子役の男、佐藤太助も盾突くとは。やはり、もっと早く殺しておくべきだった。
どちらも亘と共に根絶やしにしないといけない。
だが、その前にやっておかねばならないことがある。連中に“旧校舎”を嗅ぎつけられないようにせねば。




