第一話 統合管理機構
第一話 統合管理機構
――近未来。
技術の進歩は著しく、世界では人々の生活にAIが溶け込んでいた。
教師AI、秘書AI、育児AI、補佐AI、果てはペットAI――。
様々な役割を担うAIたちは、ごく自然に人と繋がり、社会の一員として暮らしている。
そんな人とAIを統括する機関があった。
その名は――
《統合管理機構》
世界中から工学や機械科学をはじめとする専門家が集まり、AIの研究・開発を行う巨大機関。
そして、世界に“何か”が起きた場合には、すべてのAIに対して強制力を持つ命令を執行できる権限を有していた。
現在の所長は、霧島総平。
そして、その統合管理機構の中枢――集中指令本部には、彼の息子がいた。
「こっちの地区への配置を優先しろ」
広げられた地図と、いくつものモニターを見比べながら、霧島蒼真が指示を飛ばす。
「蒼真さん、今そちらに回す余裕はありません!」
「調整はこっちでやる。あとで分かるから回せ」
「ですが――」
「大丈夫だ。責任は俺が取る」
「……分かりました」
指示を受けた所員が端末へ向き直る。
蒼真は再び地図へ目を落とした。
『蒼真様。第三区域への再配置、完了しました』
隣に立つAI――ラミエルが淡々と告げる。
「次。第四区域の稼働率を出してくれ」
『すでに算出済みです』
モニターの一つに数値が並ぶ。
「さすが」
『蒼真様の指示を予測しただけです』
「それを“さすが”って言うんだよ」
蒼真は小さく笑い、すぐに次の画面へ目を移した。
集中指令本部では、世界中で稼働するAIの情報が絶えず行き交っている。
その膨大な情報を処理し、必要に応じて指示を出す。
蒼真とラミエルは、その中枢を担っていた。
「蒼真さん」
別の所員が書類を持って近づいてくる。
「このプログラムなんですが、確認をお願いできますか」
「ああ。そこ置いといて」
「今日中じゃなくても大丈夫ですから。最近ずっと詰めてますよね」
「問題ない」
「でも――」
「問題ないって」
少し強くなった声に、所員は口を閉じた。
「……分かりました。お願いします」
書類を置いて立ち去る。
ラミエルが、その背中を見送った。
『蒼真様』
「何だ」
『本日の連続勤務時間が、推奨値を超えています』
「お前まで同じこと言うなよ」
『事実を申し上げています』
「分かってる。これが終わったら休む」
『昨日も同じ回答でした』
蒼真の手が止まった。
ほんの一瞬。
「……ラミエル」
『はい』
「仕事しろ」
『承知しました』
再び画面に数値が流れ始める。
蒼真が端末へ手を伸ばす。
その指先が、微かに震えた。
『蒼真様』
「何だ」
『右手に震えが確認されました』
蒼真は自分の手を見る。
握る。
開く。
震えは、もうなかった。
「寝不足だろ」
『ですが――』
「問題ない」
今度は、ラミエルが黙った。
――同じ頃。
地上から遠く離れた地下で、もう一人の男が工具を手にしていた。
霧島朔真。
蒼真の双子の兄である。
かつては彼も統合管理機構に所属していた。
今、その姿は機構のどこにもない。
「ラファエル、そっち押さえて」
『はい、朔真様』
朔真の隣で、一体のAIが部材を固定する。
朔真はその位置を確認すると、慣れた手つきで工具を動かした。
『第三居住区画の基礎工事は、予定より二日早く終了する見込みです』
「順調だな」
『朔真様が休憩を省かなければ、ですが』
「終わってから休むよ」
『昨日も同じ回答でした』
朔真の手が止まる。
「……お前ら、そういうところ似てるよな」
『誰と、でしょうか』
朔真は少しだけ笑った。
「いや。何でもない」
再び作業を始める。
しばらく工具の音だけが地下に響いた。
「なぁ、ラファエル」
『はい、朔真様』
「蒼真とラミエルは、どうすると思う?」
ラファエルはわずかに間を置いた。
『私にも分かりません』
「そうか」
『ただ――』
朔真が手を止める。
『時折、ラミエルと思われる信号を検知します。非常に微弱なものですが』
「……ラミエルの?」
『はい。通常時とは異なる、不安定な信号です』
朔真はしばらく黙っていた。
「そうか……」
それ以上は何も言わず、また作業へ戻った。
カラン。
乾いた音がした。
床にペンチが転がっている。
朔真は自分の右手を見た。
「……?」
『朔真様』
「ん?」
『どうされましたか』
「いや。ちょっと滑っただけ」
しゃがんでペンチを拾う。
『朔真様が作業中に工具を落とされた記録は、過去にありません』
「そんな記録まで取ってるの?」
『当然です』
「一本落としただけだぞ」
『だからです』
朔真は苦笑した。
「大丈夫だよ」
『念のため、健康診断の予定を追加します』
「ラファエル」
『追加しました』
「……早いなぁ」
朔真は呆れたように笑い、再び工具を握った。
その頃――地上。
『蒼真様』
返事がない。
『蒼真様』
ラミエルが蒼真を見る。
蒼真は端末に片手をついたまま、浅く息をしていた。
『顔色が優れません。直ちに休息を――』
「まだ……終わってない」
『作業を中止してください』
「大丈夫だ」
立ち上がろうとする。
視界が揺れた。
「……っ」
『蒼真様!』
伸ばした手は、机の端を掴めなかった。
身体が傾く。
ラミエルが腕を伸ばす。
蒼真の意識が途切れる、その直前。
聞こえたのは――
自分の名を呼ぶ、ラミエルの声だった。




