第1話 おっさん剣士の引退
開いた窓から差し込む優しい陽の光とともに入って来る、春の香りとは裏腹に、部屋に漂う鼻にツンと来る薬草の匂い。
ベッドの上に横たわる男のすぐ側に、白いドクターコートを着た老年の医者が静かに佇んでいた。
「うむ、見事なまでのぎっくり腰じゃな。」
「湿布を置いていくので、毎日一回、貼り替えなさい。」
医者はそう言うと、カバンから湿布用の布を五枚取り出し、ベッドの横のテーブルの上に置いた。
「先生、助かった。どうもありがとう。テーブルの上にある箱の引き出しの中に、金が入っているから、今日の治療費を持って行ってくれ。わざわざありがとう。」
「ぎっくり腰は、再発しやすい。気をつけてな。」
そう言い残し医者は、部屋を出て行った。
枕元の手鏡を掴むと、青白い光を出しながら鏡に紋章が浮かび上がり、起動した。
「おい、鏡!美人の先生じゃなかったぞ!」
鏡が答えた。
「はい。良薬は口に苦し。この街でも名医中の名医をお呼びしました。美人の色香に惑わされてはダメですよ。バイパーさん。」
「ふん。」
「それから宿の主人に、伝えてくれ。腰を痛めた。しばらく娘さんの手を借りたいので頼む、と。」
そう言って鏡を枕元に戻した。
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「また、やってしまったな。前の時は、聖女さんに回復魔法をかけてもらったが。・・・俺も歳だな。」
バイパーは、天上のシミを見つめながら、独り言を言った。
「そろそろ、剣を置く時か・・・」
どこか寂しい、そんな想いがするバイパー。傷だらけの手を見ながら、「引退」の文字を思い浮かべる。
これまで、数えられないくらい戦ってきた剣士には、軽々しく言葉に出せない「引退」と言う残酷でいて、しかし、どこか「安心」という落ち着きのある、相反する二つの言葉。
バイパーは目を閉じた。
おっさんながら、知略を尽くした戦いぶりは、街のギルドだけでなく、王国まで知れ渡っている。
その剣士の引退は、戦力に影響する以上に、冒険者たちには、心の支えが一つ無くなるに等しいが、これもまた、繰り返す歴史のひとコマ。
歴史はそんな有り様を、何事もないかの如く飲み込み、ただ流れていくばかり。
窓の外から名も知らぬ小鳥のさえずりが聞こえてくる。陽の光に照らされた舞い上がる埃は、金色に染まり、一つ歳を取る剣士とすれ違い、季節は静かに時を重ねる。




