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相対整理論のススメ~聖女召喚で来ましたこちら魔王の器です~  作者: 酒園 時歌


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相対整理論のススメ.4

 一日の終わりにはいつもよりも早めに寝て、開口一番問い(ただ)すことにした。

「……え、聞いてない。貴方魔王? 私素体? え?」

「言ってないからね」

 夢が始まってすぐ。指差し確認をしながら真緒が不満をぶつけると、聞き慣れた声は平然と答えた。

「多分だけど年齢も性別も体格も種族も存在する世界すらも違うのに?」

「どうせ作り替えるから、必要な要素以外は誤差の範囲だよ」

「範囲が広過ぎるのよ。そもそも、前に自分の立場について訊いたはずだけど」

「魔王や素体については訊かれてないよ。だから、君が想定できる範囲内から提案しただけ」

「詐欺じゃない」

「詐欺じゃない。嘘は言ってないだろう。君が勝手に思い違いをしただけだ」

「この、………この、」

 罵倒したいが、自身の危機に対して助言や動物を介した協力を貰ったのも事実である。真緒は寸手で自分を制した。

「だって君、最初から知ってたら、私の言うことは聞かないだろうし何なら自白とか自ら死にに行くようなこともしそうじゃないか。最初の内は夢での会話すら制限が厳しかったから、余計な情報は削ぎ落とした方が余計な訂正(フォロー)も必要無くて効率が良いしね。で、君は何も知れないから判断材料すら無い。だからそれに対して動けなかったし、その分別のことで動けたんだろう? 余計な情報を知って下手に動いて無駄に厄介事を起こされると面倒なのは向こうもこちらも同じ、ということだ。だから今までは、むしろ正確な情報を元に動かない方が良かった。もうしばらくは、無闇に無駄な勘繰りをしないで好きにしていてくれ」

「騙す以前になんで私への評価そんなに低いの? 信用できないのはこっちなんだけど」

「そうだね」

「『私()信用できない』んじゃなくて『私()信用できない』ね」

「『私()』」

「目的語じゃなくて主語で意味取ってもらえる?」

「だって事実だからね。不安要素は削るに限る」

「話す程に腹立つわねこの寄生物……」

 言い方から遠慮が亡くなった。儚い抵抗だった。

「ちなみにやっと、(ここ)でなら本来の姿を取れそうなんだけど、顕現してもいい?」

「今? それを?」

「とりあえず私も進歩は報告しようと思って。ほら、姿を見せた方が信頼できるとか言うしね」

「信頼を地の底に落としてからやっても自首でしかないのよ」

「まあ、そう言わずに。人前に出るのは久々なんだ」

 真緒の言葉に構わず、空間を満たす闇の一欠片が足元から上へと彩りを浮かび上がらせる。

「ほら、こんな感じ」

 口元にはうすらと笑み。軽い調子で、魔王は姿を現した。

 空気を持ち上げるようにして両手の平を上に向け、肩をすくませているので、やれやれ、とでも言いそうな態度に見える。

「ああ、そう……。良かったわね」

 もはや興味無さげに、真緒はハイハイと頷いた。仕方無く付き合ってやってる感を隠しもしなかった。

 その容貌は、明らかに人間のものではなかった。

 夜の闇よりも深い、光すら呑み込む漆黒の流れるような髪に、白目部分が黒く反転した中、地の奥底で揺らめく炎のような仄暗い真紅の冷たい瞳。肌は人間から反転させたような青がかった薄紫色で、頭には左右から囲うように捩れた角が生え、頭上には(いびつ)な紅い光の輪が浮かんでおり、背中には髪と同色の一対の翼があった。例え角や翼が無く色彩が人間のものだったとしても、人間にしてはどこか違和感があり、禍々しい雰囲気である。

「おや、怖がらないんだね」

「元の世界だとアニメとかでよくあるし、コスプレする人もいるから……」

「適応力に反映されていて助かるよ」

「ていうか、アニメとかコスプレとかってわかるの? こっちの世界には無さそうだけど」

「素体探しのついでに、余分な情報も多少は得るからね。少しなら君の世界のことも知ってるよ」

「ああ、なるほど」

 共通の知識として伝わるなら、意思の疎通には便利そうである。

「だから何よ。こっちは最初(ハナ)から一方的に一貫して魔王側の扱いで迷惑してるのよ。普通、素体だと思っても魔王本人じゃないんだから、自分達側に引き入れようとしても不思議じゃないのに。それも無かったくらいよ」

「それはフフッ、君のフフッ言動が既に魔王の手の者フみたいで、……フフフフフッちょっと待って、」

 不意討ちの思い出し笑いでツボに入ったのだろうか。魔王は腕を組んで下を向き、目を瞑って大体の情報を遮断しているが、口元が引き吊っており肩もわずかに震えている。

「え、あ。……あぁ~~~……」

「フフフフフフフフフフッ」

 今思えば、心当たりしか無い。相手の敵対的な様子も怯えた反応も聖女と離そうとする行動も、そうと考えれば不自然ではない。真緒が当時の自分の言動を振り返って納得と後悔の声を漏らすと、魔王はさらに笑いの坩堝(るつぼ)()まっていったようだった。少しして声を出さないコツを掴んだのか静かになったが、時折肩が震えており、無音な中むしろ煩く感じられてくる。

「明晰夢なら魔王でもシバけないかな……」

「いや、指示も出してないのに、あの物言いであそこまで噛み合ってたから、面白くて」

 まだやや声が震えている部分があるが、魔王は弁明した。控えめながら、堪能し終えたような満足そうな吐息が出たのは、もう少し後のことだった。

「でもまあ、奴らに余計なことを吹き込まれなかったし、放置された分自由にできたんだし、結果オーライじゃないか」

「ああ、気は済んだのね」

「ぶり返させようとしないでくれるかな。真剣な話なんだ」

「やってないけど……。理不尽な他責思考やめてくれる? あと、結果オーライなのは、魔王側にとってだけでしょう」

「君にとってもだよ」

「私、悪い者の味方じゃないの」

「ああ、もしかして先入観で呼び方が気になってる? 『魔王』も『神』も、人間が勝手に定義付けてそう呼んでいるだけだろう。私達はそう名乗ってはいないよ。存在としては同等だ。それを、人間が片方の話だけを聞いて信じて、善し悪しや敵味方を判断しているだけじゃないか」

「引っ掛かる言い方ね。というと?」

 真緒は腕を組んで首を傾げた。

 魔王は人差し指を立てると、どこか得意気に、くるりと指先で円を描いた。

「今回は時間に余裕がある。順を追って説明しよう」


 遥か昔より。その二つの勢力は長らく対立していた。初めは、ただの同族の争いに過ぎなかった。

 しかし、その片方が他から勢力を集めようとしたのか、単なる気晴らしにか、その両方か。下位の存在である人間に目を付け、干渉するようになった。

 それにより利益を得るようになった人間は、その片方のことを『神』と呼び崇め奉るようになった。その利益が、自然災害の予告や人災の密告、最中の加護や事後の救済が、やがては自作自演のマッチポンプがほとんどとなったとしても、知らずにありがたがった。

 初めは苦痛に感じても、最後には皆喜んだ。つらいものを与えられる程、追い詰められる程、最後に神へと返すのは身の震える程の感激だった。

 神もまた、それを見て満たされた。

 とてもとても(よろこ)んだ。

 そして、人間はその敵であるもう片方を『魔王』と呼び恐れ、嫌悪するようになった。

『好意を向ける相手の敵を嫌悪する』

 それはただ単純なことだった。

 そして、人間が繁栄してきて、しばらく経った頃。神側に付く人間の集団、いわゆる信者の内、特に聖職者に分類される者達は、敵である魔王に対抗できる力を神の洗礼で与えられた。魔王に準ずる存在とされる瘴気や魔物を容易く祓えるそれは、神を信じる者が多くなり強く祈る程に、神の味方が勢力を拡大する程に、効力を増していった。

 そして、ある時。

 信者達によって、魔王は封印された。強力な『浄化』により肉体を失い、意思だけになっても尚抗おうとするその媒体を、世界そのものに埋め込むようにして閉ざしたのである。

 しかし。魔王は世界そのものとある種同化した影響で、並列に連なる他の世界に干渉することもできるようになった。その中から再び自身が自由の身となる方法を探せば、『素体を使う』という手段を見つけた。その素体も、なんとか適合できる素材を探し出せた。

 しかし。それを神に感知され、先手を打たれた。それが『素体の横取り』と『聖女召喚』。神は信者達を使い、神託を装い、魔王の計画を邪魔する方法を伝え、実行させたのである。

 今ではもはや、神の目的はただ一つ。

 上位存在としての優越感からの、心地良い愉悦。信者を(はべ)らせての快楽である。

 自身の言葉一つで喜んで従順に動く愚かな傀儡の、なんと愛しいことか。まるで自分の手足を動かすように、否、それ以上に快適に思い通りに動く玩具の、なんと便利なことか。

 愉快なことか。


「ロクな上位存在いないわね」

 真緒からは単純な感想が出た。

「私はとばっちりじゃないかな?」

「じゃあ、貴方は人間とかには何もしていないと?」

「特には……。あっても、からかいとか気紛れに少し?」

「ロクな上位存在いないわね」

「変わらないか……。でも人間だって、野良猫や虫に特に意味も無くちょっかい出したりするだろう?」

「貴方のすることだから、その加減が信用できなくて……」

「そんなに酷いことはしてないと思うけど」

「ちなみに今、私に対しては?」

「まあ、それなりに。だからプラマイゼロにならないかな、って思ったりしてるよ」

「マイナスの事後処理はプラスじゃないのよ。貴方の場合、さらに負担させてるからむしろマイナス突き抜けてるの。おわかり?」

「気掛かり」

「そのまま反省まで行ってくれると良いんだけど」

 どうせ言っても(らち)が明かないだろうと判断し、真緒は話を戻した。

「で、つまり私は貴方を作り直す素材として召喚されたわけよね。でも貴方の様子と彼らの話からして、それはすぐにできるものでもない。つまりまだそれなりに猶予がある。そして、その期限までに彼らに殺されるか期限が来て貴方に殺されるか、もしくは、私が抵抗して生き延びる方法を見つけるか。とりあえず貴方と私は今のところ、生き延びる方向で利害が一致してるわね。ということで、まずこの場所からの脱出は必要事項として――――――協力、続けてくれるんでしょう?」

「まあ、するけど……。君、思ったより主導権離そうとしないね。少しくらい明け渡……任せたりしない? 私魔王なんだけど」

 もはや取り繕う気も無いのか、(ほころ)びもまともに隠さない雑な誘導である。これでは信頼するどころか、わずかな恐怖心すら湧ける気配も無い。

「そう呼ばれてるだけでしょう。夢でも現実でも既に思考が侵食されてきてるから、それで十分よ」

「ああ、共生状態ってやつだね。これからよろしく」

烏滸(おこ)がましい……」

 一方的に強制的にしておいてこの言い草。態度は確かに魔の王だろう。

「――――さて、そろそろ時間かな。じゃあ、また後で」

 それは夢でか現実でか。真緒にとってはどちらでもいいことだった。

 逃げるような魔王の言葉を最後に、意識が途切れる。

 覚めた意識に気付いた時には、目蓋の裏を透かす明るさが見えていた。


 七日目の朝は、朝焼けの黄金が眩しい程に空を染めていた。

 早朝も早朝。日の出の時刻である。

 真緒はひとまず、大量に得た情報から思案することにした。

 自分の立場は魔王の素体であり、現状は隔離されており、後々おそらく彼女――――聖女によって殺される予定である。

 聖女と同時に召喚されたのは、聖女が後だと聖女がいないのに聖女以外に手に負えないだろう存在が現れることになるため単純に危険であり、聖女が先だと聖女を育成している間に魔王側に召喚されると厄介なためだろう。

 故に、同時に召喚し両方を管理下に置き、聖女の選定と育成の傍ら素体の方を幽閉し、おそらくは奇襲を掛ける形で始末するつもりだった。

 何らかの要因で巻き込まれただけのただの一般人、と表向きは見て取れる方は、本人が何も知らない状態、もしくは知っていてもそう振る舞うか派手な抵抗を見せない状態ならば、一旦保護という名目で実質幽閉する口実が使え、比較的安全に確実に始末するチャンスを保有できるのだから、それを使わない手は無いだろう。

 ただ――――誤算だったのは、素体には召喚と同時に魔王の意思が宿ったことだろう。遠く離れて意思の疎通もできない状態ではなく、最初から身近で繋がっている状態なのである。

 ついでに言えば、素体が大人しくせず秘密裏に動き回る性質だったことも追加していいかもしれない。

 そして、素体は既に必要な情報はいくらか取得済みであり、行動範囲も広がってきたのである。そう易々と、思い通りに殺されるつもりも無い。

 とりあえず、素体を殺す役目は聖女に任されるようなので、こちらはまだ当分自由に動き回れるだろう。彼女の様子からして、特別な切っ掛けも無くあちらの計画通りにするのならば、まだ時間が掛かるはずである。その内に彼女を味方にできれば尚良し。できなくても、自分の逃げ道は確保しておきたいのは変わらない。

 よって、今現在できることといえば。

 真緒は今日も、探索を続ける他無いのである。

 そして、この日は顔馴染みとなったカラスとリスを存分に撫で回して癒された以外、特に変わったことも無く、夜を迎えることとなった。

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