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37.怒ると怖い女

 その後、玖瑠美、和香、沙苗の三人は何とも居たたまれない様子で病室を辞していった。

 あの空気の中では、拾蔵にどんな言葉をかければ良いのか誰にも思いつかなかったのだろう。

 これで良い――拾蔵はベッドに上体を横たえて、瞼を閉じた。

 女性への嫌悪感は確かに、相当薄らいでいる。この調子でいけば、クラスメイト達ともいずれ近いうちには普通に会話することが出来る様になるだろう。

 しかしどんなに表面上は繕うことが出来ても、自分は男としては完全なる不適格者だ。どうせ結婚なんて出来やしないのだから、彼女を作って青春を謳歌するなど、考えるべくもない。

 であれば、彼女達がドン引きする様な話を披露して、向こうから距離を取ってくれた方が有り難い。


(俺とことん卑怯やな。まぁでもその方が、全部丸く収まるやろうし……)


 そんな風に思考を巡らせているうちに、不意に睡魔が襲って来た。薬が効き始めたらしい。

 拾蔵はもうあれこれ余計なことを考えるのはやめて、ぐっすり眠ることにした。

 そうしてそれからの二日間は琴音を除いて見舞いに訪れる者も無く、体調が完全回復したところで無事に退院する運びとなった。

 退院当日には厳輔が車を出して迎えに来てくれた。


「支払いは俺の方でやっといたからな。まぁあと何日かは、家でじっくり養生せぇや」

「すんません、色々ご迷惑おかけしてしもて……」


 厳輔が運転するセダンの後部座席に乗り込みながら、拾蔵は頭を下げた。しかし厳輔は、ルームミラー越しに苦笑を返してくるばかりである。


「そういやぁ、雪祭さんからお前の勃起不全について、色々訊かれたで。お前、あのひとに洗いざらい喋ったんか?」

「あぁ、まぁその場の話の勢いで、何となくバラしました」


 拾蔵は何ともいえぬ笑みを湛えて頭を掻いた。

 厳輔は、ふぅんと頷き返してしばし口を閉ざした。が、ややあって再び同じ話題を振ってきた。


「んで、どうすんねん……お前、治す気あんのか?」

「厳さんに薦めて貰うたところは大体受診しましたけど、結局どこ行っても治らんかったんで、もう諦めようかなて思うてます」


 拾蔵は別段、厳輔を責めるつもりは無かったが、しかし事実は事実として伝えておかなければならない。多少心苦しくはあったものの、それでもこれまでの治療は全て不発に終わったことだけは素直に答えた。

 これには厳輔も、渋い表情だった。


「そぉかぁ……治らんかったか……他に紹介出来そうなとこも無いしなぁ」

「まぁでも、この試験休み中は暇なんで、もう一カ所だけ行ってきます。確か厳さんが一番最初に紹介してくれたところ、まだ行ってなかったんで」


 拾蔵のこの応えに、厳輔は余り細々としたことはいわず、あぁそうかとだけ返してきた。


◆ ◇ ◆


 そして、二学期の終業式。

 体調が完全回復した拾蔵は、久々に足を運んだ教室で、クラスメイト達から何ともいえぬ視線が次々と飛んできていることに気付いた。

 一体何があったのかと思った直後、黒板にでかでかと書かれた文言で合点がいった。

 そこには、


『笠貫はインポ』


 という中々にインパクトのあるフレーズが、複数の色のチョークを使って記されていたのである。

 恐らく、この試験休み期間中にED治療のクリニックに通っていたところを、この学校の生徒に目撃されていたのだろう。

 それにしても、下らないことをするものだと内心で苦笑を禁じ得ない。一体何が面白くて、こんなことをしているのか。

 別段犯人探しをするつもりは無かったが、どういう訳か向こうの方から態々近づいてきた。

 同じクラスの藪中晃司と、一学年上の栗山孝雄のふたりだった。

 晃司も栗山も玖瑠美にフラれた者同士だったが、何を考えて拾蔵に矛先を向けてきたのか、よく分からない。腹いせのつもりだろうか。


「よぉ玖瑠美割り、俺、知ってるぜ……お前、インポだったんだな」


 晃司がニヤニヤと顔を寄せてきた。栗山がその台詞を切っ掛けに、その場で大爆笑し始めた。

 このふたりに対し、他のクラスメイトらはどう対応して良いのか分からない様子で、困惑気味に顔を見合わせるばかりである。

 拾蔵は自席に腰を落ち着け、机の中身を通学鞄に押し込みながら視線だけを返した。


「……まぁ別に、隠す様なことちゃうしな」

「はっ! 何スカして余裕こいてんだ? ホントはめっちゃ焦ってる癖によぉ!」


 栗山が大声で、笠貫はインポ、笠貫はインポと繰り返し始めた。

 拾蔵は内心、こいつら歳幾つやと呆れるしか無かった。

 ところが、予想外のことが起きた。

 登校して教室に入るなり、物凄い勢いで近づいてきた玖瑠美が晃司に強烈なビンタを喰らわせたのである。その瞬間、晃司も栗山も愕然と凍り付き、言葉を失っていた。


「病気で苦しんでるひとを、そんな風に笑いものにしようだなんて……ホント、サイッテー」


 玖瑠美の瞳には凄まじいばかりの怒りの念が滲んでいた。

 一方、痛烈な一発を喰らった晃司は、困惑気味に弁解めいた台詞を口にし始めた。


「いや……何いってんだお前……こいつインポなんだぜ? お前に似合う男じゃねぇよ」


 いいながら晃司は玖瑠美の肩に触れようとした、玖瑠美は猛然とした勢いでその手を撥ね退けた。


「気安く触らないで。あんたみたいな最低なクズ男、もう友達でも何でもないから……行こ、笠貫君。終業式始まっちゃう」


 玖瑠美は唖然とする拾蔵の手を引いて、教室を出る構えを見せた。

 そんな彼女に晃司も栗山も更に何かいおうとしていたが、玖瑠美は取り付く島もない。

 いつもは穏やかで、友人らと明るく接することの多い玖瑠美だが、いざこうして怒らせてしまうと、とことん怖い娘だということが改めて分かった。


(案外、気ぃ強いとこあるんやな)


 そんなことを思いながら、拾蔵は玖瑠美に手を引かれるまま、終業式が控えている講堂へと向かった。

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