Alice in rage
「…20分っつったとこかな。」
「げんちゃく?」「ですか!?」
「おう現着。最もこっから更に現地を探すんやけど。」
道用永國、珀砥、柘榴の三名は異界入りの後、麗夜が発動したと思われる霊爆符の痕跡を確認。
周囲の探索時発見した、地平線の出来るほど異常に広い駐車場に降り立った。
恐らくこの駐車場は特異界による歪曲の余波、つまるところ異常の中心ではない。
「…何かしらのアクシデントが起きたため、符を起動、逃げた先が特異界で抜けられなくなった…そんなとこか。」
「でかむかでー」「ぴぁぁぁぁぁ!!!」
そこら辺に散らばっていたムカデの死骸で遊ぶ二人を傍目に、永國は整理を進める。
アクシデントはそのムカデによる襲撃である。
異界に巻き込まれて、霊に襲われて、あまつさえ逃げた先が特異界という状況は当然ながら出来すぎている。
「…待ちぼうけててもしゃあない。二人とも………。」
呼びかけた直後、懐にしまった符が反応した。
それは二十から渡された『対象の霊力を追跡する符』である。
先ほどまで霊爆符による痕跡に寄せられていたが、新たな霊力に反応したのだ。
「どうしました?」
「反応が出た。急ぐぞ。」
永國が二人の返答を待たずに駆ける。
柘榴と珀砥は一瞬目だけ合わせると、永國の背中を追って行った。
霊力が放出される条件は主に二つである。
一つは自発的な霊力の利用。
もう一つは激しい感情の発露、主に怒りや悲しみ、そして恐怖である。
永國がどちらを想像したにせよ、まともな状況ではない。
事実はどうか、麗夜は両方であった。
────────────────
視界が信号のように明滅して、その度に光度が消えていく。
油圧プレス機のように一切の引っ掛かりなく、小さな空間で圧殺される。
首の皮膚が爪で破けて、鈍い痛みが届いた。
世界には死が溢れている。
溢れているから、お母さんは死んだ。
イチマルもだ。
これは世界の枝の一部に過ぎないんだ。
首の締まる感覚というのはこんなものだったか。
確かでは無いけれど、違う。
もっと、苦しくて、もっと、ムカついた。
なんだ、焦げる匂いがする。
線香や炭など上品な火の匂いじゃない。
もっと粗くて汚ならしい、生物の皮を融かして臓腑を焼く、怨嗟を体現するような火だ。
多くを不幸にせんとし、盛り移る炎だ。
だがそれは、確かな熱を放つ煌々たる焔だ。
そうだ、どうせ死ぬならこのように。
憎くて、憎くて、決して敵わないオマエにも盛り移ろう。
あぁオマエ、不愉快に嗤うな。
笑う?誰が嗤ってる?
これは誰の記憶だ?
気づいたら、手に力が入るようになっていた。
麗夜の体が弾かれるように動き出す。
枯れ木のような腕を掴む、麗夜の細く脆い指にありえざる力が沸いた。
首を絞める力に比例して、その腕を掴む力が強くなっていく。
これは引き離すためのものじゃない、抵抗ではない。
コレを逃がさない為のものだ。
「ゆるさない」
右腕を斜めから大きく振りかざせば、その枯れ木のような腕はまさに脆く爆ぜた。
首に掛かった圧力は易々と外れ、大量の空気が容易く肺に埋まっていく。
「……」
朧げな記憶と共に頭部に鈍痛が走る。
そうだ彼女を助けなければ、体をよろよろと立ててひろちゃんを腕に抱えようとした。
「おねえ……さん…?」
首の感覚が消えない。
「しにたくない」
アイツから逃げ切れるだろうか。
あの汚らしい腕を粉々に砕いてやりたい。
アイツに夢まで追われて殺されるのではないだろうか。
あの気色悪い触覚を頭ごと潰してやる。
腹の奥からふつふつと、感情を伴って力が湧いてくる。
なぜコレほどに恐怖以外の感情が湧くのか、麗夜にも分からなかった。
死を克服しなくてはならない。
恐怖を克服しなくてはならない。
だからアイツを。
「殺さなければならない」
言い掛かりのような意思と声が麗夜に渦巻く。
なぜこんなことを考えている?
蹴り潰して叩き壊し引きちぎって撒き散らそう。
うん、そうしてやろう。
少女を救おうとしたその手は閉じられ、足は異なる方向に向いていた。
「おねえちゃ」
鉄扉の吹き飛ぶ音で少女の声はかき消された。
手すりと鉄扉に挟まれ、そのなめくじの首がギロチンのように刎ねられた。
粘液を壁に貼り付け、断頭されたそこは粘土のように塞がれていた。
「xxxxxxxxx」
ヘドロが弾けるような声は叫んだ。
潰れていない左腕が伸ばされる。
それは麗夜の残像に向かってである。
皮膚を突き破り臓物を潰す音が、頭部を連れた鉄扉の低い落下音と重なった。
ほのかに冷たく、粘り気ともいえないその感触を感じて、麗夜はゆっくり後ずさる。
引いた手に、紅い液体がある。
爪の間にまで染み込んで、垂れて落ちて、足元を掠めて大きなそれの一部になった。
「おかしい、おかしいよ、違う。」
化け物を殴ろうとしたのは今日で2回目だ。
化け物を殺そうとしたのは初めてだ。
何が違う?
憎悪、嫌悪、不快感、怒りであって怒りでない。
殺そうとされたから殺した、単純な話だ。
ただ私が順応できていないだけだ、そのはずだ。
化け物は壁にぐでんとよりかかり、血を吹き出し続けている。
間違いなく化け物だった、しかし頭が外れた時、ただのドレスを着た幼い少女のようで、とても、とても、気味が悪い。
それの右足がぴくりと動いた。
「うあぁ!!!!」
ぐしゃり、骨を含めて鈍く折れ、水の跳ねる音がした。
麗夜の呼吸が荒くなる、目を開けているはずなのにどんどん視界が狭まっていく。
頬に手を当て、目の下の骨を掴むようにしても、血が付くだけであった。
この胸のどす黒いモヤを、脳の黴を、取り除けない。
何か、何かないかと探し、後ろを向いて叫んだ。
「大丈夫、大丈夫だ。ねぇうみちゃん」
振り向いた先の彼女は何も返さない。
部屋にうずくまる少女の姿が麗夜の脳を直接震わせた。




