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Alice in section

『特異界とこの世界が直接繋がることは基本無い。故に異界に入ったと気づけば、なるべく動かず、その場で戻れ。』


コレは私が悪いのだろうか。

私だって最初はそうしようと思っていたのだ。

だが人助けと天秤に掛かる事象だとは思わなかったのだ。

実際になってみれば、後悔する程度には天秤に掛かっていた。


「えっと。」


うんうんと唸っていると、か細く恐れた声がこちらに聞こえた。

例の少女だ。


「あ……えー…おはよう。」


少女の声に対し無意識に気丈に振る舞う。

事実それほど頭の中は焦っていない。

焦るべき状況なのはわかるが、正常性バイアスというやつだろうか。

直上の均一な曇り空は、じっと見ても表情を変えない虚な赤色を示し続ける。

どこの何から話そうか考えていると少女が続けた。


「ここ、どこですか」


「…君の夢の中とか……?」


「そこまで馬鹿じゃない。」


「ごめん……」


どこまで話すべきか考えたが、そういえばそこら辺は特に言われてないことに気づいた。

ダメだったら二十さんにごめんなさいしてなんとかしてもらおう。


「えっとね…」


───────────────


「じゃあここにいるのも危ないの?」


「そうだね。」


君が危なかったから助けた。

お姉さんもどこかはあんまりわかんない。

ここはお化けや怪物みたいなのがいる。

帰りたいけどとりあえずここから出ないといけない。

出口がわかんないからまず探さないといけない。

話したのは大体この辺りだ。

話している最中わかってるのかわかってないのかふんふんと軽く首を振って聞いてくれた。

泣いたりしなくてよかった。

海ちゃんは立ち上がってぱっぱとお尻を叩いた。


「動いて大丈夫?」


「早く帰りたい。」


強い子だと感心しながら同調する。

拒むように立ち並ぶドアの大群に向かって歩き出し、庭と廊下を繋ぐ小さな階段を踏んだ。


一方、数十分前、


大変穏やかなうたた寝であった。

あたたかな日が窓から広がり、空気は大きい布になる。

ただ頭の睡眠欲という信号に従って、柔らかいソファで眠るのだ。

この幸福感もいつか消える、そんな考えを覚える余地もない、素晴らしいうたた寝だった。

それがガチンと崩れた。

夢の中で階段を踏み外した時のように跳ね起き、何が起きたかを整理しながら徐々に不機嫌になっていく。

どうやら蕗市が札を使ったらしい。


「ありえん…」


最初は麗夜に向けての言葉だったが、徐々に事態に対しての言葉になる。

二十は札の使用を感知できるようにした。

札を使用は常に緊急事態を表すからだ。

問題なのは、使われたのが攻撃の札で、その上まだ異界の門が使われていない点だ。


「おかしいじゃろうて…」


軋みそうなほど硬直した体を、ソファからぼとりと落として立ち上がる。

支道に頼み込もうと携帯に手をつけるがそういえば今日は外していたのを思い出す。


「いかんな。」


近頃人に頼りすぎだと自戒を吐き、ほとんど自室のように扱っている事務所から出る。

廊下に男が佇んでいた。


「永國、ちょっと出る。」


「どちらに?トラブルでしょ。」


薄目がちな男は気怠げに腰に手を当て問う。

瞼の隙間からは呆れか心配が覗いていた。


「あぁ、急用、恐らく新人がまた迷うた。」


「ん…そですか。場所言ってもらったら行きますよ。」


「いやいい。」


見向きもせず袖を振る。

男の傍を抜けた時、男は小さく肺を膨らませて放った。


「調子悪いっすよね」


二十の足が止まった、動揺は見えないが、止まった。


「いんや、今日はまだ良い。」


振り返って相対した顔は眉を下げ、しかし悪びれたなさそうではない、


「元から丸投げする人ですけど、新人のこと下に任せたりはしないでしょ。」


二十は面倒そうな顔を辞めた。

一音、床の軋む音が不愉快に鳴って、永國の力を抜いた立ち方が一瞬強張る。

じっと細い隙間を通して目が合っただけだったが、永國の指先は腰の鈍刀に向いていた。


「お主も仕事を好き好んでやる人間じゃなかろう。」


発される言葉がようやっと目の前の人間を二十と認識させた。


「…まぁ、あんまり動かないのも気にするもんでして」


無感情、目を開いた寝顔のような表情が消え去って、なんでもない面に戻った。

袖の下から札を一枚取り出して、当てつけのようにぴしゃんと永國の頭に貼り付けた。


「誰か連れて行ってこい。」


二十はそれだけ言うと、重々しい大気を連れて扉が開いたままの部屋へ戻っていった。

姿を見送り、扉が閉まって、一息つく。


「どっちが過保護だか…」


札に霊力を込めると、地面と平行になってピンと張った。

新人の足取りを追うものだろう。

扉から視線をちぎって、後ろを見やると、閉じていた別の扉が開いて、薄緑の髪を覗かせていた。

こちらの視線に気づいた様子でどたどたと動き、壁にぶつかりそうな勢いで廊下へ飛び出した。


「話は聞かせてもらいました!」


ついでにからくり天井から同じような面の少年が垂れ下がるように廊下に飛び出した。


「おれはあんまり聞いてなかった。」


あまりツッコミもなく流したくない状況だったが急ぎのため一旦飲み込んだ。


「……どの辺りから?」


「店長に貶されてる辺りです!お手が必要ですね!?」


「さいしょから。」


天井から垂れる少年、珀砥は猿のような軽い身のこなしで着地し、示し合わせたように並んで立ち塞がった。


「んーとなぁ…まぁ、お留守番してくれると嬉しいんやけど。」


「連れてけ。」


珀砥は可愛げのない上目遣いで端的に命令する。

永國は目頭を押さえて、断る前提で思考を回していたが、刺すような圧力を感じて背後の扉を見た。


「…………わかった、準備出来たら車で待機しとき。」


「了解!」「りょーかい」


双子は大きく/小さく口角を上げて、小走りで去って行った。

双子を押し出すかのような溜め息をついて鈍刀を撫でる。


「……今日は厄日か」


妙に不快感のある肉体をその場でぐるぐるとほぐし、深呼吸して双子の後を追った。

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