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49) 謁見の間 辺境伯と天才軍師 前編


 辺境伯クレメンテ・ラニエーリが統べるラニエーリ自治領の中央政都、モウンタニャアズールのランドマークと言えば、街の中心にドカリと鎮座する巨大要塞シエルボグリス城である。この城は王侯貴族の権威と栄華を主張するような華飾を一切排し、“南の蛮族”から国土を護る最前線司令部としての機能のみを特化させた、アルドワン王国最南端の軍事要塞なのだ。

 シエルボグリス城の建設にあたっては、その時代時代を象徴するようなモダンな建築など取り入れず、石工ギルドの職人たちには以下の項目が要求された。「矢、破裂弾など物理攻城兵器に耐える強度」「あらゆる魔法攻撃に即応出来る結界展開基地」そして「長期の籠城戦に耐えられる物資保管容積」である。――つまり打たれ強く、魔法障害が起き辛く、更に包囲され孤立しても戦い続ける持久力を持つ……王国軍事力の象徴に今、魔族の使節団が足を踏み入れた。長年の間、国境線を跨いで睨み合う敵性国家。人と相容れぬ存在として古くから恐れられた魔族の国家、『ユエルアリステル公国』が唐突に使節団を送って寄越した事で、モウンタニャアズールの街は騒然となっていたのだ。


 ユエルアリステル公国使節団は合計で十四名。文官三名と武官一名を、兵士一個分隊が護衛する形で国境線警備隊基地に現れると、辺境伯に公主の親書を携えて来たと告げて、その後に辺境伯自治領に入国が認められ、警備隊が案内する形で街へと入る。

 アルドワン王国やこの辺境伯自治領の住民たちも、魔族と決して面識が無い訳ではない。この世界に住む知的生命体が人間族だけではなく、エルフやドワーフなどの亜人や獣人、そして魔族も存在する事は実体験として理解しており、自治領においても魔族との貿易を行う事から魔族の様相は見慣れている。だが今回の使節団の面々を見守る庶民たちは、城に向かって進む彼らを不安げな目つきで見詰めていたーー戦いが始まるのか?と言う、根拠のない不安に街は包まれていたのだ


「ここが当シエルボグリス城の謁見の間にございます。当主クレメンテ・ラニエーリ辺境伯が見えらるまで、ここでお待ちくださいますよう」


 学校のプールほどの広さがあろうか、城で一番広くそして一番天井の高い広間に通された使節団の一行に対して、老齢の執事はそう説明しながら深々と頭を下げる。使節団の護衛兵は廊下で待たされ、このホールに入る事を許された魔族は四名。使節団団長らしき完全鎧のオーガと、ローブを身にまとった文官三名が、執事の言葉に無言のままその場で立ち尽くしていた。


 ローブや兜で隠してはいても、そこから垣間見える角や青ざめた肌そして血走った(まなこ)など、更に人の背を遥かに越える巨軀から、見るからに人とは違う種族のこの四人。まるでその姿は鬼そのものだ。


「だいぶ慌てているようだな」

「さもありなん……と言ったところでしょうか。魔族を見慣れておらず、畏れおののいているように感じます」

「まあ、事前に通達もせずに押しかけたのが“恐ろしい魔族”なら、否が応でも慌てるか」


 鎧兜の武官はそう言って苦笑する。露骨ではないものの、口元に浮かべたその笑みには、人間に対する侮蔑も含まれているように見えた。

 どうやら使節団のトップらしきその武官と、従者又は随行者らしき文官との小声の会話は、別の文官の言葉で遮られる。『人間恐るるに足らず』と言う感情を露骨に溢れさせていた二人に、冷静な判断と言う名の(くさび)を打ち込んだのだ。


「エルメンライヒ将軍、フォイゲン男爵、お待ちください」

「どうしたヘーガー、何か気になる点でも?あるなら申してみよ」

「はい、でははばかりながら。確かに人間どもは我らの来訪に慌てふためいてはいましたが、それを理由に人間を過小評価すべきではないと」

「ほう、その心は?」

「街の南門から城へ続く道すがら、見えない殺意をヒシヒシと感じました。そしてそれは城内に入っても変わりません」

「なるほど、街の者は我らを恐れていても、その裏ではちゃんと防衛の準備はしていたと?卿はどのような類いの者と考える」

「街の家々の屋上から見詰めていた無数の瞳はおそらく弓兵。我らが進んだ道を挟んで路地裏から見詰めていた瞳は剣士や魔法使いの混成突撃部隊。城内に入ってからは無数の式神が飛んでいます」


 黒いフードを深々と被り、その表情を一切表に出さぬまま、このヘーガーと呼ばれた文官は淡々と“今そこにある危険”について説明しているのだが、不思議な事に彼の説明を受けている将軍や男爵は、自分たちに説明するこのヘーガーなる者を、格下の無礼者とは扱うどころか、真剣な眼差しで耳を傾けているではないか。


「……よって、我らが少しでもおかしな動きを見せれば、即座に斬って捨てる準備が出来ているのではと判断出来ます」

「なるほど、ヘーガーがそう言うのだ、私も卿の言葉を忠告と受け取り自重しよう」

「そうですね将軍。今回はヘーガーが随行してくれて助かる、今後も何かあったら頼むぞ」


 使節団の団長であるエルメンライヒ将軍、そして将軍から一歩下がって付き従うフォイゲン男爵。この使節団のトップとナンバー2が穏やかな笑みをもってヘーガーに信頼を伝えた時、いよいよこの城の主が現れる。


「アルドワン王国、ラニエーリ自治領領主!クレメンテ・ラニエーリ辺境伯、ご入来ぃぃぃ!」


 広間の扉の外から聞こえる従者の甲高い声。それに続いて大きな扉がギイイと開かれ、自治領の領主が肩で風を切りながら颯爽と入室して来る。ひるがえるマントの後ろには数名の部下が従っており、帯剣している事から護衛の剣士である事が伺える。

 肩甲骨まで届きそうなサラサラの金髪をなびかせ、深緑の宝石をはめ込んだかのような吸い込まれそうな瞳、そして老若男女全てがため息を吐きそうなほどの端正な顔つき、さすが街の者たちから“華麗なる辺境伯”と謳われるだけの事はあるのだが、もちろん見た目だけで辺境伯の座を掴んだ訳ではない。トラブルが起きれば起きるほどに、彼の真価がどんどんと発揮されるのだ。


「遠路はるばる我が国へ。私はクレメンテ・ラニエーリ、辺境伯の地位を持ってこの自治領を統べる者だ」


 クレメンテは使節団に挨拶しながらストンと勢いよく王座に座る……玉座が許されるのは国王だけであり、自治領領主は王座と表現する。


「突然の来訪で申し訳ありません。ラニエーリ辺境伯、我々は……」

「おっと!平伏(へいふく)はいらぬ、皆立ったままで良いよ。卿らが何の通告もなく来たと言う事は、差し迫った火急の用件なのだろ?腹の探り合いや言葉遊びは出来るだけ忌避したい。どうだい?」


 意外なほどにクレメンテの視点はフラットであり、そこに高飛車や傲岸不遜は存在しなかった。――こうして、魔族と人間の会議が始まったのだ。



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