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48) 中央政都モウンタニャアズール



 辺境伯クレメンテ・ラニエーリの統べるラニエーリ自治領において最大の街の名はモウンタニャアズール。このスペイン語で“青い山”を意味する名前の都市が、自治領内で最大を誇る中央政都である。

 辺境伯の名を代々伝えるラニエーリ家の住む城、通称“灰色鹿の城”シエルボグリス城が街の中心に鎮座し、周囲を車輪のように街路が駆け巡る円形の城砦(じょうさい)は、更に南面に巨大な湖と北側に壁のように立つ山脈に守られた領土防衛の戦術都市である。何よりこの自治領最大の街がどこにあるかと言えば、自治領最南端……つまり魔族の国との国境線に一番近い場所にあり、国境と自治領を護る要塞としての立ち位置があったのだ。

 “国境を越えて侵入して来る不埒者(ふらちもの)あれば、ラニエーリの家紋掲げたモウンタニャアズールが最初で最後の鉄槌をくだす” 古くから辺境伯を讃える詩の一節にあるように、このモウンタニャアズールは、多彩な自然に囲まれた観光都市として、物流の中継都市として、国境警備の軍事都市として、そして自治領の政治を司どる中央都市として、おおよそ全ての機能を兼ね備えた「一つの小さな国家」として君臨していたのだ。


 モウンタニャアズールの繁華街は、シエルボグリス城を中央に据えた車輪状都市の最外縁に点在する。いつの頃からか、農奴や小作主・地主などが安全を求めて高い塀の中に安住の地を求め、どこからか現れた行商人たちが経済の利便性を鑑み店を構えるようになったのが始まりで、俗に言うダウンタウンとして独自の反映を重ねる事になったのだ。

 その繁華街の一つ、モウンタニャアズールの北側から王都方面に向かう“国道二号”のスタート地点となる北正門の内側に集まった宿場街の一角に今、ヒナとロズリーヌがいる。王都で出会った二人は辺境伯自治領を目的地としていた事で一緒に旅に出て、あっという間に意気投合して姉妹のような付き合いを重ねていたのである。


 華飾を一切排したかのような、無骨で物々しいシエルボグリス城を街並みの南側に臨み、北正門の北側は東西に並ぶ山脈を背景に据える。更に高地の晴れ渡る空がコバルト色のように深く濃く広がっていれば、まるでヨーロッパのスキー場の麓に構える宿場町そのもの。野趣溢れるサバイバル旅行を堪能したヒナとロズリーヌは、モウンタニャアズールに到着して早々に宿を取り、さっそく宿屋の食堂が薦める絶品の料理に舌鼓を打っていたのだ。


「ヒナちゃん、そんなにがっつかないで良いから、ゆっくり食べないさいよ。お腹壊すわよ」

「いやいやロズリーヌさん、これ凄いじゃないですか!まんまスペイン料理ですよスペイン料理!リアルでも食べた事ないですよ!」


 銀色に輝く北の山脈から涼しげな風が吹き下ろしており、テラス席で食事している二人の頬を撫でている。テーブルには幾つもの皿が並び、香辛料がたっぷり入ったチョリソー、子羊のロースト、牛テールのトマト煮込みスープ、そしてバゲットが二人を歓迎していた。


「私もびっくりした。やっぱり当代の辺境伯がスペイン人プレイヤーだからなのかな?なんか自国愛をひしひしと感じる」

「そうですね。こうなるとやっぱり、スパニッシュオムレツとパエリアも食べとかないと損ですよ。後でお店を探しましょう!」

「あはは、食べ物の話ばっかり。ヒナちゃんだってもうレディのお年頃なんだから、食いしん坊のままじゃお腹回りが残念になるわよ」

「いえいえ、リアル世界で我慢してるからこそ、KOGで美食ざんまいになるんですよ」


 ヒナが主張するのも理解出来ない訳ではない。フルダイブ機能を使ったバーチャル体験は、実際の人体に影響を及ぼさない点で医学界から注目されている。人体に副作用・副反応を起こさない医学療法として着目され、実際に臨床実験が始まっているのだ。例えば肥満治療、過度で過激な食生活によって形成された肥満、その肥満を基点として体内で生じる血管異常や内臓疾患を治療するとすれば、肥満体質の患者に対してケアパッケージをプランしなくてはならない。それは患者のメンタルケア、食事制限、運動療法に加え、血糖値管理の方向から投薬を長期的視野で行わければならず、このままでは患者の生命に危険が及ぶと判断した場合は脂肪吸引や胃の切除など外科療法も治療に加えなければならない。

 だがフルダイブ機能を使った食事制限の肥満治療は、まだ臨床試験段階ではあるものの一定の可能性を医学界に提示した。「食べたい」「食べずにはいられない」と過食を続ける患者のメンタル治療……つまり過食行為の第一段階となる本人の欲求を軽減させたのだ。ーーフルダイブ機能が本人の満腹中枢を刺激し、現実世界において本人の食事量が明らかに減少したのである。

 ただ、これをフルダイブ療法として確立させるまでには、まだまだ立ちはだかるハードルを越えなければならない。フルダイブ療法で脳内の欲求を満たせても、それに対する身体の反応は発生しており、ログアウトした際にまた過食を始めてしまう恐れがあるのだ。ログアウト後の血糖値の反応や、唾液や胃液また腸のぜん動運動の抑制、カロリー消費の方法など、まだまだ解決しなければならない課題は山積みであったのだ。

 ヒナはリアル世界で我慢していると言った。見た目健康そのものの、正気溢れる十九歳なのだが、彼女は彼女なりに何か気にするところがあったのかも知れない。


「それでヒナちゃん、これからどうする?」

「ふがっふがっ!……そそ、そうでずね……」

「食べながら喋るとか子供かっ!」――呆れを通り越したロズリーヌは腹を抱えて笑う

「えっと、その、正直なところ……“何か”が始まるまでは結局のところ待つしかなくて」

「ヒナちゃんが教えてくれた情報ね。戦争が起きるって話?」

「そうです。本心からすればそんな事起きて欲しくないけど、それと共にヒロトが現れる可能性があるって話で」

「そうねえ、戦争なんかイヤよね。だけど私たちの手の届かない力……見えない力で世界が動いているなら、傍観するしか無いわよね」


 満面の笑みをたたえて食事を堪能していたヒナだが、その話題がテーブルに上がってからは真剣そのもの。クリクリとした黒い瞳に力が宿り、ロズリーヌをじっと見据えている。


「だから私、この街で待ってるだけじゃなくて、街の周辺や国境線へどんどん行こうと思います。取材も兼ねてひたすら歩き回っていれば、もしかしたら戦争が始まる前にヒロトに会えるかもと思いまして」

「ヒナちゃん良い子だねえ。ならばお姉さんはヒナちゃんの護衛として同行しましょう!」

「えっ?ロズリーヌさん……良いんですか?」

「良いも何も、ヒロちんに会いたくて再びログインしたんだから、ヒナちゃんと行動を共にしてた方がヒロちんに早く会えそう」

「わあ!ロズリーヌさんありがとうございます!」

「その代わり、ヒロちんに会ったらお互いライバルだからね。どっちが先にハグするか競争よ」


 ロズリーヌの言葉を脳内で想像してしまったのか、ヒナは照れて顔を真っ赤にうつむいてしまう。耳や頭から湯気を吹きそうな勢いだ。ロズリーヌはその初々しさに笑い転げるのだが、辺りに響く大きな声に二人は反応した。この街の住人なのか街に出入りしていた領民かは分からないのだが、その大きな声と内容に大いに興味を示したのである。


 ――おおい!えらい事だぞ!魔族の使節団が現れて城に入って行った!ユエルアリステル公国の将軍が来たらしいぞ!――


 永い年月に渡り、国境線を挟んで対峙して来た魔族が現れたのだ。モウンタニャアズールの住民が驚愕してもおかしくはなかったのである。



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