47) 辺境伯の悩み
人間族の統べる人間族のための国家、キングダム・オブ・グローリーの世界において、そう言う位置付けにあるのが三大国家の一つ『アルドワン王国』である。
まだ“果”の見えない巨大な大陸の中央から東にかけての温暖な地域に領土を構え、西の蛮族、北の亜人連合、そして南の魔族と対峙しているのだが、巨大なる軍事力を持って牽制し、領土に対する脅威を抑えていた。
王国内はいくつもの州に分けられ、王の直轄領と貴族の自治領に細分化されてはいるが、おおよそ世の常となる「王党派対貴族連合」や「元老院対王侯貴族」などの軋轢は珍しいほどに見受けられず、大国としてこの世の春を謳歌していたのだ。
そのアルドワン王国の王都エミーレ・アルドワンから遥か南の地に、昨今の話題を独占した人物の自治領がある。王国領土の最南端、魔族の国「ユエルアリステル公国」と国境線を重ねる地域に拠点を構える人物、クレメンテ・ラニエーリが辺境伯として采配を奮っている。辺境伯〈マルグレイブ〉とは、辺境に追いやられた没落貴族又は無能貴族の事を言うのではなく、その優秀さ故に国境線地域の管理を任された国土防衛長官、そして伯位よりも強大な権力を与えられた者を讃える称号である。
辺境伯としての称号を得たクレメンテ・ラニエーリは、キングダム・オブ・グローリーの世界線で、ストーリーモードを担うNPCではない。運営側が用意したAIキャラでもモブでもなく、彼は『選ばれし者』。つまりは純粋なプレイヤーなのだ。
――ビッグニュース!一般プレイヤーが自治領の統治者に就任!KOG世界で初の快挙!――
欧州サーバーで活動していたスペイン人プレイヤーが、アルドワン王国辺境伯としての地位を得たニュースは瞬く間に世界を駆け巡り、その年の最大のニュースとして語られる事となったのだ。
荘園制貴族主義社会の時代、アルドワン王国は常に魔族の脅威に晒されて来た。王国国土の南南西に隣する『イングヴァル魔法国』には王国直轄領の南征部隊が。そして南南東に隣する『ユエルアリステル公国』に対しては名家『ラニエーリ家』の代々の当主が、辺境伯の称号を受けて守護して来たのだが、ここで分かる通りラニエーリはつまりラニエーリ家に入った婿養子である。
先代辺境伯の娘で、「辺境に咲く白百合」と称され領民から愛された少女、カルロッタ・ラニエーリを妻とした事でクレメンテはラニエーリ家に迎え入れられたのだが、もちろんそれは男女の色恋の結果だけではない。キングダム・オブ・グローリーがリリースされた初期に実装されていた「辺境伯の花嫁」と言う超難関クエストをクリアした結果なのだ。
――祖先から代々引き継いで来た『辺境伯』の名誉を汚さぬよう、剣に政事にと精力的に動き続けたベルナルディーノ・ラニエーリ。だが鉄人と謳われた彼も、寄る年並みには勝てなかった。衰える体力と気力が自らの“老い”を実感せざるを得ない状況の中、次の世代に辺境伯の称号を託すための決心を迫られていた。妻には若くして先立たれ、子は娘のカルロッタだけ。(ならば、ラニエーリと辺境伯の名を残すには、カルロッタがそれに相応しい婿を選んでくれるしかない)そう考えたベルナルディーノは、次代の辺境伯に相応しい婿選びに乗り出したのである――
これがプレイヤーの途中リタイアが続出した超難関クエストの説明文。竹取物語にように無理難題をふっかけられる事は無いのだが、単独戦闘に集団戦に、大軍の戦術管理に政治・農政シミュレーションと、ベルナルディーノがプレイヤーに要求したハードルは激烈に高く、無理ゲーと悟ったプレイヤーたちが一人消え二人消えと、いつしかプレイヤー同士の話題にも上らなくなっていた。その停滞を打破したのがプレイヤーネーム“クレメンテ”。つまり彼こそが次々に要求された高難易度のタスクをクリアし、カルロッタ・ラニエーリを妻とする事を許されたプレイヤー。新たな辺境伯を名乗る事を許されたただ一人のプレイヤーなのだ。
◆ クレメンテ・ラニエーリ
取得称号:辺境伯〈マルグレイブ〉、百人戦士長、百騎長、連隊長、旅団長
取得領地:アルドワン王国ラニエーリ自治領
辺境伯自治領以外に統治する組織:双頭獅子傭兵団団長 ※双頭獅子傭兵団は欧州サーバーランキング、第六位
非公式情報:SNSでのやり取りなどから判断すると、二十八歳の男性で大学職員らしい
先代のベルナルディーノに負けず劣らず、その見事な見識でラニエーリ自治領を治めているクレメンテなのだが、この夏になってから頻繁にもたらされる、怪しい報告に頭を悩ませていた。国境線を守る国境警備隊本部からの問い合わせがそれなのだが、その内容が何とも釈然としない。“国境線に魔族が頻繁に出没、警備隊に向かって娘を返せ、子供を返せ、親を返せと叫んで来る。どう対処すれば良いか?”と言う内容なのだ。
魔族の国、ユエルアリステル公国からの不法侵入者ならば、捕まえて取り調べの上送り返している。経済的事情ではなく政治的事情で越境逃亡して来たならば、王都に伺いを立ててその判断を仰いでいる。今現在、公国との関係は険悪でもなければ良好でもない。だが相手方の動向を静観する形で王国と公国の関係は維持されており、一切の戦闘行為は無い。
――公国へ侵入して魔族を拉致して来い――
そんな命令など一切していないのに、なぜ魔族の領民たちは警備隊にそう主張するのか?
何かが変わろうとしている。何かが生まれようとしている……決して喜ぶ事の出来ない“何か”が始まろうとする、そんな不気味な胎動をクレメンテは感じていたのだ。




