【5-19】お化け屋敷 上
【第5章 登場人物】
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少女の薄い水色の瞳が、光を失って2年――そこに配されたアンバーに再び活力を取り戻させたのは、長椅子にだらしなく横臥する紅髪の青年将校だった。
彼から問われたわけでもないのに、ソルはそれまで自分の周囲で起こったこと、感じたことを話し始めていた。
いつの間にか、その物語も終盤にさしかかりつつある。
***
ヴァナヘイム軍は、各地で敗れた。
帝国暦383年を迎えて間もなく、帝国東征軍はヴァーラス城塞へ迫った。
新年会で勇ましい挨拶を口にしていた代議士・リング=ヴェイグジルは、早々に行方をくらました。
敵の大軍が押し寄せるなか、ヴァーラス領主・ファーリ=ムンディルは、ここから北へ180キロ、エレン城塞都市への立ち退きを決めた。既に避難先の城主・リーグ=ヘイダル少将とは、話を付けてあるという。
配下の中小貴族から使用人まで、ムンディル家傘下の者は皆その方針に安堵し、城の守りよりも逃亡の身支度に、奔走する有り様であった。
彼らはこの2年、帝国軍の強さを嫌というほど体感させられてきた。
要衝のヴァーラス城塞をもってしても、防ぎ切ることは難しいと、誰もが感付いていたのだ。
父領主は、心労に疲労が蓄積したのだろう、鬢に白いものが混じり、やつれていた。
――どこに逃げると言うの。
しかし、領主の娘ソルだけは、それらを無視し続け、城下の屋敷に留まることを選んだ。
父ファーリの怒気を含んだ説得も、ソルは最後まで聞き流した。
祖母のマニィは、当主の末弟が戦死したことで混乱する実家を鎮めるため、イエリン郊外に向かっていた。つまり、ヴァーラス城塞には、ソルを説得できる者はいなかった。
少女にとって、もはやヴァナヘイムの地はどこも居心地が悪く、国内に行きたい場所などなかった。そればかりか、自虐的な方向性へと思考を委ねるばかりであった。
いっそのこと、帝国人によって見知らぬ土地に売り飛ばされる方が幸せかもしれない。海の向こうの新しい国に行ける良い機会ではないか、と。
そうこうしているうちに、帝国軍は城下に達した。
帝国の寄せはあまりにも速く、城主以下は、逃げ出す機会を逸したのである。少女を1人除き、彼らは城塞本廓に逃げ込むだけで精一杯であった。
ソルは、屋敷に1人残っている。
彼女は自室の天蓋付きベッドで、胸の前で両手を組み、仰向けに横たわっていた。
銃声や喚声がわずかに聞こえてきた。最南端の城壁で、交戦が始まったのだろう。
まもなく帝国軍は城塞都市に打ち入り、この屋敷にも火がかけられるだろう。
生まれ育った邸宅には愛着がある。それと運命を共にするのも悪くはない。
「……?」
しかし、少女が何度寝返りを打とうとも、屋敷は火の海に――はならなかった。
――おかしいわね。
彼女は訝しみ、片目を開けた。
ついにはベッドから降りた。背伸びをして目を細め、窓外を望んだが、街に火の手が上がる気配すら感じられない。
上層部から略奪禁止の命令が出ていたとのことで、帝国兵たちは実直にそれに従っていたのだった。
【1-3】 四将軍
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【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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【予 告】
次回、「お化け屋敷 中」お楽しみに。
薄暮れ時、無人と思われた屋敷に、ピアノの音が鳴り響いたことは、想像以上に帝国の参謀たちを驚かせたようだった。
第1遭遇者たる巨躯の若者が言うには、白いワンピース姿の赤髪の少女を、2階と3階の部屋で続けて目撃したとのことだった――。




