【5-18】梟
【第5章 登場人物】
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ソル=ムンディルのノーアトゥーン滞在はここまでであった。
夜中に屋敷を抜け出していたことが発覚した娘を、父は問答無用でヴァーラス城へ送り帰してしまったのである。
帰路、少女が馬車に揺られているうちに、後先考えぬ愚か者たちが、帝国大使館に押し入った。
ヴァナヘイム・帝国間の戦端が開かれることになったわけである。
帝国暦381年3月3日のことであった。
大使館関係者を惨殺したアルヴァ=オーズ中将以下を、ヴァナヘイム国の民衆は絶賛した。
新聞は彼らを英雄扱いし、英雄たちを戒めてきた農務大臣や軍務省次官を国賊扱いにした。
物事の本質を見極めた者が世間に異端視され、国を救わんと尽力する者が民衆に奸物扱いされる――。
大きな声量の意見や、数の多い側の行動が本当に正しいのか。それは帝国のやり方と同じではないのか。
夜、自室に隠れながら新聞を開いたソルは、首をかしげるばかりだった。窓に映った己の姿を見て、まるで梟か何かのようだと、ソルは1人自嘲気味に笑った。
大使館襲撃以降、ヴァナヘイム国は国交を一方的に破棄し、歩み寄ろうとする帝国を一蹴した。
そして、審議会の上申を受けた国王・アス=ヴァナヘイム=ヘーニルの名により、アウジ=ヴィスブール大将以下、国内の貴族将軍麾下全軍への動員が発令された。
帝国暦381年4月5日のことである。
ヴァナヘイム国は止まらない。
帝国大使館襲撃後、新聞は水を得た魚のように躍動した。好戦的論調はとどまることを知らず、威勢の良い煽り文句は爆走した。
新聞という名の暴走汽車に、ヴァ国の貴族から領民までが飛び乗り、車上で吠えたぎった。
そうしたなか、農務相・ユングヴィ=フロージと軍務省次官・ケント=クヴァシルは諦めなかった。
戦時特別糧食法――食糧を無条件に前線に投入できる仕組みづくり――について、審議会に諮る前に農務省が廃案に追い込んだ。
東方・リューズニル城塞を、ブレギア領・アリアク城塞より騎翔隊がうかがいつつあり――との情報を掴んだ軍務省は、「いつでも後詰めに向かわせる用意をしておくよう」ヴィスブール総司令官をけん制した。
同時に、軍務省はその外局たる外務省へ、帝国との交渉の可能性を探らせ続けた。
国を想い民を守るため、彼らは身を挺して暴走汽車へブレーキをかけようとしたのである。
だが、彼等に出来ることは限られていた。大きなうねりの前に、彼等は非力だった。
新聞は2人を蛇蝎のごとくこき下ろす。彼らの悪評は、たちまち民衆へ伝播していく。
帝国避戦論は踏みにじられた。
そうしたやり口が、ソルには疎ましくて仕方がなかった。
各紙の勢いばかりの論調に、疑念を差し挟まない読み手たちも大概であろう。
新聞が垂れ流す軽薄な情報や意見に感化され、自らろくに調べ考えようともせず、感情のままに拍手喝采を送る愚かな存在――この国の民衆が、ソルは心底嫌いになった。
だが、この国において、彼女の考えは圧倒的な少数派である。
周囲が異常に見える自分こそが、異常なのかもしれない――不条理に包まれている間に、少女は何が正しいのかよく分からなくなっていった。
話を聴いてほしい――友人とその父親は、相変わらず行方が分からなかった。
話を聴きたい――ヴァーラスに帰された身の上では、農務大臣や軍務次官に会うこともかなわなかった。
少女は1人、郊外のヴァーラス駅へ向かった。
帝国からの生活物資を満載した貨車や荷車の姿はなく、あれほど賑やかだったホームも停車場も静まり返っていた。
居並ぶ酒場や宿屋は、どこも「休業」の看板が下りていた。
道路脇には、虚ろな目をした者たちや力なく頭を下げた者たちが、そこかしこに座り込んでいる――職を失った者たちなのだろうか。
反対に、帝国へ攻め込むための兵馬や軍需物資を載せた車両が、活力に欠いた街道を時折南下していった。
ソルはヴァーラス城下の屋敷内に閉じこもるようになっていった。
「ばっかやろう……」
机に広げた新聞紙に、水滴が1つ2つと落ちた。
いつしか少女は、動くことはおろか考えることにすら、億劫になってしまった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
帝国との戦端が開かれてしまったことに落胆された方、
落ち込むソルを励ましたいと思われた方、
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【予 告】
次回、「お化け屋敷 上」お楽しみに。
帝国軍がヴァーラス城塞に迫ります。
ソルは、屋敷に1人残っている。
彼女は自室の天蓋付きベッドで、胸の前で両手を組み、仰向けに横たわっていた――。




