【5-9】少女の冒険 ③ 農務大臣
【第5章 登場人物】
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農務大臣・ユングヴィ=フロージは、小さな訪問者に驚いた表情を浮かべたが、快く応接室へ迎え入れてくれた。
彼は、この娘の父親であるヴァーラス領主と折り合いが悪かった。同領主は、審議会において文務省・教育局長の地位にあり、対帝国戦では開戦派の急先鋒である。帝国避戦を掲げる農務相は、目の敵にされていたのだった。
そのため、初老の大臣は当初、この可愛らしいお客様について、お菓子やお茶を振る舞ったあと、部下たちに王都のムンディル邸まで送り届けさせようとしていたらしい。
ところが、言葉を交わしていくうちに、少女が愛くるしい外見に反して、国政におけるおおよその事情を心得ていることが分かったのだろう。聞けば、対外政策課長・フォルニヨートに師事していたそうではないか。
何より、少女の熱意に根負けしたようだ。
大臣は、困ったように胡麻塩頭をかいていたが、終いにはかみ砕いた言葉で、彼女の友人とその家族が置かれた状況を説明してくれたのだった。
誰もが帝国との戦争を望んでおる――農務相は寂しそうに切り出した。
ヴァナヘイム国は、各省庁のトップたる大臣や領民の代表たる代議士から成る合議制――審議会――によって、内政・外交・軍事等の意思決定がなされている。
その審議会は、民衆の声に後押しされ、帝国との国交断絶・開戦準備にいそしんでいた。
ところが、対外交渉を担う責任者が、帝国との開戦忌避の声を上げるようでは、断絶するものも断絶できない。
外務省の対外政策課長の扱いを手にあますようになった審議会は、適当な罪を擦り付け、その家族もろとも政治犯収容所に押し込めてしまったのである。
友人が父親とともに逃げるようにヴァーラス領を逃げ出したこと。その後、彼女の一家と連絡がつかなくなったこと。
そればかりか、実父がヴァーラス領下の彼女の邸宅を占拠し、厳めしい軍人たちが王都の彼女の屋敷まで封鎖したこと――一連の出来事の事情を少女は理解した。
いまの為政者たちが、その地位に就く過程で打ち負かされ、服従を拒んだ者たちが送られてきた収容所――その施設は、国内にたくさんの数が置かれているばかりか、年々増設されているという。
そのため、友人一家がどこに閉じ込められているのかは、この大臣も分からないそうだ。
そもそも、ともに帝国避戦に尽力した者へなど、審議会も幽閉先を漏らしたりはしないだろう。
友人とその家族の安否について、農務大臣は言葉を濁した。
驚くべきことに、その昔、彼自身も収容所に送り込まれていたことがあったそうだが、日々わずかな食事のみで強制労働を強いられる生活は、長らく続けられるものではないという。
収容所暮らしを体験した身なればこそ、どれだけ政策上で対立した相手でも、農務相からそこへ送り込むようなことは、決してしなかったそうだ。
ソルは言葉を失った。
友人を1日も早く見つけねば、取り返しのつかないことになるだろう。
だが、無数の収容施設から友人一家を見つけ出すのは――山林のなかで1本の木を見つけ出すほどに難しいことだろう。
しかも、この大臣の実体験からして、探し出している時間はあまり多く残されていないはずだ。
帝国との開戦推進派の実父・ファーリ=ムンディルは当てにならない。
農務相の話のなかから、何かのきっかけをつかめないか、反芻するように聞き入っていた少女は、そこに度々登場する「避戦三兄弟」の最後の1人――軍務省次官――の存在に気が付いた。
外務省の親組織かつ、軍部中枢にいる彼ならば、ともに帝国との避戦を唱えていたとしても、友人の行方を知っているかもしれない。
少女は、どうしても次官にお会いしたいと農務相にすがった。
大臣は、弱り果てたように再び胡麻塩頭をかきはじめた。しかし、少女のアンバー光る水色の瞳に迫られ観念したのだろう、やれやれと口を開いた。
「明日の夕方6時頃、中央駅の8番ホームに行ってみなさい」
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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【予 告】
次回、「少女の冒険 ④ 軍務省次官」お楽しみに。
煌々と灯りの点いた店頭で、派手な化粧と露出の多い服を身にまとった女性や、必要以上に上下をきっちりと着込んだ男性が、客引きにしのぎを削っている。
軍務省ナンバー2が、どうして3等客車で出省なさっているのか、少女が尋ねたところ、次官はきまりが悪そうに、白髪交じりのぼさぼさ頭をかくばかりであった――。




