【5-3】異国かぶれ ②
【第5章 登場人物】
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友人の父親からいただいた1冊の辞書がきっかけで、少女は帝国語を独学で学び始めた。
好きこそ物の上手なれ――しばらくすると、祖母マニィが家人に内緒で取り寄せた帝国の絵本くらいは、読めるようになっていた。
少女の最大の理解者たる祖母は、人生の大半をムンディル家家訓に縛られ、帝国語がまるで読めなかった。
そのため、孫娘に与えた書物のなかには、ごくたまに猥本が含まれていることもあった……持ち前の大らかさの裏返しといったところだろう。
また、祖母は時折、旅行雑誌を買いに世話係を街中へ走らせた。
公用のない昼下がり、老眼鏡をかけ窓辺のロッキングチェアに身を委ねる。そこで船旅特集を読み込むのが、彼女の楽しみであった。
そして、一通り眺め終えた旅行誌は、孫娘にこっそりと手渡される。
その雑誌には不定期のコラムで、政治的な記事――主に帝国の覇権主義――を掲載していた。旅人に対し、紛争地帯への接近に警鐘を鳴らすためのものであったが、少女にとって、異国についての貴重な情報源でもあった。
帝国の覇権主義は続いている。
昔話のなかでの帝国は、五大陸を統べる王者として覇気に満ちていた。ところが、雑誌のコラムが説き、友人の父親の口から聞く、いまの帝国のやり口は狡猾であり、露骨であった。
ヴァナヘイム領内の貴金属の採れる山や、物成りの良い土地は、次々と軍勢を送り込まれては、占拠されていった。
帝国は、収奪地に堀を穿ち、城壁を築き、兵馬を込めていく。占拠が一時的ではないことの意思表示であった。数年もすれば、国際的にもその地はもともと帝国のものと認識されていくのだ。
そして、それらの土地で捕らえられた多くの同族が、海の向こうへ売り飛ばされていった。人身売買の話を聞いた時、ソルは心の底から怖いと感じた。
帝国からの圧力は、このような直接的な手口だけではなかった。
近年、帝国国内では機械工業化が急速に進んでいる。大資本が投下された工場では、新式の機械が昼夜問わず稼働し、大量の製品を造り出していく。
小銃からスプーンまで、帝国領内にあふれた安い工業製品は、隣国のヴァナヘイム領へ瞬く間に流れ込んでいった。
それは、山の斜面の木々をなぎ倒す雪崩のようだった。
旧来の手作業をベースとしたヴァ国産業はたまらなかった。廃業倒産が相次ぎ、街中には職を失った者が溢れていく。
このように、ヴァナヘイム国は、帝国による直接的な領土併呑と間接的な産業支配という二重苦にさらされ続けた。
ヴァ国の民は、帝国によって住まう土地、生業を奪われた上に、人身拐かしにさらされるなど、生命・財産を脅かされていった。
また、皮肉なことに、奪われた土地で採掘され、帝国国内で精製・加工された金属製品が、ヴァ国産の製品を同国の市場から駆逐していくのだ。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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【予 告】
次回、「異国かぶれ ③」お楽しみに。
「銃をもって挑み、剣をもって払え」といった類の力強い言葉を求めて、少女は友人の父親に尋ねた。すがったという方が当時の少女の様子をより正確に表していたのかもしれない――。




