その娘、ヒースロッド家
サウスライドと話しをしてからすぐに休暇を取ったルディリアは、クロヴィスと共に研究室を出ると、カエサル家のタウンハウスへと足を運んだ。
基本的に領地で過ごしているカエサル家やヒースロッド家も王都に邸をもっている。貴族であれば領地と王都に一つずつ邸を構えていることは当然の義務であった。
貴族の中でも金銭が心許ない家の者達は維持するだけでも一苦労だが、三大公爵家の一家であるカエサル公爵家と建国時から辺境地を守るヒースロッド辺境伯家は金銭に恵まれていた。
それは偏に領主一族の手腕によるものだ。自領をどれだけ豊かに出来るかは、その土地柄によって大きく変わるところだが、それを難なく熟すことは容易いものでもない。
災害に供え、賊や他国からの侵略に気を張りつつその土地ならではの特産物を王都で流行らせる事が出来るか、またその維持が行えるかは、全て領主一族の手腕に関わる。そうして安定を築きあげれば王都にも立派な邸を構えることが出来る。
カエサル家のタウンハウスは実に豪華なものだった。煌びやかな装飾品が内外に飾られ、庭には様々な種類の花が咲き狂っていた。珍しい冬の花や季節違いの花々が生き生きと上を向いている様は圧巻である。主にカントリーハウスで暮らす貴族が、ここまでタウンハウスに力を入れていることは珍しい。
「初めて来たけど、凄いね。」
馬車の中から外を眺めていた時にも感じていた感想を邸内でぽつりと零せば、クロヴィスは鼻で笑い飛ばす。
「ふん、こんな所に金を使う暇があれば領に金を落とすべきだろう?ここまで豪勢だと逆に不審極まりない。」
不審極まりないとは、また随分な言い様である。しかし、クロヴィスが両親や親族に対する思いはそれ以上のものだと理解している分、フォローに回ることもしない。
これだけの金貨をどうやって調達し、何に使っているのか。王族の目に止れば、面倒事が降ってきそうである。普段は国にちっともお金を落とさないことで有名なカエサル家なのだから。
「ご両親は、よくこっちに帰ってきているんだっけ?」
「あぁ、妹の婿探しと謀に忙しいらしい。」
相も変わらず、彼の両親は王の寝首をかく計画に夢中らしい。その分クロヴィスがどれだけ大変な思いをしているのかと考えるとため息が溢れた。
「ここにいるより、やっぱり…うちで過ごさない?流石に、ここは…ね。」
心が落ち着きそうにもない煌びやかな室内に苦笑を零せば、「分かった」と一つ返事で了承してくれた。
クロヴィスが少ない荷物を纏めるために自室へと戻ると、ルディリアは応接間にて待つことにした。
応接間の中は広間と同等か、それ以上に煌びやかな装飾が飾られており、ピカピカに磨かれた金製品やら銀製品で溢れている。とても上品とは言いがたい空間である。
クロヴィスにとって苦痛でしかないだろうこの室内を見回せば、壁には貴公子と花の様なご令嬢の絵画が飾られていた。一瞬誰なのかと首を傾げそうになるものの、手に持つ杖やら服に付いている記章を見るに、どうやら現公爵当主とその夫人らしいことが窺えた。
一体いつ描かれたものなのかとまじまじと眺めていれば、背後から扉が開く音が聞こえて、ゆっくりと振り返る。
「…それ、最近描かせたものらしい。」
目を細め、嫌そうに言うクロヴィスを見て苦笑する。
「何処の貴公子様かと思った。」
「別に趣味ではけど。」と、心の中で付け足しながら肩を竦めてみせれば、クロヴィスは一瞥してから視線をまたルディリアへと向けた。
「他人だけでなく、自分自身まで騙そうとしているらしい。ここまで来れば見事と言うべきだろうな。」
「鏡を覗けばすぐさま溶けてしまいそうな暗示ね?」
クスリ笑みを零せば、クロヴィスは「では、今度邸中に鏡でもおいておくか。」と心底面白そうに言う。
視力が確かであればそれを嫌うかもしれないが、脳が麻痺している可能性もなくはない。そうなれば、当人にはその絵姿の様に見えているのだろうし、それを喜んでいるのだろうからあまり効果はなさそうな話しである。
話しをしていると、クロヴィスの後ろから三名の男性が姿を見せた。ルディリアが彼らに注目すれば、三名の内一人は幼い頃に見た事のある人物だった。
「あ、フラン。久しぶりね。」
「ルディリア様、覚えて居て下さったのですね。ありがとうございます。本日からクロヴィス様がヒースロッド家のタウンハウスに滞在すると聞きました。どうぞよろしくお願い致します。」
黒い服に身を包んだフランは、長身を丁寧に折って頭を下げる。
昔の面影を少しだけ残した彼は、すっかり大人の男性だ。身を包んでいる服こそ従者のそれだが、佇まいは執事そのもの。肩身の狭い立ち位置だろうに今日までクロヴィスの隣に寄り添っていたのだと、雰囲気だけで理解出来る。
昔から、彼はクロヴィスと領地中を飛び回っていた。クロヴィスの代になれば彼がカエサル公爵家の家令となることは想像に難くない。
「当たり前でしょ!フラン達も一緒にくるの?」
「はい、お世話になります。」
穏やかに笑むフランの微笑みは、幼い頃から大して変わらない様に見えた。昔から一歩後ろで穏やかに微笑んでいた。今もきっとクロヴィスの右腕として力を振るっているのだろう。
「ええ。それで、そっちの二人も紹介してくれる?」
ルディリアがフランの後ろに控える男性達に目を向ければ、クロヴィスが口を開いた。どうやらクロヴィスが重宝している人物達らしい。
「右がヨーゼ、左がルイーズだ。二人も俺の手伝いをしてくれている。仕事の腕は確かだ。ヨーゼは情報収集に長けており、ルイーズは器用に何でも熟す。それを総括しているのがフランだ。」
「なる程。つまり、現状信用出来る人物はこの三名というわけね。」
ちらりとクロヴィスを見れば、苦笑が返ってくる。領地に戻ればもう少しはいるだろうが、全て連れてきてしまえばあちらが回らなくなるためこの三人を連れ歩いているのだろう。
「ヨーゼ、ルイーズ、そしてフラン。改めてよろしく。私はルディリア・ヒースロッド。名前で呼んでね。」
『承知致しました。よろしくお願い致します。』
ルディリアが簡単な自己紹介を済ませれば、フランを筆頭に三名は丁寧にお辞儀を返した。
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フラン達が荷物を素早く馬車に運び込めば、ルディリアとクロヴィスは馬車に乗り込む。フランとヨーゼ、ルイーズは馬に跨がりヒースロッド家のタウンハウスを目指す。
ガタゴトと馬車に揺られて暫くすると、ヒースロッド家のタウンハウスが見えてきた。
王都に来てから数年経つがルディリアがここに帰ってきたのは数回しかない。貴族院時代もずっと寮にいたため学院の長期休みの時くらいにしか帰らなかった。王宮で働き始めてからは王宮内の自室で過ごすか、遠征の為王都を離れていた。その為、久しぶりの帰宅となる。
邸には二番目の兄がたまに顔を出すが、忙しい父と長男は殆どの時間をヒースロッド領のマナーハウスで過ごしていた。その為、戻っているとしてもラーディウス位だろうとクロヴィスを邸内に招き入れれば家令のライナーに耳打ちされた。
「ルディリア様、ラーディウス様とルドルフ様がお戻りになっておられます。ご挨拶ください。」
「え、お兄様達が??そう…、ライナーありがとう。そうするわ。クロゥを応接間に通して頂戴。今日から暫くここで過ごす予定なの。」
「承知致しました。」
恭しく頭を下げたライナーは、ルディリアに変わって彼らを案内してくれた。その隙にルディリアは居間へと足を進める。
扉の前に控えていた侍女がルディリアに気がつき頭を下げると、すぐに扉を開けて中へ通してくれた。居間ではルドルフとラーディウスがルディリアの帰りを今か今かと待っていた。
「ルドルフ兄様、ラーディウス兄様。只今戻りました。お元気そうで何よりです。」
小さく挨拶を行えば、ルドルフが立ち上がる。コツコツと小さな靴音を響かせルディリアの元へ歩み寄ると、ぎゅっと抱きしめられる。
「ルディ、久しぶりだな。おかえり。」
「はい、ルド兄様。お元気そうで安心しました。」
久しぶりの兄の温もりに、ルディリアも抱きつき返せば、ソファに身を沈めたままのラーディウスが声をかけた。
「それで、クロヴィスを連れてきたんだろう?」
「…私があちらへ行くよりも余程良い案でしょう?」
やはり彼らはそれを知って待ち構えていたらしい。
彼らに取っても、クロヴィスは幼なじみの様な存在である。それに、従兄のアルフォンスの親友だと理解しているため無下にすることはない。
基本的に有能な人物を好むヒースロッド家は、幼い頃から努力を惜しまず苦行に耐え続けているクロヴィスに好意的だった。
「まぁ、誰かが戻ればそれだけで居心地悪いだろうしなぁ。」
「あぁ、二人きりになる環境にルディをおくよりも随分と良い。しかし、その前に私に一言でも話しをすべきじゃないか?ルディ。」
父がいない状況ではルドルフに願い出るのが当然の流れだ。しかし、それを省くほどに急いでいた。二人がルディリアの職場に来かねないからだ。
恐らく二人は、ルディリア達が王城からでたという報告を聞いてここで待っていたのだろう。暫くしても戻らない様であればカエサル家のタウンハウスに行く用意まで調えていたに違いない。
「ごめんなさい。でもそうしなければ、研究室に迷惑がかかっていたでしょう?」
「さてな。」
しれっと流したルドルフは、応接間へと足を向けた。「行くぞ。」と声をかければ、ラーディウスも立ち上がり、ルディリアの手を取って華麗にエスコートしてくれる。
応接間へと入れば、ライナーがクロヴィスをきちんともてなしてくれていたらしいことが分かる。紅茶と茶菓子が出されており、それをクロヴィスが嗜んでいる様だった。
フラン達の姿はなかったが、恐らくクロヴィスがこれから過ごす為の部屋の確認と荷ほどきをしているのだろう。本当に従者とは名ばかりである。
「遅くなりまして申し訳ありません。クロヴィス・カエサル殿。」
畏まった態度でクロヴィスに挨拶を行ったルドルフは、少しだけ目を細めてクロヴィスを見遣る。
「構わない。急に尋ねたのはこちらだ。ルディリアには聞いていると思うが、暫く世話になる。」
「ええ、聞き及んでおります。」
「ならば、その態度をどうにかしろ。堅苦しい。」
嫌そうにルドルフを見たクロヴィスは、小さくため息をつく。一応目上の者への対応をしていたのだろうルドルフはクスリと笑みを零すと、肩を竦めた。
「変わりませんね。貴方は。」
「そうそう人は変わらん。」
面倒そうに言い放つクロヴィスは、既にこの茶番に飽き飽きしている様だ。ルディリアがクロヴィスの隣のソファに腰を下ろせば、その隣にラーディウスが座った。ルドルフはクロヴィスの正面へと座り、向き合いながら会話を続ける。
「しかし、まさか貴方が登城するとは。ルディ効果は凄まじい。」
「だが、却ってよかったろう?面倒事を一気に片付けられそうだ。」
「まだまだ厳しい現状を打破しなければいけないが、ルディがその活路を開いてくれそうではあるか…。」
何の話しをしているのか、ある程度の予測は付くが二人の視線が集まれば、ルディリアはたじろぐ。自身が何か大きな役割を抱えているらしいが、どうすればその役割が全うできるのかなど何も思い浮かばない。
「陛下への謁見もしくは、王太子殿下への謁見となれば厳しいでしょうね。謁見という形式でないのであればどうにかなるかな…。ただ、そこに効力があるかどうかはクロゥ次第と言ったところね。」
「十分だ、と言いたいところだが。既に喧嘩を吹っ掛けてきたから何とも言えないな。」
口の端を釣り上げ、面白そうに目を細めるクロヴィスはやはりあの時クラウストになにかした様だ。エルスベルトにもルディリアにも近い所にいる彼には苦労が絶えないらしい。申し訳無く思いながらも、久しぶりに見た彼の表情を思い出す。
元気そうな姿ではあったけど、どことなく疲れていそうな表情だったな…。
「ルディ、三日後ザクセン家で茶会がある。そこにクロヴィス殿と共に参加しなさい。」
「三日後?明日にもお茶会があると招待状が来ていたけど、三日後に?」
「あぁ。三日後の茶会にはアルンベルン公爵家も来る予定だ。三大公爵家が揃う茶会だ。めでたいだろう?」
フッと笑みを深めるルドルフには他人事のような顔をしている。実際はルドルフも参加するだろうに、傍観に徹するつもりらしい。
「えぇ…。」
ルディリアの嫌がる顔を見てもクロヴィスの表情が変わることはなかった。どうやら最初から巻き込むつもりだった様だ。助けを求めてラーディウスへと視線を向ければ、そっと逸らされる。
どうやら逃げ場は用意されていないらしい。
三大公爵家である、アルンベルン公爵家の次期当主の弟子であるルディリアが、カエサル公爵家の次期当主をパートナーにザクセン公爵家の茶会に出席するという構図はいかにも中心人物である。
もはや、それを企てたのがルディリアなのではないかと思われても可笑しくはない。いや、長兄はそう仕向けているのかもしれない。そうなれば、本当に面倒極まりないことである。
アルンベルン公爵家は王族派、カエサル公爵家は貴族派、ザクセン公爵家は中立派である。そして、ヒースロッド辺境伯家もまた中立派であるが、クロヴィスと共に参加するということは、傍目から見れば貴族派に傾いていると取られるだろう。
建国当初から辺境の地を任されてきたヒースロッド家は伯爵位といえど侯爵位と同等の権力を有している。侯爵家の中でも順位があり、王族の血を濃く引き有能で歴史の長い家柄ほど上位に位置する。
ヒースロッド辺境伯家はその中位と同等の権力を持ち、下手すれば上位とも渡り合えてしまう。そんなヒースロッド家がカエサル家側に着いたとなれば、三竦み状態の均衡が崩れかねない。
現状、何処に着けば良いかと静観している家が次々にカエサル家側につくことだろう。それは、王族が恐れている事態そのものである。
「でも、そうなると陛下も動かざるを得ないんじゃ…?」
素朴な疑問とばかりに小首を傾げれば、ルドルフは良い笑顔を返した。
「だから、活路が開けるんだろう?」
ルディリアを餌に王族をおびき寄せ、そこにクロヴィスを投入する目論見らしいことに漸く気がついたルディリアは、大きなため息をついた。
「と言うことは、私は結局王太子妃って事?」
目を細めてルドルフを見れば、意外そうな表情でこちらをじっと見ている。不思議に思いルディリアが眉を顰めれば、今度はルドルフがため息をつく。
「ルディ、社交はまだまだらしいな?」
「…?」
困った様子のルドルフから視線を外してラーディウスを見れば、ゆっくりと口を開いた。
「ルディ、お前は誰の元へ嫁ぐ気だ?」
それは自分で決められることではないのではないか?そう思いながら、眉を顰めればクロヴィスがクツクツと楽しげな音を鳴らす。
「まぁ、ルディリアが分からなくとも、向こうはもうその気で動いているだろう。問題ない。」
クロヴィスがそう告げれば、ルドルフは「ほぅ?」と興味深げに目を細め、ラーディウスは嫌そうに顔をしかめた。
どうやらルディリア以外の三名は事を理解しているらしい。
ルディリアはまだまだ読み合いでは勝てそうにない事に肩を落としながら、取敢えず目の前に迫る三日後のお茶会の事を考え始めた。
次話、明日投稿予定です。




