その娘、島からの帰還2
これで4章が終わります。
船がシロスの街近くの波止場に着き、ルディリア達が船から下りる。するとそこには、リール村の老爺やアンリス達が頭を下げて出迎えた。
「これはいったい?」
首を傾げクラウストへ問うと、軽く背を押された。「行け」という事だろうか、と頭に疑問符を浮かべながらも、彼らの前へ立つ。
「ルディリア・ヒースロッド様。この度は我らをお救い下さったこと、ありがとう存じます。残った親類から聞き存じ上げましたところ、貴女様はその身を挺してこの地を守りお救い下さったと、感涙しておりました。我らは同席できなかった事を心より悔やみ、それと同時に反省しております。我らの義務を果たすことが出来ず、皆様にご迷惑をお掛けし、剰え貴女様のお体に障りを作ってしまった。なんとお詫び申し上げれば良いのか…。この身を以て償いたいと存じます。」
老爺が苦しそうに放った言葉に、ルディリアは慌てて申し出を却下する。
そんなつもりで彼らを助けたわけではないし、本当の意味でこの地を救えたわけでもない。彼らが貴族を信じ、託す事が出来なかった問題はある。しかしそれだって仕方のないことだ。全ての人間を信じる事など出来なくて当然。信じると言うことはそれだけ難しい話しであり、それを当然のように全うしろなどと言うつもりはないのだから。
「どのような沙汰が下されるかは分かりませんが、私は貴方方の命を差し出すつもりはありません。不運な事故で済まされる話しでもない為、一概に安心頂くことはできないでしょう。要求される内容も、良い事ばかりではないでしょう。それは国や貴族側も見直さなければならない問題があるということ。大丈夫とは言えません。でも、命を取るほど国王陛下も王太子殿下も無情な御方ではありませんよ。」
無情と言いはしたが、本当は無能ではないと明言したかった。その言い回しにより、不敬と取られる可能性があった為控えたが。それでも、民の命を取れば国が立ちゆかなくなることを理解しておられる御方だからこそ、その点の信用は高い。
「ルディリア嬢の言う通りだ。そんな無能な王太子ではないぞ。陛下もよくよく民のことを考えておられる。お前達が自らの命を対価にするというのであれば、命続く限り国の為に働いて見せろ。そして子孫を残し、長くこの国に繁栄をもたらしてみろ。それがお前達の責務だろう。」
「返す言葉もございません…。」
ルディリアがあえて避けた言葉をクラウストは当たり前の様に使い諭した。
老爺が小さく発したその言葉に力は無い。しかし、それ以上に彼らの思いは伝わった。きっとこのことは彼も上に報告してくれるだろうと思い、クラウストを見上げた。
彼はどうしようもなく真面目で真っ直ぐな人間だ。辛いことも多いだろう。苦しくなることもあるだろう。心折れてしまうようなことも、あるのではないだろうか。そんな時、彼はきっと一人歯を食いしばり他に悟らせないように冷静に振る舞うのだろう。
そう考えると、心が軋むように痛い。ぎゅっと胸の辺りを握りしめると、ゆっくりと目を瞑った。
遠くからでいい。大恩ある彼ら――兄弟を救えるように、力を付けよう。
心優しく、温かい彼らはきっと私の身を案じて心を痛めるだろう、だから少しでも強く、生きよう。
「アンリスさん、私は貴方を信じていますよ。」
そう言葉を残して、ルディリアはその場を後にした。
本日中にシロスの街を出なければならないとクラウストに言われていたからだ。既に街に魔馬車が来ており、ルディリア達を待っているらしい。
クラウストもルディリアと共に波止場に待機させていた魔馬を走らせシロスの街へ向った。
街の外に止っている豪華な魔馬車が見えて、ルディリアは苦笑する。誰の差し金なのかと、考えるまでもない。
「そんなに怒っていました?」
「あいつが怒っているところを、私は見た事が無い。」
「では、これは?」
豪華な魔馬車は王族御用達のものだ。紋章もしっかり入っている。紋章の中には王太子である彼の刻印も刻まれており、すぐに誰の所有物か分かるようになっていた。
「過保護なだけだろう。」
「大切にされてますね。」
「君がな」と苦笑しながらクラウストに返され、小さく息をついた。嬉しく無いどころか、迷惑極まりない。これに乗って帰れば、多くの者に注目される。同乗するのが彼でなければ、王太子妃として見られる可能性だってある。それを避ける為にこれから頑張らなければいけないと言うのに、まったく面倒な事である。
「アルンベルン騎士団長が、公爵家の人間で良かったと心から思いました。」
「感謝は無用だ。どのみち君に面倒事が降りかかることに変わりは無い。」
そう言われればそうだと、ルディリアは納得する。
王太子妃とみられるか、王太子の息のかかった者とみられるか、同乗する彼の婚約者候補として見られるのだろうから、どのみち面倒事に直面する。
どちらもご令嬢方から人気のある御仁だ。今思えば、そんな二人の選択肢があるというのだから、恵まれた立場にいるなぁと他人事のように考える。
「あぁ、怒りは見えなかったがかなり不満げではあったぞ。」
「そう言えば」と、ちらりとこちらに目を向けたクラウストが放った言葉に、ルディリアの口元がひくつく。やはり面倒そうだ。帰りたくない。そう思うのも仕方がないだろう。
「アルンベルン騎士団長、ゆっくり返りたいです。」
「その分、あいつが余計な事を考える時間が増えるが?」
「構わないのか?」と、口角を上げて楽しげにルディリアを見るクラウストに、慌てて言葉を返した。これ以上面倒事が増えてはたまらない。
「すぐ返りましょう。私魔馬に、支援魔法をかけてきます。」
返事も聞かずルディリアはすぐさま魔馬達に近づくと、移動速度を上げる魔法と体力と活力を底上げする魔法をかける。魔馬車のポクシラージだけでなく、騎士達が乗る全てのポクシラージに駆けて周り、願う。
「いい子達だから、一分でも一秒でも早く私達をお城まで連れて行ってね。」
魔馬の頭を撫でてやれば、どの子も人懐っこい性格らしく、可愛らしく甘えるように頭を擦りつけてくる。くすぐったくて、目を細めればクラウストの声がかかった。
「早く乗れ。」
慌てて頷いて、魔馬車に乗り込むと御者の声がかかり、ゆっくりと魔馬が駆け出す。ゆるゆると速度を上げ、空を駆ける速度が増していく。あまりの速度にクラウストが苦言を呈する程だ。
「今度は何をしたんだ?」
「申し上げた通りです。支援魔法を少々。」
「どこが少々だ。」
クラウストは呆れた表情を向けると、小窓から騎士達の様子を見る。そこから見える誰もが、少しだけ楽しげな顔をしていた為か、小さく息をつくと「まぁ、いい」と持っていた書類に視線を落とした。
昼に出た魔馬車がその日の夜中には城へ着いた。来た時は半日かかった移動時間を半分に短縮してくれた魔馬達にお礼を言って回ると、ルディリアはクラウストに小突かれる。
「今後、余計な事はしないように。」
そう注意され、ルディリアはふて腐れた様子を見せずに頷いてみせる。少しでも早く着く方がこちらの為だと教えたのは彼なのに、理不尽に怒られたと内心むっとしながらも、素直に頷いたのは面倒事を避ける為である。
「君は明日、兄上の元へ向ってくれて構わない。午後そちらに顔を出す。」
「承知しました。」
頭を下げればクラウストから「今日はもう休みなさい。」と言葉が下る。それに従って久々の自身の部屋へ戻ると、身支度を調えすぐさまベッドへ潜り込んだ。
やはり慣れたベッドほど素晴らしいものはない。潜り込むとすぐに深い眠りへと落ちた。
ここまで毎日投稿を行ってきましたが、思ったよりも執筆が進まずストックがなくなってしまいました。
5章は12月1日に投稿する予定ですので、暫くお待ち頂けますと幸いです。
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