その娘、魔道具を開発する
ルディリアは式典にて表彰をうけてから赤色のローブを賜り、胸元には魔術師見習いの記章が増えていた。
魔導師見習いの際に付けていた記章のすぐ横に新しい記章をつけることが習わしだ。今ルディリアの赤いローブには「王室魔法研究室 室長補佐」、「王国騎士団 団長補佐」、「魔導師見習い」、「魔術師見習い」の記章が輝いている。
王宮で働き始めて1年未満で黄色いローブから赤いローブを着る者は希であり、国王陛下から「戦場の女神」とお言葉を頂いたお陰か、せいか、ルディリアは今まで以上に目立っていた。勿論、大半は討伐での功績を聞いた貴族達が噂しているせいである。
討伐後、研究室内で大人しく仕事や研究に励んでいた為か、アルンベルン公爵家の後ろ盾のお陰か、思っていたよりもルディリアの周りは落ち着いていた。それでも至る所で自身の噂話が流れ、非難する声も上がっていたがルディリアは気にとめていなかった。
自分の事を何も知らない者に何を言われても構わない。知っている者は声を揃えて賞賛の言葉をかけてくれる。いつの日か自身を守ることができる力を身につけたいとは思っているが今はまだ早い。自身の不足を埋めるべくルディリアは日々努力を積み重ねていた。
午前中はサウスライドの書類整理の手伝いと情報の整理。午後からは古代魔法や、魔道具や魔武器に関する研究に没頭していると季節は移り変わり、カラリとした熱さに研究室では熱中症になる者が続出し始めた。
研究者だからだろうか、没頭すると時間を忘れ食事を忘れ、そして熱さまで忘れてしまうらしい。締め切った個室で研究を行う者達はフラフラと研究室内を歩く。それを見かねたルディリアは氷の魔法で彼らを癒して回っていた。
「全く…どうしたらこの熱気を忘れられるのですか?」
目の前には小部屋のソファに横たわる金茶色のふわふわとした髪を汗で濡らし横たわっている男性にルディリアは呆れた目を向ける。すると、薄らと瞳が開きエメラルドの様に透き通る鮮やかな緑の瞳がこちらを向く。
「すまん、ルディリア。いつもの、頼む。」
「分かりました。副長、暫く寝ていて下さいね。」
そう言ってルディリアは小さな袋の中に魔法で発生させた氷と水を入れると、彼の頭の上へとのせ、風と氷魔法で室内の熱気を外へと飛ばした。
こうするだけでかなり気温が下がる。本当は大きな盥などに氷を積んであげたい所だが、この男――キーストン・イルベーダ副室長の部屋にはそれを置く隙間などなかった。
部屋には研究資料が積まれ、研究物が所狭しに並んでいるのだ。室長の部屋よりは片づいて見えるのが不思議だがここは純粋に物の量が多い為仕方がないようだ。勿論彼の部屋は室長室の次に広い副室長室であるが、それでも足りずに開いている一室を自身の倉庫として使うほどだった。
「それはいかん。まだ仕事が残っている。」
「こんな状態では無理です。二、三時間はお休み下さい。」
「…ルディリア、君を私の補佐として付ければ良かった。そうすればサウスライドの様に涼しい日々を送れるというのに…。」
悔しげな瞳をルディリアへ向けるも、見当違いである。サウスライドは自身で氷を用意しているのだ。少しでも快適に過ごせるようにと自身で氷の生み出せる魔石を開発しそれを用いている。実際は嫁であるソフィアに頼まれ家族が快適になるようにと作成したらしいが。
「室長はご自分で作成した魔導具をお使いなのです。私は何もしておりませんよ。」
「いや、そんなことはない。そもそも、君がいなければあいつの部屋は書類で溢れかえっているはずだ。開発にあてる時間もなければ、氷を置く隙間さえ自身では作り出せない。」
「では、副室長もこの部屋を片付けたら良いではありませんか。それとも…」
「いや、いい!遠慮する!」
私が片付けて差し上げましょうか?と言う前に、キーストンは慌てて大きく手を振って拒否する。他人には分からずとも、本人にとっては宝石部屋の様な場所なのだ。他人にあれこれ動かされたくないらしい。
「しかしなぁ…こう熱くては堪らん。何か対策を立てねば…。他の研究員達も同じ様なものだろう?」
「ええ、数名副長のように毎日副長の様に隊長を壊している者が居ます。」
「君も大変だな。」
苦笑するキーストンはまるで他人事のようだ。一番ルディリアの手を煩わせているのは彼だというのに、全く気付いていないらしい。
他の研究員達は、ルディリアが言えば数日は大人しく過ごしている。熱気の籠もる室内を換気したり、サウスライドの作った魔道具で氷を出して涼んでいる。その後研究に没頭しすぎてまた倒れるのだが、それでも頻度は減っている。しかし、キーストンはほぼ毎日のようにルディリアの世話になっているのだ。
「そう思うのであれば対策して頂きたいのですが。」
どうせ無理だろうと思いつつもそんな言葉が思わず漏れる。呆れた眼差しにキーストンは何を思ったのか「成る程な」とニヤリと口角を上げた。
「ルディリア、君はどうすればこの問題を解決できると思う?氷か?違うな。場所を取るようなものは結局普及しない。では出来るだけ場所を取らず、そして快適に過ごせるようにする為にはどうすればいい?」
「そうですね…。…氷ではなく、風でしょうか…。」
「あぁ、そうだ!冷風であれば場所は取らん。」
「風量の調節や、湿度の問題が重なりそうですが?」
小首を傾げ、ルディリアは尋ねる。
確かに副長の言うことは一理あると思う。大きな氷は持ち運ぶのに苦労するし、場所を取る。氷が溶けて水に変わる分それを廃棄する手間もかかる。
しかし、風ならばどうだろうか?風量の調節を正しく行えばそんな手間はかからないだろう。そして冷風が身体にあたれば氷よりも早く体温を下げることも可能かもしれない。
しかし、その風量が問題である。微風では体温を提げるまでにかなりの時間を要するため、あまり活用できそうにない。逆に風量を上げてしまえば体積の軽い物は吹き飛ばされてしまうだろう。使用する場所が限られてしまうことになる。さらに、風に含まれる水気が紙を傷める原因にもなりかねない。
「…ふむ、であれば、装飾品としてならばどうか?」
「それもまた風量の調節が難しそうですね。いえ、更に厄介かもしれません。人によって感じ方は異なります。例えば男性、女性、だけでも異なります。男性は強風を、女性には微風といったように、年齢でも異なるかと。」
「うーむ。そうだな…では、個人で調節できるようにしたまえ!」
「え?」
ルディリアは驚きで大きな瞳をぱちくりとさせる。
装飾品となるほどに小さく、個人で自由に風量を調節できる魔道具を作れ。と?
「…ご冗談、ですよね?」
「私は今とても忙しい。しかし、そんな魔道具が欲しい。」
「…今期中に間に合うとお思いですか…?」
確かにルディリアはキーストンと話す中で、形を想像しながら機能設計まで思い浮かべていた。しかし、そんなものがすぐに作れるのであれば、他の開発者が既に手がけているだろう。だが、今現在そんなものは存在していない。それは、難題である為だ。
「ルディリア、君なら出来る。」
「いえ、私は他にも研究途中の物もありますし、室長補佐と団長補佐の仕事もあるのですが。」
「大丈夫だ。私は信じている。」
信じなくて結構です。とも言えず、胡乱な瞳を向けることしか出来なかったルディリアはそのまま副長室から追い出されるハメになった。
「はぁ…。」
頭を抱えながら応接室のソファへと腰を下ろして頭を抱える。
どうしろと?
いや、作れと言いたいのだろうけど…。
いや…無茶過ぎる。




