葬儀
次の日には、伯母さん達も祖母の家へとやってきた。 ヨウコ伯母さん、タカコ叔母さん、ユキエ叔母さんの三人だ。
「健ちゃん、聞いたよ。 アレが出たんだって?」
父の名は、健一なので、ヨウコ伯母さんは、健ちゃん、他の叔母さんは、健兄と呼んでいる。
「義姉さん……」
「おねぇ、まだアレって決まったわけじゃないよ」
ヨウコ伯母さんの質問に、母と父が口ごもる。 ヨウコ伯母さんは、父の姉に当たる人で、祖母の面倒をよく見に来ていた人だった。
……アレってなんだろう。
「いや、でもさぁ、お母さんの遺体……だいぶ……その……食い散らかされてたんでしょ?」
タカコ叔母さんが小声で続けた。 どうやら、僕に聞かせたくない話らしく、こちらをチラチラ見ている。 ちなみにタカコ叔母さんは、父の妹に当たる。
「いや、まだ野犬の仕業じゃないって決まったわけじゃないし……」
「いやいやいや、この辺りで、そうなったってことは、アレ以外考えられないじゃん」
一番下の妹に当たるユキエ叔母さんが、ないないと手を振りながら、大声で話す。
「バカユキ!」
ヨウコ伯母さんが、ユキエ叔母さんを責めながら、こちらをチラリと見る。 余程、僕に聞かせたくない話らしい。
「……ごめん」
ユキエ叔母さんは、シュンとした感じで、ヨウコ伯母さんに謝罪し、こちらをチラリと見たあと、
「ねぇ、健兄、アッチで話そうよ」
そう言って、僕と母を置いて、父と三人の伯母達は奥の部屋へと消えていった。
「……ねぇ、母さん、クイチラカサレタってどういうこと?」
母は、少し困った顔をして、ため息つきながら、しゃがんで目線を僕に合わせた。
「あのね。 おばあちゃんなんだけど、どうやら野犬に食べられちゃったみたいでね……。 ほら、あの辺、タヌキ見たって、タケルも言ってたでしょ? タヌキの他にも、野良犬とかイタチとか……カラスもかな? この辺、田舎だから……」
「そっか……」
「うん。 だからね、本当は、お葬式終わった後に火葬って言って、遺体を焼くんだけど……、先に焼いてから、お葬式する事になったの」
「そうなんだ……」
「最期におばあちゃんの顔見たかったかもしれないけど……見れないんだ。……ごめんね」
「うん、しょうがないよ。 野犬が悪いんだもん」
「……ありがと」
母は、そう言って、僕を抱きしめてくれた。 本当は、野犬なんかじゃなくて、アレって呼ばれてる奴に食べられたんだろうことは、なんとなくわかったが、それを母に言う気にはなれなかった。
次の日、僕らは火葬場へ向かった。 検死が済んだ遺体を焼いてもらうためだ。 僕は、父が持ってきた黒いハーフパンツに白のポロシャツを着て出掛けた。 祖母は、黒い寝袋の様なものに入れられた状態で、棺に入っていた。 結局、僕は最期まで、祖母の遺体は見せて貰えなかった。 遺体を焼いて貰っている間、僕は外に出て、煙突から、ばあちゃんが天に昇っていくのを見ていた。
葬儀には、たくさんの人がやってきた。 喪主は父が務めていた。 たくさんの人達が、僕達家族を見て、なにやらヒソヒソと話をしてるような気がして、居心地が悪かった。
「健一! ……大変だったな……」
葬儀の後、父の友人らしき人が父に話し掛けてきた。 その人は、横目でチラッとこちらを見て、僕の事を認識すると、しゃがみこんで笑いながら話しかけてきた。
「タケル君だね? 今回は大変だったね? 私は、お父さんの友達の竹内っていう者なんだけど、タケル君に聞きたい事があるんだ。 いいかな? おばあちゃんが亡くなった日の事なんだけど……なにか変わった事……なかったかな? 例えば、誰かおばあちゃんを訪ねてきたとか……」
「おいおい……、タケルは何も知らないんだぞ?」
「大事な事だ! 子供だろうが……いや、子供だからこそ、はっきりさせないと……」
止めに掛かる父に対して、その人は顔も見ないで、きっぱりと言い放った。 その時の顔は、先程の笑顔と打って変わって、なにか怒ってるような顔だった。
「どうかな? なにかなかったかい?」
竹内さんは、再び笑顔になると、優しい声で僕に尋ねてきた。
「えっと、……そういえば、誰か訪ねてきてたかも……」
その瞬間、竹内さんの笑顔が消えた。
「誰が来た?」
「えっと、玄関は開けてないから、わかんないけど、白い影が戸に映ってた」
「なにか話し掛けてこなかったか?」
「えっと、たなかさんですか?って」
「……なんて答えたんだい?」
「いいえ、高島ですって……」
「……それだけかい?」
「高島みやこさんですか?って。 違いますよ、絹代ですって……そしたら、高島絹代さんは、この町の生まれですか?って」
「……それに答えたんだね?」
「うん。……そうですって……」
「……そうか」
竹内さんは、悲しそうな顔をした後、一度俯いてから立ち上がった。 立ち上がった竹内さんは、そのまま、父さんの方を向いて、小さく頷いた。 周りの大人達も、みんな悲しそうな顔をしていた気がする。
「あ、あと、君は誰?って聞かれて……」
「!? 答えたのか?」
瞬間、周りの空気が変わったのを感じた。
「う……うん」
「出身地は、聞かれなかったのか?」
「この町の生まれかって聞かれた。 でも……怖くなって、本当は違うんだけど、そうだよって、ばあちゃんは今、留守だから帰ってって」
聞くや否や、竹内さんは、険しい顔をしながら、近くの大人に声を掛けた。
「おい、住職……まだその辺にいると思うから、すぐ呼んできてくれ」
その後、すぐ父さんに向かって呟いた。
「健一……不味い事になったぞ……」
父さんは、青い顔をして、立ちすくみ、遠くの方をじっと見ていた。 母は、ガタガタと震えながら、僕に近寄り、屈んだ姿勢で抱きしめてくれた。
「……大丈夫! きっと、大丈夫だから……」
母の声は、自分に言い聞かせているように聞こえた。
しばらくすると、葬儀でお経を読んでいた和尚さんが、慌てて駆けてきて、息を整えながら、母に抱きしめられている僕の事をじっと見ていた。 和尚さんは、眉が八の字の人の良さそうな顔にうっすらと汗を浮かべていた。
「……なるほど、確かに……この子は、『虚忘』に魅入られておるわい」
「……そんな!」
和尚さんの言葉に、慌てる父と、泣き崩れる母。
……それが、すべての始まりだった。




