群響 VS 隼部隊 & 桐生玲香 feat.河合美子
「……わたし……このままじゃダメだ」
そう呟き、群響を見つめる京子の顔を見て、美子は胸を撫で下ろす。 その涙で濡れていた頬は乾き、瞳には光が戻っていたから。
心の傷の完治には、まだまだ時間がかかるだろう。 だが、今はここまでで十分だろう、と。
「哲。 この拘束を解いて」
「……大丈夫か?」
「大丈夫よ。 今度こそ」
哲は、京子の晴れやかな笑顔を見て、一つため息を吐くと、拘束を解き始めた。
「……くれぐれも無茶はするなよ?」
「……もちろん」
京子の拘束が解けたところで、山田の声が響いた。
「哲は、法具で群響を拘束。 玲香は拘束のための牽制と、拘束後は服部さんをヤツから引き離しに移行! 引き離しは、俺も手伝う。 引き離し後は、勇輝が退魔結界を服部さんに展開! トドメは……」
「……山田、私が行くわ。 今度こそ……」
「……京子、大丈夫なのか?」
「えぇ、大丈夫。 河合さん……最初、待ち合わせ場所にいた時は、どうかと思ったけど……彼女、控えめに言って、最高よ?」
「……わかった。 信じよう。 ダメならすぐ拘束するからな?」
山田の言葉に、京子が力強く頷く。
「っことで、トドメは、京子だ。 やり方は順次、指示する。 それでは……作戦開始だっ!」
山田の迷いのない声が、新宿御苑に大きく響いた。
「哲、まずは念ロープで群響を拘束! 伸びる頭に気を付けてっ!」
「了解!」
山田の指示に従い、哲が勾玉のような法具を取り出す。 勾玉の穴の部分からニュルリと出てきたロープ状の念。 その念は、ニョロニョロと蛇のようにくねりながら、群響を縛り上げていく。
『なにこれ?』
『僕らを縛るつもり?』
『無駄なのにね』
『無視でいいよ。 それより、女の方だ』
『この女、神経が図太すぎ! 未熟なのに』
『無駄っ! 無駄っ! 無駄っ!』
「やっと、居場所を見つけたんだ……。 壊さないでくれ」
「玲香! 一緒に服部さんを……」
山田が玲香とともに服部を群響から、引き離そうとするが、地団駄を踏みながら、両手を振り回し、暴れる服部。
「~~っ! 哲! こっちも拘束をっ!」
堪らず、顔を押さえながら指示を出す山田。 その顔は、暴れる服部の手により、鼻血が流れていた。
大丈夫! ちょっと想定と違うが、まだ大丈夫!
山田は、自分に言い聞かせながら、玲香とともに拘束された服部を引っ張る。
…………が、ビクとも動かない。
くっ! 太り過ぎだっつ~の!
そう考えたところで、少しずつ動く服部に追従して、群響も動いていることに気付く。
違う……。 何か……繋がってるんだ。ヤツと……
どうしたら、引き離せる? 考えろ! 考えろ! あわわわわ!
山田は、必死に考えるが、どうにも突破口が見つからない。
「……勇輝! 真言の結界範囲は? 服部さんにヤツが憑依しないように、服部さんを結界で隔離したい。 できるか?」
「…………難しいと思う。 もう少し距離がないと……」
ここに来て、作戦が破綻した事を悟る山田。
荒覇吐の時は、パニックになって、指示どころではなかった。 だが、落ち着いて、戦える状況でもこんなんじゃ、今度こそ言い訳ができない。
狙いは合っているはずなのに、あと一手が足りない……。 どうする? どうしたらいい? どうすべきなんだ?
…山田の頭の中で答えの出ない問いがグルグルと回り始める。
その時、近くに、フワフワと折り鶴が浮いているのに気付く。 その背には、小さなヤッコさんが乗っていた。 この儀式に際して、安倍が用意した通信用の式神だった。
『群響は、人柱と影で繋がっている。 群響は、人柱と影で繋がっている。 群響は…… 』
同じ言葉をひたすら繰り返す、聞き覚えのない声。 通信用と言っても、一方通行のため、大事な事だけを繰り返しているのだろう。
だが、聞き覚えのない、その声を信じていいものか……
「和泉さん!」
山田が悩んでいると、河合 美子が、嬉しそうな声を上げる。
「和泉さんの声よ! 修蓮さんの弟子の。 霊視能力はかなり高いのっ!」
その声は、大河内 修蓮に付いてきた弟子のものだと聞き、迷いが消える。 山田は、下唇を一回噛むと、キッと群響を見据えた。
影……
宵闇の中で、服部の影が見えないから、気付かなかった。 だが、本当に影で繋がっているのなら……
「勇輝! 結界の真言の発動時間は?」
「……20秒は欲しい」
「哲! 閃光玉、持ってたよな。 それを使って群響と反対側に影が出来るよう光源を用意して欲しい。 勇輝と連携しないとダメだから、合図に合わせて、発動を頼む。 玲香! 閃光と同時に服部さんを、一気に引き離すぞ。 閃光の合図で、各自目を瞑るようにっ!」
山田は、そこまで一気にまくし立て、哲が閃光玉を用意するのを確認する。
「勇輝! 詠唱開始!」
山田は、心の中でカウントを取り始める。 その間に群響が頭を伸ばし、目を瞑り、カウントに集中している山田に襲いかかる。
「させないわよ」
玲香が、霊刀『照世』で、襲いかかる頭を斬り捨てる。 その僅か後に、山田の目が見開かれる。
「哲! 今だ! ……外すなよ」
その直後、カッと新宿御苑の空に、強い光が生まれた。
「玲香!」
山田は、玲香とともに服部を光源と反対方向へ、一気に引き摺る。
「……破っ!」
その瞬間に、勇輝の詠唱が終わり、服部の身体がボンヤリとした薄光に包まれる。
『繋がらない!』
『回線がオチた。 至急、復帰せねば』
『いや、もう中に入った方がいい!』
『入れないっ!』
『繋がらない! 入れない! 逃げられない!』
『どうする!? どうする!? どうする!?』
服部に近寄っては弾かれる群響。
「京子! 群響の足元の繋がってるところ。 そこに……かまいたちを」
「……はい」
京子が、符を用意する。
『罪人が、調子に乗るなよ』
『思い出せ! 芦屋部長はお前のせいで死んだんだ』
『開き直ってんじゃねぇよ!』
『向き合え! 己の罪と!』
『全部、お前のせいだ!』
『贖えっ! 贖えっ! 贖えっ!』
口々に京子を責める群響。
「えぇ、そうね。 芦屋部長が亡くなったのは、私たち……私のせい。 でもね、だからこそ、私はのうのうと生きる! なぜなら、芦屋部長は、私がのうのうと生きていくために、その身を投げ出してくれたんだから……」
京子は、群響の声に己の覚悟を投げつける。
『頼む! やらないで』
『BANされる! 助けて!』
『やめた方がいい!』
『お願い! やめてっ!』
『やめようよ』
『やめろっ! やめろっ! やめろっ!』
京子の言葉に被せるように、人影達が騒ぐ。
「だから、私はっ! 生きるっ!」
バシュン!
京子の言葉と同時に、無数のかまいたちが飛び出し、群響の足元を貫く。
『ぴぎゃあぁぁああっ!』
断末魔の叫び声とともに、群響の足元の一際、濃い闇から、噴水のように黒い霧が噴き出す。
『いやいや、僕らは最初から、コイツなら乗り越えられるって知ってたから』
『最初から、成長させるためだったんだが?』
『狙い通り! つまり、君は僕らの掌の上ってことさ』
『んな訳ねぇだろ! ふざけるなっ!』
『いい気になってんじゃねえぞっ!ダボがぁっ!』
『消えたくないっ!消えたくないっ! 消えたくないっ!』
喚きながら、蠢きながら、少しずつ薄くなる人影と、勢いが弱まっていく黒い霧。
『『『『『『見事なりっ!』』』』』』
六人の人影は、最後に声を合わせて、そう言い残すと、完全に消滅した。
「……なんで、上から目線なのよ」
力なく呟く京子。
「……か、勝った!」
山田が、そう言いながら、芝生にへたり込み、そのまま大の字に寝転がる。 それを見て、哲も勇輝も地面にへたり込む。 玲香は、一瞬、安堵の表情を浮かべると、刀を仕舞った。 まだいつでも抜けるように、束に手を添えたまま。
「あれで終わったの? 随分と呆気なくない?」
止めを刺した、当の京子が納得のいかない声を上げる。
「あいつはさ、足元の繋がった部分に本体の小っちゃい核があったのさ。 蠢いていた人影は、奴の触手みたいなもんだったんだ」
山田が、笑いながら言う。
「……なんなの? あいつ、『僕ら』とか『群響』って名前とか、実際は一体だったわけ?」
京子が、呆れながら呟く。
「いや、あながち嘘じゃないんだ。 アイツは ── アイツらはネットの中で増殖してるんだ。 今回倒したのは、その中の一体ってだけ。 現代社会は、アイツらの格好の繁殖場って訳さ」
「…………笑えないわね」
「まったくだ」
山田は、そこまで言って、不意に服部の事を思い出す。 傍で、ぐったりと横たわる服部。
そこに河合 美子が跪き、脈や呼吸を見ている。
「……大丈夫ですか?」
「……ちゃんと、呼吸もしてるし、脈もある。 でも、意識を失ってるみたい」
美子が、ため息混じりに、そう告げる。 呪霊 ── 正確には悪魔に憑かれてたのだ。 その負担は、さぞかし大きかっただろう。
「彼は、私が見てますので、皆さんはゆっくりしてください。 お疲れ様です」
なんとも嬉しい労いの言葉に、思わず甘えたくなる。 ……が、そうも言ってられない。
「まだ、戦いは終わってないので……戻らないと」
そう言って立ち上がろうとするも、足に力が入らない。
全然、激しい立ち回りをした訳ではないのに、精神的には随分と消耗していたらしい。
「……やはり、少し休憩してからにします。 みんな、10分休憩だ」
山田はそう言うと、スマホを取り出し、アラームを設定する。 玲香も、束から手を離し、その場に腰を降ろした。
「すいません。 少し横になります」
そう言って、山田は再び横になった。
◇ ◇ ◇
「…………ん」
服部が目覚めると、目の前に天使がいた。
屈んで、こちらの様子を窺っている河合 美子の姿が目に入ったのだ。 記憶は曖昧だが、きっとこの人が自分を救ってくれたのだ。
…………
『可愛すぎる霊能者』と言われるだけあって、真近で見ると、まさに天使。 その顔に見蕩れていると……
「あら? 気がついた? 大丈夫? 名前、言えるかしら?」
「服部……服部 正成です」
ドキッとするような微笑みに、反射的に答える服部。
「……痛いとことか、動かないとことかはありそう? 少し……顔が赤いかしら?」
若干、ヒンヤリとした手でおでこに触れられる服部。 その感触にとろけそうになる。
「そういえば、手の火傷は?」
そう言って、服部の手を両手に取り、火傷の状態を観察する美子。 ヒンヤリとした柔らかな感触が服部の手を包む。
「いえ! 大丈夫です」
早鐘のように鳴る心臓の音をうるさく感じながら、服部が慌てて答える。
「……そ。 なら、良かった」
それがトドメになった。
破壊力バツグンの笑顔に、服部は為す術もなかった。
「……ね、悩みがあるんなら、変なカルトなんかじゃなく、私のとこに来なさい。 心霊関係じゃなくても、聞いてあげるから」
服部は、艶めかしく動く、その唇に釘付けになっていた。
悩み? なんだそれ? そんな事よりも、この人の笑顔をもっと見てみたい、と。 それ以外のことは、もうどうでも良くなっていた。
「わかった!?」
「はいっ! 喜んでっ!」
こうして河合 美子は、人知れず、一人の迷える山羊を救い、一人のファンを増やしたのだった。




