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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
妖《あやかし》の章

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ニューワキタビルの怪

 時計を確認する。 現在は14:50。 約束の時間まで、あと10分という時間だ。 窓の外は、いつの間にか降り出した雨が街を覆っている。 陰鬱な気持ちが、ますます重くなる。

 私は、一人空っぽの貸事務所の中で佇んでいる。 待ち合わせの相手は、管理を任せている『スマイリー不動産』の社員、種田(たねだ)という男だ。 2年前に担当が変わってからの付き合いだ。 彼は悪い奴ではないのだが、初めて会った時から時間にルーズな面があった。 今日も、きっと遅れてくるのだろう。


 チッ。


 思わず、舌打ちしてしまう。 それは今日、これからの予定が多分に影響しているのは否定できない。 私は、傍に置いた寝袋の入ったカバンを見る。 今日、これから、この殺風景な貸事務所に種田と共に泊まり込みの予定なのだ。 そりゃあ、舌打ちも出てしまうというものだ。


 だが、背に腹は変えられない。 このままでは、ここの借り手がいなくなってしまうという危機感から、種田の提案を受ける事にしたのだ。


 ここニューワキタビルで、この2階だけが入れ替わりが激しいのだ。 先月まで入っていた機械設備の設計事務所は、僅か3ヶ月で解約を申し出た。 その前の行政書士事務所も3ヶ月、さらにその前のデザイン会社は、6ヶ月だ。 まぁ、入れ替わりが激しいだけなら、ここまで強い危機感を感じる事はないだろう。 問題なのは、その理由だ。


 設計事務所の所長は、大手の設備設計事務所から独立したという男性で、解約時にハンカチで脂ギッシュな額を拭きながら話してくれた。


「夜中にパソコンを使って仕事をしていると、……聞こえるんです……。 誰もいないはずなのに……声が……。 ここから出してっ……て。 その声は、男性の声の時もあれば、女性の声、老人の声の時もあるんです。 みんな、ここから出たいって……、出して……って」


 一緒に大手設計事務所をやめて、ついて来てくれた社員は、その声が原因で心を病んでしまった……と、悲痛な声で話す。 その男性に私は掛ける言葉が見つからなかった。


 デザイン会社の社長も、行政書士も話す内容は全て同じようなものだった。 そんな事、ネットに流れたら致命的だ。 二度とここを借りたいという者は、現れないだろう。


 では、一年前はどうだったのか?


 一年前は、建築設計事務所が入っていた。 そこは16年と、うちの親父がオーナーだった頃からの付き合いだった。 長続きしていたが、所長が代替わりして6ヶ月で解約になった。 解約の理由は、代替わりして顧客が離れてしまったからだと言っていた。 そう話す2代目の目の下のクマが今でも記憶に残っている。

 考えられるとしたら、その辺りで何かあったのではないか? という事だが、先代も亡くなった訳ではないし、行政書士事務所が入る前に神社に依頼して、祈祷もしてもらった。

 これ以上、なにをすればいいのか?


 こんな事は8年前に親父が死んで、ここの管理を継いでから初めての事だった。


「遅くなりました。 いろいろ準備してたら遅れちゃって……」


 考えていると、種田が仰々しい荷物とコンビニの袋を提げてやってきた。 時間を確認すると15:10を示していた。 やはり遅刻か……。

 彼が持ってきたのは、暗視カメラと赤外線カメラおよび三脚を2セット、自分用の寝袋、ノートPC、そしてコンビニの袋にはおにぎりが数種類とお茶が二本入っていた。


 コンビニの袋の中身を見せながら、種田が笑顔で話し掛けてくる。


脇田(わきた)さんの分もありますよ」


 やれやれ、相変わらず、遅くなった理由は言うが謝罪の言葉が一切ない。 よくこれで、社会人として成立するもんだ。


「一応、話だと夜が多いという事でしたので、暗視カメラを用意しておきました。 こいつを借りる手続きに手間取っちゃいまして……」


 10歳年下とはいえ、30半ばの男の言葉がこれかと溜息が溢れる。


「話だと、夜中に仕事をしているとって事ですよね? 普通、夜中に仕事する時って電気消します? 消さないですよね? って事は、私達が寝る時に電気付けっ放しにしておけば、暗視カメラなんていらないですよね? 普通のビデオで問題ないですよね?」


 そもそも、そんな曰く付きの貸事務所で電気を消した暗闇で寝る気になんかなれない。 自分の持っている物件だとしてもだ。


「あ! 確かに……。 でも、赤外線カメラは、もしかしたら何か映るかもしれないですよね?」


 確かに赤外線カメラは何かの足しになるかもしれない。 とりあえず、暗視カメラを確認するとデイナイト機能付きのようだ。 これなら、明るくても撮影は可能だし、不意に停電や、……考えたくはないが、心霊現象で電気が消えた時でも撮影できる。 二人で、それぞれのカメラを設置する。


 それにしても、悪趣味な話だ。 本来、ビデオで撮影するのなら、私達がわざわざ泊まる理由なんてないのだから……。 録画ボタンを押して、家に帰ればいいのだ。

 それでも泊まらないといけない理由は、今回の件の解決を依頼する相手の意向だからだそうだ。


 起こるはずのない事を起こらないように、辻褄合わせをする『辻褄屋(つじつまや)』。 それが今回依頼しようとしている相手だ。 本人は、改装コーディネーターを名乗っているそうだが、業界では『辻褄屋』の名前の方が通っているそうだ。


 業界とは、不動産関連の業界で、こういった訳あり物件の心霊現象を、いくつも『なかった事』にしてきた実績があるのだと種田は語る。


 その彼に依頼する条件の一つが、『問題の部屋に泊まり、その映像を送る事』なのだ。 表向きの理由は、人が居ないと問題となっている現象が起きないかもしれないからだと言う。

 だが、私の性格が悪いのか、オーナーや不動産会社の社員が心霊現象を恐れる様を見たいだけなのではないか? と勘繰ってしまう。


 さて、まだ16時前だ。 夜は長い。 私は寝袋を広げて、その上に胡座をかく。 鞄からノートPCを取り出し、起動させる。


「ま、夜は長いですし、とりあえず、私は私の仕事をしますから、種田君もご自由にどうぞ」


 そう言って、今月の帳簿の作成を始める。 体勢的に集中するのは難しいが、何もしないよりマシだ。 チラリと種田を見ると、スマホにイヤホンを差し何かを始めた。


 ……きっとゲームだろうな。


 しばらくして、仕事に一段落つけたところで、私もスマホにイヤホンを差し、野球のナイター中継を流す。 これでビールに枝豆があれば、それなりに充実するのだが……。

 窓を見ると、まだ雨が降っているようだ。 だいぶ外も暗くなり、窓が黒い鏡のように明かりの点いた室内を反射している。 なんとなく、空気が淀んでいるような気がする。


 種田を見ると、なんと舟を漕いでいる。 よく、こんな状況で居眠りできるもんだ。 呆れを通り越して、関心してしまう。 私は、黙って彼の買ってきたおにぎりに手を伸ばす。 まぁ、こちらは客なのだ。 好きな具材のおにぎりを先に選ばせてもらおう。


 その後、バラエティを見たり、ネットニュースを見て回っているうちに、時刻は22:30を回った。


 ……ねぇ、出して?


 思わず、周りを見回す。 確かに聞こえた。 ……女性の声だった。 種田は、相変わらず舟を漕いでいる。


 ……出してくれ!


 今度は、老人の声が聞こえた。 急にたくさんの人達に囲まれているような錯覚に陥る。


 ……出せ!


 ……出してくれないの?


 ……出して?


「うわあぁぁああぁぁ!」


 思わず叫んでしまう。 なんなんだ!? ここは!

 私は、慌てて、寝袋の中へと頭から身体を滑らせる。 寝袋の中に頭を入れて、耳を塞ぐ。


 不意に声が出て聞こえなくなった事に気付く。 もう大丈夫か?


 そっと、寝袋から頭を出す。 そして、私はすぐにその事を後悔した。


 目の前に見知らぬ男の子が笑顔で立っていたからだ。 その顔は青白く、黒地に縞模様の甚兵衛を着ていた。


「見ぃ〜つけた」


 男の子の手が、私はの顔に近付いてきた。 ……そして、私は意識を手放した。

新章始まりました。

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