番外――交わらない
「何だこれ……!?」
絶句とはまさにこのことだ。詠深は手にしている薄い本を前に顔を引き攣らせた。そこにはきらびやかなイラストと共にどことなくみほみーに似たキャラと、そして認めたくないが明らかに自分に似たキャラが描かれている。
「今回の新作なんだぁ、えへへ!」
可愛らしく小首をかしげて語尾に星でもつけそうな勢いで話すのはクラスメイトの大谷柊介。肩につくくらいの長さの髪にはワンポイントのヘアアクセ、自分よりも小柄な体、大きくつぶらな瞳と透けるような白い肌、小さな唇は何故かいつもぷるぷるである。そしてもちろん男である。たまに女子の制服であるスカートを履いているが男である! ムダ毛など一切見当たらないが男である!
そう、こんなに可愛い子が女の子のはずがない! しかし今はその天使のようなにっこにこの笑顔が悪意があるとしか思えない!
詠深は手にした本をめくっていき軽く流し読みしていく。いつもながらめちゃくちゃうまい綺麗な絵である。しかしいかんせん内容が自分にとってはこれっぽっちも良くない。そう、完全に百合……今にも白目を向きそうだ。
「やなぎん……このモデルってもしかして」
「よみよみと丸山さんだよ」
「ですよねぇ!
――って、なんつーことしてんのっ、やなぎん!?」
思わず自分が今手に持つ薄い本の先にいるやなぎんに問い詰める。詠深の切羽詰まった様子とは裏腹に相変わらずくりくりのお目々で見上げてきてくれる。あざとい……だが、それがやなぎんだ!
「だって、なんかインスピレーションが湧いちゃたんだもん!」
まったく悪びれた様子もなくいつもの可愛いやなぎんだ。むしろいつもより機嫌がいいようにさえ思える。そんなやなぎんを横目に読み進めている薄い本だが……悔しくも面白いのだ。モデルが自分じゃなければだが……。
友人である女の子を好きになってしまった主人公の女の子、けれどもその友人に好きな男が出来てしまう。その恋に協力しつつ己の中にある想いに蓋をする。はずだったのに結局友人の女の子の恋は結ばれず終わってしまう。最後は誰の恋は実らずに終わる少し切ない終わり方だ。
「とにかくこれが出回るのは禁止だ、やなぎん!」
「えー、でも一部の人には配っちゃったよ」
「プライバシーなんてなかったんだ!」
救いなのはもう一人の主要人物であるキャラがみほみーがモデルだということがあまりわからないことだ。これでガッツリそのままだとみほみーが可哀想なことになってしまう。
「だってよみよみ『私のことはいつでもモデルにしてくれていいぜ!』って、言ってくれたもん」
親指を立てウィンクをしている姿はもしかして自分の真似だろうか。そういえば仲良くなった割と初め辺りにそんな事を言ったような気もする。
「ん、待ってじゃあこれ以外にも私がモデルになっている本があったりするの?」
「あるよ。よかったら今度見せてあげるね」
キュートな笑顔と共に言われた言葉に思考が止まったのは一瞬だ。
「ぜひ、お願いします!」
数秒後には詠深は勢いよく頷いていた。頭がショートしたのか単純にめんどくさくなったのかわからないが、モデルが自分であろうがもうどうでも良い。
それよりもやなぎんの作品を見たいという欲求が勝っていた。
「ちなみに参考までに聞くけどこれを配った一部の人ってだれ?」
「えっとね、部員と……」
やなぎんは漫画部だ。この薄い本も部活動の一種らしいので部員に渡すのは仕方ないのだろう。
「あと龍也くんと」
呟かれた言われた言葉に詠深は全力で教室を飛び出す。もうすぐ一限の授業が始まるが知ったこっちゃない。廊下にいる人の間を縫って全力で走り龍也の教室へと向かう。だから知らなかったのだ。
「あらら、行っちゃった……。あともうひとりいるんだけど」
まさか、やなぎんが他にも配っていたなんてこと。
百歩譲って龍也に見られるのはまぁいい。後でさんざんネタにされるだろうがこの際諦めよう。ただ龍也のクラスにはみほみーがいる! みほみーに見られたら何かが終わる!
教室に入って直ぐに龍也の姿を探す。席で見覚えのある表紙本を読んでいるのを見つけ側に行くと同時に頭を引っぱたく。
「お前っそれ(誰がモデルか)わかってて読んでいるだろ!?」
「あたぼうよ(全部やなぎんに聞いたぜ)」
伝えきらなかった言葉も返事してくれるのはさすがだ。伊達に長くつるんでいない。けれど今はそんな以心伝心はどうでもいい!
「馬鹿か!? ここでそれ読むって馬鹿かっ!!?」
「いやぁ相変わらず面白くて、つい」
「馬鹿か!!」
「語彙力死んでるな」
特におかしな表紙ではないが堂々と読んでいる精神が信じられない。エロ本じゃなかったら学校で読んでいいと思っているのだろうか。薄い本なんてエロ本よりタチが悪い!
「お前それもしも(みほみーに)見られてもしたらっ」
「おはよう」
「ヤッほー! みほみー」
顔をあげれば龍也の後ろすぐに小首を傾げる美人がいらっしゃるじゃないか!
最初の声が上擦ってしまったがなんとか笑顔で応える。さらさらと肩を流れ伝う髪を見ながら件の薄い漫画で同じようなシーンがあったなと思い出す。
「おー、みほみーおはよう」
挨拶を返しながらも龍也が漫画を閉じ、机の隅へと置く。ただそれが逆に良くなかったのかみほみーが追うように視線を薄い本へ移す。
「あれ、その漫画」
ピクリと一瞬頬が引き攣る。もうみほみーがこの本に注意が行ったこと自体に冷や汗だがまだどうにでもなる。ここからみほみーの注意をそらすことなど造作もない。
「昨日読んだ物と一緒だわ」
みほみーの言葉に自分の思考が完全に止まった。読んだのか? これを?? みほみーは。それはつまり百合の内容を読んだということで、モデルが自分たちの本を読んだということで。
「詠深どうかしたの?」
「あー、気にしないでくれ、ちょっと処理落ちしてるだけだ。すぐに回復するから。
ところでみほみーはこの本をどこで」
「岡本くんが持っていたのを見せて貰ったの」
龍也とみほみーの話を気持ちを落ち着けながらも必死に耳に入れる。
「へぇ、読んだの?」
「うん」
「どうだった?」
下げていた顔を上げみほみーを見る。少し唸り小首を傾げながら髪を耳にかける光景が漫画の一部のシーンとダブる。一体何のシーンだったか。
確か、ラストの二人が教室にいるシーンで同じような仕草をあの漫画の女の子がしていた気がする。
「なんだか、少しだけわかる気がする」
「何、が……?」
詠深が問いかけた言葉は予鈴の音にかき消された。なり終わると同時に急いで教室に戻らなければという意識に変わる。
次の授業は英語だ。ただでさえ苦手なのに遅刻で内申点まで低くなれば大変なことになる。
「あっ、ごめん行くわ! 龍也、みほみーまたね」
全力で廊下を走りながらとりあえずやなぎんに岡本に本を渡した訳を問い詰めようと誓う。
「あ゛ぁ! ていうか単語テストあるじゃん勉強してないっ!」
「色々とやべぇ!!」という詠深のものだろう叫びが聞こえてきた。大方課題のし忘れか小テストの勉強を忘れていたのだろう。
「で、みほみーは何がわかる気がするんだ」
詠深は教室を出てすぐ席に戻ろうとしていたみほみーを呼び止める。教室の中は皆席に戻ろうと少しざわついている。
龍也真横にいるみほみーを見上げる。
「この本の女の子が男の子と結ばれなかった訳も、同性を好きになる子の気持ちも、私に見せるためにわざわざ岡本くんにこの本を渡したあの子の考えも……なんとなくだけどね」
そう言って自分の席に戻っていくみほみーから目を逸らし龍也は漫画を手に取りパラパラとページをめくっていく。
「女ってこぇー」
人間最初の印象じゃあ本質まではわからないものなのかもしれない。
最後に開いたページはちょうどラストシーンが描かれたページだ。
放課後教室で外を見ている主人公の元に女の子が男の子に振られ戻って来る。二人きりの教室の中女の子が長い髪を手で耳にかけどこか眩しそうに主人公を見つめている。そんな姿に顔を赤くしながら主人公が見つめ返している。
「普通そこまで考えながら読まねぇだろ」




