第6話 【体の試練】
ホールを潜り抜けると、またもやステータス画面が表示された。
もちろん九鐘の意思ではない。
この【第三領域】とやらが己の与り知らぬ何かしらの干渉を働きかけているのだ。
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ようこそ【体の間】へ。
まさか単身で【技の間】を攻略する者が現れるとは、想定外でした。
既に察しているとは思いますが、3つのホールはそれぞれ【心・技・体】の強さを推し量るための空間へと通じており、それぞれの場所に、相応の試練が用意されています。
ここで推量されるのは貴方の体術。
肉体のあらゆるを駆使して、襲い来るボスモンスターを討ち果たして下さい。
険しい道のりにはなるでしょう。
しかし、きっと貴方なら大丈夫。
それでは武運長久を祈っています。
汝に幸があらんことを――
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「さてはコイツ、俺が先刻の間で死ぬものだと思っていたな?」
そうでなくては「まさか単身で~」という文脈に説明がつかない。
最後の一文にて汝に幸があらんことを――などと綴っているものの、実際はそんなこと毛程も思っていないのだろうな。
「高みの見物気取りか、気に入らん。まぁいい、すぐに分からせてやる。試練など無意味だとな」
所詮は玉藻にも劣る雑魚が一匹。
本来であれば複数人でパーティを結成し、万全を期して挑むべきなのだろう。
役割を分担し、ギミックを解析し、そうして乗り越えるべき壁なのだろう。
しかし九鐘には関係の無いことだ。
陰陽師に求められるものはただ一つ。
それは純然たる勝利。
今回もまた勝利を積み重ねていけばいい。
単純にして明快。
そして真理だ。
ズォオオオオ――。
【技の間】にて生じた空間の歪、そして蜃気楼。
空間を切り裂いて現れるは紫紺の宝玉を携えた髑髏のモンスター。妖艶な光を放つ球体は、まるで満月を想起させる。
漆黒のローブがはたはたと揺らめいた。
しかし、晒された内側に肉体の存在は確認できず。
「一見すれば物理無効の魔法特化型モンスター。【技の間】を攻略した後となれば魔力での攻撃を仕掛けたくなるのが人情。だがそれは釣り餌に過ぎない。何故ならここは【体の間】だからだ。あの骸骨面、もしくは宝玉。どちらかが、あるいはその両方がヤツの弱点なのだろう」
であれば殺り易いことこの上ない。
霊力を以て身体を強化。
増強した筋力と膂力で完膚なきまでに打ちのめす――それだけだ。
腰を落とし、地を踏みしめ、拳を握る。それから瞬き一回分にも満たない時の隙間に、大理石の残骸が舞い上がる。
穿たれた大地に目をやれば、そこにどれだけの負荷が掛けられたかを想像するのは容易だろう。
髑髏の眼前に九鐘があった。
刹那。爆発的な衝撃波が塵芥を舞い上げると同時に、何かが破裂したかのような、そんな音が反響した。
「手応えあり……とは言えないか。ふふっ、良いぞ」
九鐘の拳は確実に骸骨と宝玉に直撃した。しかしそのどちらにも傷一つ付いていない。
【技の間】同様、何かしらのギミックが機能しているのだろうが。
九鐘はギミックを解析すべく、幾度と攻撃を仕掛けた。
何度も何度も打ち続け、攻撃を受ける度に死神を思わせる骸骨モンスターが吹き飛んでいく。
だが、ただそれだけ。
「相も変わらずのノーダメージ、か」
先の戦いで敵の力量は完全に理解した。
やはり第五獄に匹敵する強さだ。
Dランクなどという枠組みを遥かに凌駕しているが故、生身の攻撃が通用するとは思えないが……。
「試す価値はあるな」
九鐘は右拳を覆う霊力だけを解除。
他の部位は強化したままなので爆発的な推進力と全体的な防御力は据え置きだ。
「ふんっ!!!!!」
ゴッッ!!!!!
ぐしゃ、と何かが砕ける音がした。
九鐘の拳が原型を失う。
ぐちゃぐちゃに拉げ、ぼたぼたと大量の血が垂れていた。
「フム、大方のギミックは理解した。陰術四式・快緑」
陰陽術には陰術と陽術がある。
陰術は防御や回復、陽術は攻撃を司る。
快緑により九鐘の傷が一瞬で完治。
衝撃的な光景を目の当たりにした躯のモノが、突如として声を発した。
『ァ、ァア……アアアアア~~~~~~』
「……っ!」
亡者の呻きなどというものは聞いたことがない。それでもなお、亡者の呻きとしか表現のしようがない。
暗黒の口腔が奏でたのは、そんな不愉快極まりない低音だった。
同時に落ち窪んだ眼窩が紫紺の宝玉と共鳴し、輝き、文字通り光速の咆哮が解き放たれた。
じゅあああ……と地面が溶融し、背後の壁面もドロドロに溶けている。生身の人間に直撃したとあらば骨一つ残らないだろう。
「中々にいい攻撃だった。しかし俺の霊力層を貫通するにはまだまだ足りぬな。これでは玉藻の足元にも及ばんぞ?」
九鐘は平然としている。
骸骨モンスターには表情が無い。
目玉も鼻も口も存在せず、それを動かすための筋肉も無い。
当然と言えば当然だ。
それなのに、九鐘には敵の心情が手に取るように理解できた。
魔力の揺らぎ。
一瞬だが、それを感じた。
「そうかそうか、そんなに俺が怖いか……とはいえ、あの重騎士に比べれば幾分マシなのも事実。貴様には俺の式神を見せてやろう。褒美だ、有難く頂戴するがよい」
かくして九鐘の全身からこれまでとは全く異質の霊力が溢れ出す。
それは水面に落ちる水滴が波紋を広げるように、静かで清らかで美しく、そしてどこか幻想的な神秘の力。
このままでは殺られる。
本能で直感したのか、髑髏のモンスターが再び光線を放つ。
『ァ、アアアッ! アアアアア~~~~~ッ!!!!!』
「随分と元気がいいな。しかし先も述べただろう。貴様のソレでは俺にダメージを与えることは不可能だ。手札がそれしか無いのであれば勝ち目はない。己が運命を受け入れろ」
略式・式神召喚。
四ノ柱・清龍。
清廉にして壮麗。
蒼空が如きオーラを纏い顕現するは、紺碧の輝きを誇る巨身の龍神。
それは東方を司る存在であり、成長や発展、勇気や権力を象徴した。また、気高く高貴で、生きとし生ける自然そのものを連想させる。
清らかかつ自然的。
故に一切の不純も雑念も介在しない。
清流は蜷局を巻きながら九鐘の元へとやってきて、そっと身を寄せる。
「お前を呼ぶのも久しぶりだな。どうだ霊界の方は。なにか面白いことでもあったか?」
清龍の頬に手を添えて、優しく撫でてやる。すると蒼き龍は瞬く間にその姿を変容させた。
雪のように白い肌に、凛とした静かな瞳が妖しく輝く。鋭く整った美貌は、氷の女王のよう。
深い青髪は絹のように滑らかで、肩を越えて優雅に揺れる。
白色の襦袢の上から紺色の羽織を纏い、同系色の袴は脛まで伸びている。
微笑む唇は、冷たくも優しい光を放っていた。
自身の背丈を優に超える長刀。
背負い紐にて斜めに固定されたそれのみが唯一の武器である。
――お久しうございます、我が主よ。御身に仕えし一聖として、如何様な所望にもお応えしてみせます。
「では、ヤツを両断しろ。あれは混じり気の無い純粋な物理攻撃以外は受け付けん」
九鐘の攻撃でも無傷なのはそれが理由だ。
部分的に強化を解いたとて、他の部位を強化していてはアレにダメージは通らない。
複数人での攻略を前提としておきながら、この【体の間】においては身体強化は命取り。
正攻法は、最も攻撃力の高い人間を全力で守り抜くこと。そしてその人間に、素の攻撃力で殴らせること。
まったく、どこまでも趣味が悪い。
パーティを組んだハンターは真っ先にアタッカーを強化する。しかしそれをしては決して勝つことはできない。
やがて強化役が力尽き、体力を消耗した人間から順に消されていくというワケだ。
内心で毒突く九鐘。
その間に勝敗は決していた。
九鐘の召喚した清流は他の聖獣とは明確に異なる。人型となった清瀧の体からは全ての霊力が失われる。
代償として、圧倒的な膂力を得るのだ。
単純明快かつ絶対的な暴力。
髑髏も宝玉も縦真っ二つに引き裂かれ、かくして第二の試練も幕引きの運びとなった。
清瀧は長刀を鞘に納め、九鐘の眼前にて跪いた。
「私は、主様のお役に立てましたでしょうか」
九鐘は清流の頭を優しく撫で、「ご苦労だった」と労いの言葉を掛ける。色白な清流の頬が赤みを帯びる。
「お褒めに預かり光栄です。それでは、私はこれにて失礼致します」
「……他の三柱にもよろしく伝えておいてくれ」
清瀧は深く頭を下げ、霊力の球体となった。
九鐘がそれを取り込むと同時に、見計らったかのように第3のホールが出現した。
「【心の間】か。精々退屈させてくれるなよ」




