懇親会前夜
「わぁ……デザインのスケッチは見せてもらってたけど、実物を見ると実感が違うなぁ……」
「ぴぇ……こ、こんなに立派なドレス、フィービーたちがもらっていいんですか……?」
寮に搬入されてきた私たちのドレスは、わずか一週間で仕立て上げられたとは思えないほどに綺麗なものだった。
私のドレスは赤を基調として、様々なスパンコールが散りばめられていたり、持っている言葉を尽くしても足りないぐらいにシックで美しい。
一方で、フィービーのドレスは青を基調とした、フリルをたっぷりとあしらっている、可愛らしく可憐なデザインだ。着ているフィービーを想像するだけで、胸がときめく。
私とフィービー、デザイナーさんがそれぞれをじっくりと見定めてくれたからこそできた、まさに職人芸が光る逸品だ。
「ふふん、当然でしょう? このあたしが見込んだ職人だもの!」
「さすがリーヴェだね、お目が高い」
「もっと褒めてもいいわよ! それに言ったでしょう? あなたたちが舐められるということはこのあたしも、あなたたちの後見人のマイヤー辺境伯も舐められるってこと、つまりこれは着飾るためのものであり、武器でもあるのよ!」
社交界という戦場を生き抜くための。
リーヴェの言葉通り、派閥争いが水面下では激化しているのがステラティア学園の実態である以上、貴族たちの子弟から「下」に見られるのはよくない。
特に、「七星学徒」のフィービーは尚更だろう。
「武器……」
「可愛く、気高く、だけど謙虚に。それが社交界を生き抜くコツよ! フィービー、あなたはこのドレスに相応しいと、他でもないあたしが見込んだのだから、胸を張ってこれを着なさい!」
「ぴぇっ、は、はいっ!」
困惑気味のフィービーに発破をかけて、リーヴェは得意げに笑った。
可愛いと気高いは満たしていると思うけど、自信の塊みたいなリーヴェにも、謙虚なところがあったりするのだろうか。
まあ、なかったら侯爵令嬢なんてやってないと思うけど。
「ん、正室のリーヴェには及ばないかもしれないけど、側室としてシャルローネと将来の義妹のフィービーにわたしからもプレゼント」
「ラクィラ?」
「昨日、フィービーと一緒に魔道具のお店を見て回ってたら、いいものを見つけたから」
買っちゃった、と相変わらずの真顔でピースサインを作って、ラクィラは控えめな胸を張った。
左手に持っているのは、パッと見ではネックレスに見えた。
それも本格的な聖銀細工のものだ、それを「買っちゃった」で済ませられる辺り、ラクィラもなんだかんだで「七星学徒」の特権をフル活用してるんだなあ。
「ありがとう、ラクィラ。いいものって?」
「魔力圧縮式収納箱──と、同じ手順で作られた術式を魔石に書き込んだ、一回限りなら、ある程度のものを収納できるネックレス」
「それって、剣とかも?」
「ん。できる。でも、取り出すときに派手な光が出てくるようになってるから、暗殺とかそういうのには全然使えない」
物体を一時的に圧縮して魔石の中に閉じ込めておけるなんて、いくらでも悪用が利きそうだけど、その辺はがっちりと対策されているらしい。
いや、私に誰かを暗殺しようなんて意図は欠片もないんだけど。
それはともかく、派手な光が出る仕様は術式レベルで書き込まれていると考えると、この手の収納式魔道具には、必ずそういったセーフティがかけられているのだろう。
「ん、懇親会当日は魔法杖や武器の携帯が禁止されてるから、その中に封じ込めておくといいかも。特にシャルローネは剣が得物だから」
ラクィラは、いつも眠たげな瞳に、珍しく、真剣な光を宿して、私にネックレスを手渡してくる。
赤い魔石が聖銀細工の中心に嵌め込まれているそれに、剣を封じ込めておけということは、やっぱり「月百合の会」が不穏な動きを見せているのだろうか。
流石に、懇親会で武器も持ってない生徒たちを相手になにかしらの事件を起こすなんて、テロにも程があるからやらないとは思うけど。
「あら、あたしの分もあるのはそういうこと?」
「ん。わたしは正室にもプレゼントを贈れる良妻だから」
「……あなたに一瞬でも期待したあたしが間違っていたわ」
「ん、冗談。でも、変な動きがあるのは確か」
「……穏やかじゃないわね、どういうこと?」
ラクィラはリーヴェの問いに対して小さく頷くと、少しの間をおいて口を開いた。
「これはわたしの憶測。だから当てにならないけど……帳簿に記載されてた搬入品の花瓶が二つ、どこにも見当たらない」
「……まず、どこで帳簿を見たの?」
「ん、生徒会。誰もいなかった」
盗み見だこれ。
というか生徒会も帳簿を置いたまま全員で留守にしちゃダメでしょう。
……もしくは、全員が留守にしなきゃいけないなにかがあったとも取れるけど。
「話を戻すと、怪しいものが学園に運び込まれているかもしれない。だから、いざというときに自衛できるように、プレゼントした」
「……怪しいもの……」
「特にシャルローネは、いろんな人から恨みを買ってる。気をつけた方がいい」
「……ありがとう、ラクィラ」
私にそのつもりはなくても、この一ヶ月で色々と騒ぎを起こしすぎたのは事実だ。
学園に花瓶の名目で運び込まれてきた荷物がなんなのかはわからないけど、毒や刃物の類であることは十分に考えられる。
恨みを持っている誰かが、私を亡き者にするために懇親会を利用する可能性は──悲しいけど、ないとは限らない。
「それに、聖銀のネックレスは食べ物や飲み物に毒が混ぜられていたら、それに反応して腐食する性質を持ってる。だから安心」
「そもそも毒が混ぜられてるって前提が安心できないんだけど……ありがとう、ラクィラ」
「ん、わたしはできる側室」
得意げに胸を張るラクィラへ、私はフィービーによくしてあげていたように、髪の毛をそっと撫でてあげた。
「……それなら、正室たるこのあたしも褒めてもらわないと筋が通らないじゃない」
「はいはい、妬かない妬かない。リーヴェも、素敵なドレスをありがとう」
「ふ、ふん! ちょっと遅いのよ!」
「ぴぇ……」
「フィービーもよしよし、怖がらないで」
なぜか全員の頭を撫でてあげることになった現状に苦笑しつつ、私は気を引き締める。
明日の懇親会で、鬼が出るか蛇が出るか。
なにも出てほしくないし、取り越し苦労に終わるのが理想だけど──なにがあるかわからないのが、現実というものだから。




