好きでもないし、キライでもない
あの頃は、
未来なんて、まだ遠かった。
人を好きになることより、
失うことの方が、ずっと簡単だった。
放課後が終わるなんて、
あの頃の私たちは知らなかった。
これは、運命の話ではない。
運命だと思ってしまった、誰かの話だ。
十九歳で大恋愛をして、
二十一歳で大失恋をする。
そんな予言を、私は笑っていた。
坂下美桜は、よく喋る。
思ったことをすぐ口に出すし、人と話すのが好きだった。
だから高校でも、クラスの中心ではないけれど、誰とでも話せるタイプだったと思う。
生徒会書記として体育祭を運営していたので、学年の大体が美桜のことを知っていた。
そんな美桜が好きになったのが、1年の時の同じクラスの齋藤理仁だった。
理仁は目立たない。
かっこよくもないし、オシャレでもない。
文化祭でギターを弾くタイプでもなければ、体育祭で前に立つタイプでもない。
強いて言えば、田舎の自称進学校でずっと学年一位だったことくらい。
女子からも別にモテていなかった。
でも、美桜は彼と話す時間が好きだった。
――いや、正確には。
最初は、理仁からLINEが来たからだった。
『坂下さんって甘いもの好き?』
高一の冬。
突然届いた通知に、美桜は驚いた。
直接話したことなんてほとんどない。
それなのに理仁は、妙に話しかけてきた。
『おすすめのグミある?』
『選択美術って眠くない?』
『生徒会って何してんの』
内容はどうでもいい。
でも、美桜は毎日少しずつ返信を待つようになった。
初めての男の子との雑談のLINE、美桜はそれがこそばゆかった。
理仁は対面だと、ほとんど喋らない。
けれど選択授業の美術だけは別だった。
出席番号順で席が一年間固定だったからだ。
いつものクラスでは、齋藤と坂下の間には栄がいる。
でも美術ではたまたま前後になった。
「俺、結構画伯かも…」
「赤と黄色と青で茶色なるの意味わからん」
「坂下さん、上手すぎてハゲそう」
普段の齋藤理仁からは想像のつかないくだらない会話。
美桜は、その時間が好きだった。
実はチョケている理仁を知るのはきっと剣道部と美桜くらいだろう。それがなんともむず痒く、誇らしかった。
理仁はLINEの方がよく喋った。
文字の中では、不思議と素直だった。
『坂下さんってずっと喋れるよね』
『俺、ああいうの結構羨ましい』
そんな一言を、美桜は何回も読み返した。
ただ、途中から何となく気づいていた。
このLINE、多分剣道部のおふざけなんだろうな、と。
返信のテンポが急に変わる時がある。
文章の雰囲気が微妙に違う時がある。
ある日なんて、
『坂下さんって彼氏いるの』
のあとに、律儀に送信取り消しして、
『いや今のなし』
と送られてきた。
たぶん横で誰かが笑っていた。
理仁は剣道部には流されるタイプだった。
断れなかったのだと思う。
美桜も、全部は気づかないふりをしていた。
それでも嬉しかったから。
それでも、LINEが来る夜を待っていたから。
高校三年の夏、美桜は理仁に告白した。
帰り道、自販機の前だった。
ホントは言うつもりなんてなかった。
「好きなんだよね、ずっと」
理仁は沈黙した。
いつもは眠そうな顔をしてるくせして、その時だけは少しキリッとしてかっこよかった。
長い間、美桜の方を見なかった。
それから、ぽつりと言った。
「……好きでもないし、キライでもない」
曖昧な返事だった。
優しいようで、残酷だった。
でも美桜は、その言葉が理仁の本当なのだと思った。
好きではない。
だけど、キライでもない。
だから突き放せない。
だから余計に苦しかった。
理仁は結局、卒業まで一度も謝らなかった。
剣道部の悪ノリで、美桜を勘違いさせたこと。
期待させたこと。
本当は、ずっと気にしていたくせに。
卒業式の日、美桜は体育館の外で友達と写真を撮っていた。
少し離れた場所に理仁がいた。
何度かこちらを見て、何か言いたそうにして、でも結局来なかった。
美桜はそのことに気づいていた。
――ああ、話しかけようとしてるんだな。
でも無理なんだな。
と思った。
だから美桜も、気づかないふりをした。
あの日、もし理仁が「ごめん」と言えていたら。
もし美桜が「別にいいよ」と笑えていたら。
二人の青春は、少し違う形で終われたのかもしれない。
美桜の周りはずっと賑やかだった。
公募制推薦で進学が決まっている人が多い高校だったから、卒業式はほとんどイベントみたいな空気だった。
学年一のバカップルで有名だった二人は、男子の方が真っ赤な薔薇の花束を持ってきていた。
「重くない?」
「愛だから」
「きも、最高」
周りは笑って、女子の方は普通に嬉しそうだった。
女子バスケ部は、後輩から花束をもらって泣いていた。
写真を撮る声。
先生を探す声。
スマホのシャッター音。
体育館の外はずっと騒がしい。
生徒会メンバーだった智香は、最近いい感じらしいサッカー部の栗栖くんと写真を撮っていた。
「卒業前滑り込みセーフだ!」
美桜はそう茶化しながら、二人のスマホを預かった。
「ちょっと待って栗栖顔死んでる!」
「緊張してる!」
「うわ初々し〜」
そんなことを言いながら、何枚も写真を撮った。
三年間同じクラスだった梨花とは、お互い花束を交換した。
「え、なにこれ結婚式?」
「たぶんそう」
そのあと制服のままプリクラを撮りに行った。
卒業式は、大抵の人が楽しんでいる。
まだ受験が終わっていない国立志望者以外は。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
美桜にとっての「運命」が何だったのか、読んでくださった方それぞれに違う答えがあれば嬉しいです。




