第七話:黄金の檻と、静かなる拒絶
目が覚めたとき、視界にあったのは見覚えのない、けれど息が詰まるほどに豪奢な天井だった。
窓はない。ただ、壁に埋め込まれた魔石の灯りが、部屋を昼間のような、けれど血の通わない光で満たしている。
(……ここは?)
体を起こそうとして、足首に重い違和感を覚えた。
シーツを払いのけると、滑らかな絹の夜着から覗く私の足首に、細く、けれど確かな存在感を放つ「金の枷」が嵌められていた。
それは寝台の支柱に繋がれた鎖へと続いており、部屋から出ることを物理的に禁じている。
「……あ」
一周目の最期、彼が囁いた言葉が脳裏をよぎる。
『次、黙って消えようとしたら、その足に金の枷を嵌めなきゃいけなくなる』
夢物語だと思っていた。単なる脅しだと思っていた。
けれど、彼はあの日、死にゆく私に告げた誓いを、このニ周目の世界で完璧に遂行してみせたのだ。
逃げ場はない。
味方もいない。
私は、あの死神の手に、完全に堕ちたのだ。
「……お嬢様」
扉が開き、入ってきたのはサーラだった。
いつもの快活さは消え失せ、目は赤く腫れ上がり、幽霊のように青ざめている。
彼女は私の足元の枷を見ると、その場に崩れるように跪き、床に額を擦りつけた。
「申し訳ありません……っ、申し訳ありません! 私は、私は……!」
サーラは泣きじゃくりながら、震える声で告白した。
アルフレートから「お嬢様を守るために、彼女の動向をすべて報告しろ」と命じられていたこと。拒めば家族の命はないと脅されていたこと。そして今もなお、私を監視するためにここに置かれていること。
私は、彼女を責める気力すら湧かなかった。
彼女の手を取り、慰めることもしない。
ただ、何も映さない瞳で、窓のない壁を見つめる。
私の「沈黙」は、もう戦略ですらなかった。ただ、語るべき言葉を心が失ってしまったのだ。
それから、数日が過ぎた。
アルフレートは姿を見せない。
サーラが泣きながら運んでくる最高級の料理も、私は一口も受け付けなかった。
水すら、喉を通らない。
(どうせ、また殺されるのなら)
今、ここで消えてしまっても同じだ。
一周目、あんなに必死に愛を乞うて殺された。
ニ周目、あんなに必死に逃げようとして捕まった。
もう、疲れた。
この金の鎖に繋がれたまま、ゆっくりと意識が遠のいていくのを待つのも、悪くない気がしていた。
「お嬢様、お願いです、一口だけでも……! このままでは、本当にお嬢様は死んでしまいます……っ!」
サーラの悲痛な叫びが、部屋の外に控える「誰か」に届いたのだろう。
重厚な扉が、静かに、けれど威圧感を持って開かれた。
冷たい風が流れ込む。
現れたのは、数日ぶりに見る私の主。アルフレート・フォン・ディトハルトだった。
彼はサーラを一瞥もせず、ただ寝台に横たわる、生ける屍のような私を凝視した。
その瞳には、私が望んでいた「幻滅」など欠片もなかった。
そこにあるのは、獲物が死にかけていることを察知した獣のような、狂気的な焦燥。
「……サーラ、下がれ」
地を這うような低い声。
サーラが震えながら部屋を去り、扉が閉まる。
沈黙。
彼がゆっくりと歩み寄り、私の寝台の脇に腰を下ろした。
重みでベッドが沈み、彼の体温が伝わってくる。
「……エルシア」
彼は私の頬に手を伸ばした。
その手は驚くほど震えており、けれど私を逃がさないという執着に満ちて、強く肌に食い込んだ。
「なぜ食べない。……俺を拒むために、死を選ぶというのか?」
私は答えない。
ただ、彼の青い瞳を、感情を消した琥珀色の瞳で見つめ返す。
彼が愛おしそうにしている私の「沈黙」は、今や彼を拒絶するための、唯一で最大の武器となっていた。




