番外編1.卒業式
「おはよ。凛月」
ぼくの前の席のすいくんが、カバンを机に置いて座りながら挨拶をしてくれる。
「おはよ。すいくん」
ぼくも挨拶を返す。
「卒業式に参列するのちょっとめんどくさいよね」
そう言って笑うすいくん。
「そうだね」
ぼくも笑い返す。
周りをキョロキョロ見渡して、ぼくの机に身を寄せてくるすいくん。
「今日は?会えるの?」
教室のざわめきに隠れるすいくんの声。
「ううん。今日は約束してない」
ぼくも小さな声で返す。
眉毛が少しだけ上に上がるすいくん。
「卒業式なのに?凛月いいの?何してんのあの人」
少しだけ非難するような声のすいくん。
(あっ、すいくんがあゆみさんに怒ってる)
「すいくん、違うの。ぼくが今日はやめようって言ったの」
慌てて、両手を顔の前で振ってそう伝えてる。
昨日、あゆみさんはメールをくれた。
『凛月、卒業式の後会おう』
その文面を見ただけでぼくの胸はトクッと高鳴った。
(嬉しい)
会いたい。そう返事をしようとして、スマホの上で指が止まる。
(明日は最後の日)
(りつはこれからもあゆみさんに会える)
頷いて、そのまま指をスマホの上に滑らせた。
そのことをすいくんの耳元で小さく説明した。
すいくんは、「はぁ」と深いため息をついてぼくをみる。
「ほんとに。凛月はお人好しだね」
そう言った。
「うん。……でも、きっと最後にお話したい人いると思うから」
ぼくをじっと見つめるすいくん。
「まぁ。それが凛月の良さだね」
そう言って笑ってくれた。
先生が教室に入ってきて、ぼくたちは体育館に向かって在校生席に座った。
(今日が、あゆみさんがここにいる最後の日)
そう思うと少し、しんみりした気持ちになる。
入学式が始まり、卒業生が入場してきた。
あゆみさんも入場してくる。
前をまっすぐに見て凛とした姿勢で歩いてるあゆみさん。
(周りがキラキラしてて、かっこいい)
周りの女の子たちも「羽柴先輩やばい」、「カッコ良すぎる」そんな風に言ってる。
その言葉全てに頷きたくなる。
卒業生のスピーチは、あゆみさん。
壇上に上がって、ゆっくりと静かに答辞を読むあゆみさん。
噛まずにスラスラと聞き取りやすい声で読むあゆみさん。
壇上のあゆみさんの所だけスポットライトが当たってるようにみえる。
(あゆみさん、本当にかっこいい。すごい人)
下を向いて、ほっと息を吐く。
(りつ、こんな素敵ですごい人と恋人なの)
あゆみさんと恋人。
それを意識したら一気に頭の中に血が上るような熱くなるような感覚が生まれる。
(嘘みたい)
でも。
手のひらをみる。
(この前あゆみさんと確かに手を繋いだ)
あの日の感覚が蘇ってくる。
手を握ったり開いたりを繰り返す。
(あの日のことは、嘘じゃない。ほんと)
あゆみさんの答辞が終わり、会場中が拍手に包まれる。
慌ててぼくも一生懸命に手を叩いた。
卒業生が退席して、ぼくたちも教室に戻りそのまま解散になった。
ぼくは、なんとなくそのまま帰る気持ちになれなくて、図書室に足が向く。
(週末にあゆみさんとは会う)
(今日はぼくが会わないって言ったんだもん)
それでも。
さっきのあゆみさんの姿を見たら、そのまま帰るのが少し勿体無い気持ちになった。
ガチャ。
パタン。
図書室の扉を開けて中に入る。
し——ん。とした図書室。
(ここだけはなんだか別世界みたい)
窓の外では校庭やグラウンドから、ざわさめきが聞こえる。
カウンターに座り、記録ノートをぱらりとめくってみる。
(りつがいる日は、全部ゼロ)
その記録を見て「ふふっ」笑みをこぼす。
ここから始まったんだ。
そう思うとこの記録ノートが愛しくて感じる。
ガチャ。
パタン。
扉が開いた音がした気がする。
(りつみたいなもの好きが他にもいるの?)
そう思って顔を上げた。
「うそっ」
椅子から立ち上がる。
パタパタ。
ぼくの元に歩いてくるのはあゆみさん。
「ひどいな。凛月は。ぼくは会いたいのに、断るんだから」
ブレザーには卒業生の印の花がついてる。
あゆみさんは笑いながら、そのままカウンターに入っていつものように床に座った。
ぼくもあゆみさんの隣に座る。
「あゆみさんここにいちゃダメだよ。今日の主役なのに」
嬉しいのに、そんな言葉が出る。
「凛月は、ぼくに会いたくなかったの?この学校で過ごせる最後の日なのに」
あゆみさんはぼくの目を見つめながらそう呟いた。
「会いたかった……でも、今日まではみんなのあゆみさんだから……今日はりつ我慢する」
本当の気持ちをあゆみさんにこぼす。
あゆみさんは、「うん。だと思った」そう言って、ぼくの小指に指を絡めてきた。
「だからぼくがきた。凛月はきっとここに来ると思ってたから」
優しい笑顔でそう言うあゆみさん。
(あゆみさんの気持ち……嬉しい)
「あゆみさん、卒業おめでとう」
小指をほどき、ぼくから手を絡め握り直す。
あゆみさんもその手に力を入れて握り返してくれる。
「うん。ありがとう」
しばらく手を握ったまま沈黙が図書室に落ちる。
(ここで一緒に過ごすの今日で最後)
そう思うと少し寂しくなる。
でも、明日からは図書室がなくても会えるから。
そう思うと胸に灯りがともる。
「ねぇ凛月」
ぼくの名前を呼ぶあゆみさん。
あゆみさんの顔を見る。
「今日までは、みんなの羽柴先輩だけどさ」
言葉を切り、ぼくの目を見る。
そのまま握られた手にまた少しだけ力が入る。
「明日からは、凛月だけの羽柴歩美になるから」
そう言って笑ってくれた。




