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18/19

18.決意


「はぁ」


 ざわめく教室で小さくため息をつく。


「なにどうしたの?」


 前に座ってたすいくんが振り返ってぼくに聞く。


「ううん。なんでもないよ」

 首を振ってすいくんにそう答える。


「そう?で、凛月まだ帰らないの?」

「うん。図書室行くか悩んでる」


 今は、図書室行くと少し辛くなる。


 

 

 あの日からぼくは元気がない。


 先輩が受ける大学名を知った日。


 一気に、先輩が遠い人になった。


 クラスの子達が話してるのを偶然聞いた。



 (うそ。あゆみさんあの大学受けるの……)

 (日本で1番)

 (りつが近付いていい人じゃない)



 クープを一緒に食べた日。


 図書室のカウンターの中で寝転んでる姿。

 2人で過ごした日が頭の中を駆け巡る。

 でも。


 (りつが気安く話せる相手ではない)


 一気に先輩が遠い、有名人になってしまった。

 

 受験の前日、何度も文章を打っては消すを繰り返した。


 (りつがやりとりできる人じゃない)

 (でも一言は伝えたい)



『あゆみ先輩頑張ってください』


 悩んだ末に送った文章。


 これしか送れなかった。

 だって……。


 (りつ、どこの大学受けるか知らない)

 (りつとあゆみさんはそれだけの関係だった)

 

『ありがとう。凛月から応援されたらより頑張れる』


 そう返事はきた。けど、返事はもう返せなかった。


 合格発表の日。


『凛月大学合格した。春から一人暮らしだよ』


 先輩からそう連絡がきた。

 でも。

 ぼくは。


『おめでとうございます』

 それしか打てなかった。


(りつなんかが、仲良くしていい人じゃない)

(りつ、勘違いしちゃだめ。ここで終わり)

 

 心にそっと蓋をした。



 あの日からを思い出してまた落ちこみ始めたぼく。

 ペンケースから貝殻のシャープペンシルを取り出して握りしめる。


 (あゆみさんが買ってくれたお揃い)


「なぁ。凛月それさぁ」

 すいくんの声にビクッとなる。


 (あっ、やばい。すいくんに見られたかも)


 すいくんと話してたの完全に頭から抜けてた。


 (貝殻のシャープペンシル見られた)

 (すいくんにバカにされるかも)


 指先が冷たくなる。


「ぼく、もう1人それ大事にしてる人知ってるんだ」


 静かにそう話し始めた。


 (すいくんなに言うの?)


 すいくんの言いたいことがわからなくて首を傾げる。


「ぼく、その人に借りあるからさ。今その借り返そうかな」

 そう言ってすいくんは「ふっ」と笑った。


「そのシャープペンシルの相手と最近話した?」


 (すいくん、あゆみさんが持ってるの知ってるの?)


 黙って首振る。


「そっか。凛月はもう話したくない?」

 優しい声で聞いてくるすいくん。


「そんなことない……でも」



 すいくんに話していいか分からなくて口籠る。

 すいくんは黙ってぼくをみて、ぼくが話すのを待ってくれてる。


「遠い人だから」


 下を向きながら、ぽつんとその言葉を机の上に落とした。


 しばらく沈黙が広がる。


 教室のざわめきの中、ここだけ別の空間みたい。


「凛月」


 すいくんが優しくぼくの名前を呼んだ。

 ぼくは顔をあげてすいくんをみる。


「遠い人じゃないよ。その人は誰かのおかげで自分を取り戻せた人だよ。その人もそのシャープペンシル大事に持ってた」


 すいくんが、少し遠い目をしてそう言う。


 (すいくんはあゆみさんって分かってるんだ)


 すいくんは、身を乗り出してぼくに体を近づけてきた。


「みんなには内緒。ぼくと歩実くんは幼なじみ」

「歩実くん今日登校してるよ」


 そうぼくの耳で囁いてくれた。


「うそ」

「ほんと」


 すいくんの目を見る。


 嘘を言ってないまっすぐな目。


 ガタッ。


 思い切り立ち上がった。


「りつ行ってくる!」


 (あっ、りつと言っちゃった)


「うん。行ってらっしゃい。借りは返したと言っといて」


 すいくんは、手を振りながらなにも気にしてないような顔をしてぼくを送り出してくれた。



 廊下を走る。


 (すいくん、りつが貝殻のシャープペンシルを持っててもバカにしなかった)


 それに。


 (りつと言っても驚いたりしてなかった)


 あゆみさんもすいくんも本当のりつを知ってもバカにしたり驚いたりしなかった。

 それに。


 (すいくんの話だと……あゆみさん)


 さっきの話が頭の中をぐるぐると回る。


 (あゆみさん……遠い人)


 でも。

 廊下を全速力で走る。


 (りつ、勇気出してみる)


 入学式の日。


 初めて会った時……きっとぼくは。


 (あゆみさんに恋してた)


 ずっと蓋をしてみないようにしてた気持ち。

 心の中でその蓋をそっと外した。


 (後悔したくない。あゆみさんに気持ち伝える)

 (遠い人だけど……でもりつ一度勇気を出したい)


 ガチャ。パタン。


 「はぁはぁ」


 膝に腕をついて肩で息する。


 ぐるっと図書室を見渡す。


 (あゆみさん……いない)


「はぁぁ」


 そうだよね。

 ぼくが避けたんだもん。

 いなくて当然だ。


 パタパタ。


 遠くから足音が聞こえる。


「あゆみさん……」


 1番奥から歩いてきてるあゆみさん。


「凛月。ようやく顔見せてくれた。ぼくずっと待ってたのに」


 ぼくの前に歩いてきて、そう言ってるあゆみさんの顔が。

 泣きそうになってる。


「あゆみさん顔が」

「ん?」

「なんだか……悲しそう」


 思ったことをそのまま呟く。


 あゆみさんは、あぁ。と頷いた。


「凛月に避けられてるからね」

 静かな部屋に響くあゆみさんの声。


「りつ、避けてたわけじゃ……」

「うん」


 黙って頷くあゆみさん。

 2人の間に沈黙が広がる。



 (りつ。ここで素直にならなきゃ)


 小さく握り拳を作り、頷く。


 顔をあげてまっすぐあゆみさんの顔を見た。


「りつ、あゆみさんが受けた大学の名前聞いちゃったの。そしたら一気に遠い人に感じて。りつなんかが気安く近寄ったらダメな人だって……」


 続きを言うのが怖くなって一旦口を閉じる。


 ぼくを黙って見つめてくれるあゆみさん。


 (りつ、ここで勇気出せ)


「でも、りつあゆみさんが好きなの。このままあゆみさんと離れるの嫌だって」

 そこまで言ったらあゆみさんが一歩ぼくに近付いてきた。


「うん。ぼくも凛月が好きだよ」

 ぼくの目を見て静かにそう伝えてくれた。


「うそ」

「ほんと。ぼくは凛月がいたから頑張れたんだよ。凛月がそばにいなかったら大学も未来も全部意味ない。いらないんだ」


 静かに、でも決意を含んだ声で言う。


 (あゆみさん本気でりつのこと)


 ぼくも一歩あゆみさんに近づく。


「あゆみさん。りつと恋人になってください。りつずっとあゆみさんの隣にいたい」

 黙って頷くあゆみさん。


「うん。ぼくはもう凛月を離さないよ?それでもいい?」

 真剣な目でぼくを見つめてくる。


 (離さないでくれるの?いいの?)


 胸がドキドキ鳴り響く。


「うん。りつも離れない」

 頷いた。


 あゆみさんは、綺麗な花が咲いたような顔で笑ってくれた。


 あゆみさんの手をそっと握った。


 しばらく黙って手を握り合う。

 

「ところでさ、凛月ぼくのことあゆみさんって呼んでるの?」

 あゆみさんが、口を開いた。


「えっ!?なんで?あゆみさん知って……あっ」


 (うそ!?りつ、いつから)


 恥ずかしくなって靴を見つめる。


「今日ずっとだよ」

 嬉しそうな顔をして笑ってるあゆみさん。


「これからずっとそう呼んで」

 そう言ってぼくの手に指を絡めてくれた。



 次の日の朝。



 ぼくは貝殻のキーホルダーをカバンにつけた。


 (今日からは、堂々とする)

 (あゆみさんが隣にいるからもう大丈夫)



「おはよ。凛月」


 机に座ってカバンから荷物を出してたらすいくんの声が聞こえた。


「おはよ。すいくん」

 ぼくもあいさつを返す。


「いいね。それ」


 すいくんは、カバンについてる貝殻のキーホルダーを見て静かに笑った。

 そしてそのまま前に座った。


 (もう、りつをバカにする人ばっかりじゃない)

 (りつ、大切な人たちがいるから、もう大丈夫)

 

 

『ときめきの向こう側』全18話、完結となります。

お読みいただきありがとうございました。


『可愛いものが好きな男の子が攻め』シリーズ5作目は、11月10日より連載開始予定です。

『ときめきの向こう側』番外編は、24日(土)より更新していきます。


どちらもお楽しみいただけたら嬉しいです。

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