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LILA-崩壊の彼方-  作者: セイ・タカ
残された者たち
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第14話:教会

第14話:教会


翌朝、セントルイスの空は霞がかったように灰色だった。


冷たい風が廃墟の隙間を吹き抜け、ひび割れたコンクリートの路面に落ち葉が舞う。街は相変わらず静寂に包まれ、だがその中にも何か新しい“兆し”のようなものが、かすかに芽生えていた。


簡素な寝床から体を起こし、わずかに伸びをした。昨夜は珍しく、深く眠れた気がする。


ナインを腰に収め、ホルスターを確認すると、彼女はゆっくりと廊下へと出た。


中央ホールでは、すでに何人かの信者たちが祈りの準備をしていたが、リラに気づくと、静かに会釈を送ってくる。


石造りの床を踏みしめ、オールド・コートハウスの出口へと向かうと、既にアマリエとシオンら数名が正門前に集まっていた。


「おはよう、リラさん」


アマリエはローブ姿で立っていた。今朝も、まるで夢の続きのように神秘的な佇まいだったが、その微笑みはどこか親しげだった。


彼女はオールド・コートハウスの石階段に立ち遠くを見つめていた。背筋を伸ばし、淡い銀髪が風に揺れる。


その傍らに立つシオンに向き直ると、彼女は静かに告げた。


「……貴方がまず、数名動ける者を連れて農場へ行きなさい。謝罪と、協力の申し入れを。礼節を忘れずにね」


「承知いたしました」


シオンは一礼し、すぐに行動へ移ろうとする。


そのやり取りを見届けていたリラは、シオンの背後にいる男たちへ目を向けた。


三人とも旅支度を整えている。そのうち二人は古びたライフルと散弾銃を肩に掛け、もう一人も腰に拳銃を下げていた。昨夜の穏やかな集会とは違う。外へ出る以上、彼らなりに警戒しているらしい。


「……道中、危険は?」


リラが尋ねると、アマリエは一瞬だけ小首を傾げた。


「ええ、このあたりのゾンビみたいな化け物は……」


そこで妙に長く間を置き、得意げに胸を張る。


「ほとんど、私が退治したわ」


シオンが小さく咳払いした。


「アマリエ様。“私が”という部分には、少々語弊がございます」


「何よ。私だってかなり頑張ったでしょ?」


「それは否定いたしませんが、皆で対処したものも相当数ございます」


「細かいわねえ」


アマリエは唇を尖らせたあと、すぐに笑った。


「まあ、冗談はともかく。この周辺にいたものは、私たちでほとんど片づけたわ。銃で撃ったり、建物に誘い込んだり、車を使ったり。女神なんて呼ばれてるけど、実際にやってたことはずいぶん泥臭いのよ」


「……素手で倒して回ったわけじゃないのね」


「当たり前でしょ。私、そんな怪物じゃないわよ」


アマリエはさらりと言ったが、シオンの口元がほんの少し緩んだ。


「ただし、“ほとんど”よ。全部じゃない」


今度はアマリエの声音が少しだけ真面目になる。


「建物の中に残ってるかもしれないし、街の外から迷い込んでくることもある。少なくとも、もう安全だと思って丸腰で歩けるほど、この世界は親切じゃないわ」


再びシオンたちの武器を見る。


「だから、それ?」


「念のためです」


シオンは肩のライフルに軽く手を添えた。


「農場まで何事もなく辿り着けるのが一番ですが、何も起きないことを期待するのと、何も起きないと決めつけるのは別ですので」


「なるほどね」


小さく頷いた。


アマリエはその横顔をしばらく眺めていたが、ふと思い出したように口を開いた。


「……それと、一つ提案があるの」


「何?」


「ケープ・ジラードに、私が生まれ育った教会があるの。行ってみるといいわ」


リラの瞳がわずかに揺れる。


「母が残したものが、まだどこかにあるはずなのよ」


「ある“はず”?場所は知らないの?」


「知らないの」


アマリエはあっさり答えた。


「父が亡くなる少し前にね。“いつか必要になる時まで、そのままにしておく”って言ってた。私はずっと探そうともしなかった。必要だと思わなかったから」


そこで彼女の視線が、リラの腰のナインへ落ちる。


「でも今は、少し気が変わったわ。私にはただの思い出にしか見えなかったものでも、貴女やその銃なら、別の何かを見つけるかもしれない」


「……お母さんの物って、何なの?」


「それが分かってたら、もっと格好よく教えてあげられたんだけどね」


アマリエは困ったように笑う。


「母は自分のことを全部話してくれたわけじゃない。父も同じ。だから私にも分からないことがたくさんあるの」


その言葉は、昨夜までの“救世主”の姿とはずいぶん違って聞こえた。


何でも知っているわけではない。


何でもできるわけでもない。


ただ長く生きて、少しだけ多くのものを見てきた人なのだ。


「この世界のことでも、貴女自身のことでもいい。答えを探しているなら、行って損はないと思う」


しばし黙ったあと、静かに頷いた。


「……分かった。行ってみる」


その返答に、アマリエは安心したように目を細めた。


「ありがとう。また、ここに戻ってきてね。今度はもう少しゆっくり話しましょう」


「何かわかったらね」


「それで十分よ」


最後にシオンたちへ視線を向ける。


「農場の二人に、ちゃんと謝ってよ」


「もちろんです」


シオンは深く一礼した。


その返答を確認してから、リラはアマリエへ軽く手を上げ、オールド・コートハウスを後にした。


セントルイスを離れたリラは、南へ伸びる道路を歩いていた。


ミシシッピ川そのものに沿って歩くのではない。川を左手の方角に置きながら、かつての州間高速道路や、それに並行する古い道路を選んで南下していく。


出発して間もなく、リラは歩きながら腰元へ声をかけた。


「ナイン。ケープ・ジラードまで、あとどれくらい?」


「現存スル道路ヲ使用シタ場合、約百九十キロメートル。崩落箇所、放置車両、迂回ヲ考慮スルト、実移動距離ハ二百キロメートル前後ト推定シマス」


「二百か……」


前方へ伸びる道路を見た。


「一日三十キロ歩いても、一週間くらいね」


「休息ト探索時間ヲ考慮スレバ、六日カラ八日程度ガ妥当デス」


「じゃあ七日で着けば上出来ね」


それだけ言うと、リラは歩調を戻した。


街を離れるにつれて、高い建物は少なくなっていった。代わりに目につくようになったのは、放置された農地や道路脇に転がる車、ところどころ崩れた家々だった。


秋を迎えた木々は少しずつ色を失い始めている。


風が吹けば乾いた葉が舗装路を転がり、誰もいなくなった道路をカサカサと音を立てて走っていく。


かつてなら車で二時間もあれば着いた距離だ。


今のリラには、一週間近くかかる。


人間の文明が消えただけで、同じ百九十キロがまるで別の距離になっていた。


四日目の昼過ぎ。


水を補給するため、リラは道路を少し外れ、ミシシッピ川へと流れ込む支流のほとりで足を止めた。


ここ数日は保存食ばかりだった。


流れの緩い淀みを覗き込んでいるうちに、ふと思い立つ。


「……今日は魚でも食べようかな」


荷物を下ろし、持ち歩いていた簡素な釣り道具を取り出した。


岸辺の湿った土をナイフの先で少し掘り返す。ほどなくして細いミミズを見つけると、それを針につけた。


「ナマズなら、昼間は深いところか、沈んだ木の陰……だったかな」


「概ネ正解デス」


腰元からナインが答える。


「夕方から浅いところに出てくるんだっけ」


「ソノ傾向ガアリマス」


「じゃあ今は、あんまりいい時間じゃないわね」


「ソレデモ釣リヲ続ケマスカ?」


「本に書いてある通りに魚が動くなら苦労しないでしょ」


そう言って、リラは少し笑った。


子供の頃、図書館で読んだ北米の淡水魚図鑑。


どうしてそんな本を手に取ったのかは覚えていない。ただ、写真に並んだ妙な顔の魚たちが面白くて、一冊丸ごと読んだ記憶だけは残っていた。


重りをつけ、餌が底近くへ沈むようにして糸を垂らす。


風に揺れる水面を眺めながら待っていると、しばらくして竿先が小さく動いた。


「……来た」


次の瞬間、竿が大きくしなる。


「ちょっと、大きくない?」


思った以上の引きに、リラは腰を落として竿を握り直した。


何度か糸を持っていかれながらも、急がず少しずつ岸へ寄せていく。


やがて濁った水面から、平たい頭と長い髭を持つ魚が姿を現した。


岸へ引き上げると、魚は濡れた地面の上で激しく身体を跳ねさせる。


しゃがみ込み、その体を眺めた。


深く二つに分かれた尾びれ。体側には、ところどころ黒い斑点がある。


「……チャネルキャットフィッシュ」


口にしてから、少し自信がなくなったのか腰元を見る。


「ナイン。合ってる?」


「正解デス。チャネルキャットフィッシュ。北米ニ広ク分布シ、ミズーリ州デモ一般的ナ大型淡水魚デス」


「やっぱり」


「ヨク判別デキマシタネ」


「尾びれと斑点。昔、図鑑で読んだの」


魚を押さえながら、少し得意げに言った。


「ブルーキャットフィッシュも尾びれは深く割れてるけど、こっちは体に斑点が出る。……たしかね」


「概ネ正確デス」


「“概ね”は余計」


魚が再び大きく跳ねた。


「わ、ちょっと!」


慌てて押さえ込みながら、リラは眉をしかめる。


「知識があっても、暴れる魚が大人しくなるわけじゃないのね」


「ソノ情報ハ図鑑ニハ記載サレテイナカッタノデスカ?」


「……ナイン、最近ちょっと性格悪くなった?」


「気ノセイデス」


その日の夕方。


川辺で小さな火が燃えていた。


チャネルキャットフィッシュには鱗がない。そのぶん簡単かと思ったが、丈夫な皮を剥ぐ作業には思いのほか手間取った。


「読むのと、やるのは別ね……」


ぼやきながら下処理を終え、白身を串に刺して火へかざす。


やがて焼けた身を少しちぎり、口へ運んだ。


淡白な白身に、焚き火の香りがわずかに移っている。


「……おいしい」


「調理ハ成功ノヨウデスネ」


「その言い方だと実験みたい」


もう一口食べながら、リラは炎の向こうを眺めた。


ふと、セントルイスで出会った人々のことが頭に浮かぶ。


「……結局、なんだったんだろうね」


「何ガデショウカ?」


「アマリエたちよ。救世主とか、選ばれたとか……」


枝の先で炎が小さく弾けた。


「アノ方達ニトッテ、アマリエ様ガ救世主デアルコトハ事実デショウ。少ナクトモ、彼女ノ行動ニヨッテ生存シタ者ガイル」


「でも本人は、自分が救世主だなんて思ってない」


「ソノヨウデスネ」


焼いた魚をちぎる。


昨夜、隣のベッドで話した老婆の顔が浮かんだ。


老婆にとって、アマリエは間違いなく救世主だった。


けれど当の本人は、裁判長の椅子で頬杖をつき、似合わないと言って笑っていた。


「本人は、あんな感じなのにね」


「アマリエ様ハ、“救世主”トシテ振ル舞ウコトヲ受ケ入レテイルノカモシレマセン」


「演じてるってこと?」


「必要トサレル役割ヲ果タシテイル、ト表現スル方ガ適切カト」


少し考え、魚を口へ入れた。


「……それって、嘘とは違うのかな」


「人々ヲ騙ス目的デナケレバ、必ズシモ同義デハアリマセン」


「難しいね」


「ソウデスネ」


短い返事に、リラは小さく笑った。


誰かが特別だから、人々がついていくのか。


人々が特別だと信じるから、その人が特別になっていくのか。


今のリラには、まだ分からなかった。


暗くなった水面の向こうで、流れは何事もなかったように続いていた。


翌朝、リラは再び荷物を背負い、南へ向かって歩き始めた。


そこからさらに三日。


セントルイスを出て七日目の午後、リラはようやくケープ・ジラードへと入った。


実際に歩いた距離は、ナインの最初の見積もりよりわずかに長くなった。崩れた道路を避け、事故車の列を迂回し、ときには進めそうな道を引き返すこともあったからだ。


それでも、ほぼ予定通りだった。


街には、これまで通ってきた場所と同じように崩壊の痕跡が残されていた。


窓を失った建物。途中から折れた電柱。道路には放置された車が並び、その隙間から伸びた雑草が秋風に揺れている。


人の気配はほとんどない。


だが、アマリエから聞いていた場所へ近づくにつれて、リラは一つの建物に目を留めた。


「……あれか」


小さな教会だった。


周囲の建物にはネヴェリスの攻撃による傷跡が残っているというのに、その教会だけは不思議なほど原形を保っていた。


壁も屋根もほとんど崩れていない。


少なくとも、ネヴェリスの空爆を直接受けた形跡はなかった。


古びてはいる。


けれど、周囲の廃墟と比べれば明らかに綺麗なままだった。


教会の小さな庭へ入ったところで、リラは足を止めた。


庭先で、一人の男が箒を手に掃除をしていた。


どこかで見た顔だった。


男がこちらを振り返る。


その瞬間、リラの記憶が繋がった。


ロイの農場で盗みを働いた二人組。


二人のうち、セントルイスへ連れていく途中で逃げ出した男だった。


その男だった。


「あ……あんたは!」


リラが指を差す。


「あの時逃げた泥棒!」


「ひぃっ!」


男は悲鳴を上げ、手にしていた箒を取り落とした。


「あ、あの時は悪かった!もうぶたないでくれ!」


「……あんた、ここで何してるのよ」


リラが呆れたように尋ねると、男は両手を上げたまま慌てて答えた。


「そ、掃除だよ!見りゃ分かるだろ!」


「それは見れば分かる。なんで“ここ”を掃除してるのって聞いてるの」


「…俺、崩壊前はここの教会に通ってたんだよ…」


男の声が急に小さくなった。


「それで、セントルイスへ連れていかれる途中で逃げて……行く場所がなくて、それでここに戻ってきたんだ」


「シオンに言われたんじゃないの?」


「違う。勝手にやってる」


男は落とした箒を拾い上げた。


「戻ってきたら誰もいなかった。なのに建物だけは残っててさ。荒れっぱなしにするのも……なんか嫌だったんだよ」


少し間を置き、気まずそうに視線を逸らす。


「あとで知った。ここ、アマリエ様が育った教会なんだろ。だったら、なおさら放っとけないかなって」


男をじっと見た。


農場で食料を盗み、途中で逃げ出した男。


その姿と、今こうして黙々と落ち葉を掃いている姿が、どうにも頭の中でうまく重ならない。


「……もう盗んでない?」


「盗んでない!」


即答だった。


「本当に?」


「本当だって!だからもう殴らないでくれ!」


「別に殴るなんて言ってないでしょ」


「顔がそう言ってる!」


思わず小さく息を吐いた。


「まあいいわ。アマリエに言われて、ここへ来たの」


「ア、アマリエ様に?」


男の背筋が急に伸びる。


「母親が残したものがあるかもしれないって」


「俺は何も触ってないぞ」


「まだ何も疑ってない」


「……そうか」


男は明らかにほっとした顔をした。


そんな男をしばらく見ていたが、やがて教会へ視線を移した。


「……中、入らせてもらうわね」


そう言い残し、教会の正面へ向かう。


重厚な木製の大扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。


軋む音とともに、静かな礼拝堂が姿を現した。


中は、ごく普通の教会だった。


左右には木製の長椅子が規則正しく並び、その先には祭壇がある。


壁のステンドグラスから差し込んだ淡い光が床を染め、長い年月を経た木材の匂いがわずかに漂っていた。


古びてはいるものの、庭と同じく内部もよく手入れされている。


埃も少なく、長椅子や祭壇にも壊れたところはほとんど見当たらない。


礼拝堂の一角には、大きなパイプオルガンが置かれていた。


ゆっくりと中央の通路を進んでいく。


やがて祭壇の前まで来たところで、ふと足を止めた。


「……?」


周囲を見回す。


何かがおかしい。


けれど、何がおかしいのか自分でも分からない。


祭壇にも、床にも、壁にも、特に変わったところはない。


それでも、ほんの少しだけ何かが引っかかった。


もう一度辺りを見回したあと、腰元へ小さく声をかけた。


「……ナイン、何かわかる?」


短い沈黙のあと、ナインが周囲の分析を始める。


「周辺ヲ分析中……」


数秒後。


「微弱ナ反応ヲ検出。祭壇周辺ニ、通常ノ建築物トハ異ナル物質反応ガアリマス」


「どこ?」


「祭壇背後。パイプオルガンノ鍵盤付近ニ、“星間合金”ノ反応アリ」


「星間合金……?」


祭壇の横から、壁際に置かれたパイプオルガンへ視線を向けた。


ゆっくりと近づいていく。


見たところ、特別変わったものには見えない。


古い木製の筐体に、何段かの鍵盤。その上には、何冊かの楽譜が置かれていた。


鍵盤の前に立ち、それらを眺める。


「……これ?」


楽譜を一枚ずつめくっていく。


讃美歌らしいもの。長い曲。書き込みの残された古い譜面。


その中に、一枚だけ妙に短いものが混じっていた。


「……なにこれ」


わずかな音符しか書かれていない。


曲と呼ぶには、あまりにも短い。


その紙を取り出し、しばらく眺めた。


「旋律っていうより……番号みたい」


同じ音が不自然な間隔で繰り返されている。


音楽として美しい並びには見えない。むしろ、何かを入力するための順番を音符に置き換えたように見えた。


「ナイン、これ、楽譜そのものは普通よね?」


「記譜形式ハ、地球ノ一般的ナ楽譜ト一致シマス」


「でも曲じゃない」


「ワタシモ同様ニ判断シマス」


譜面と、星間合金の反応があるという鍵盤を交互に見る。


「……暗証番号代わり?」


「可能性ハアリマス」


「教会で暗証番号を楽譜にするなんて、ずいぶん凝ってるわね」


楽譜を譜面台に置いた。


パイプオルガンなど弾いたことはない。ただ、楽譜の読み方くらいなら学校で習ったし、図書館で音楽史の本を読んだこともある。


必要なのは演奏ではない。


書かれている鍵盤を、順番どおり押すだけだ。


鍵盤と楽譜を交互に見ながら、最初の鍵盤を押した。


礼拝堂に、低い音が響いた。


「……合ってる?」


「音程ハ一致シテイマス」


「なら……」


次の音を押す。


続けて、もう一つ。


短い旋律が、誰もいない礼拝堂にゆっくりと響いていく。


そして、最後の音を押した瞬間だった。


――カチッ。


オルガンの音とは明らかに違う、小さな機械音がした。


「……え?」


続いて、祭壇の下から鈍い音が響く。


ゴゴゴ……。


リラが振り返る。


祭壇の一部がゆっくりと動き、その下から暗い空間が姿を現していく。


やがて現れたのは、地下へと続く階段だった。


鍵盤から手を離し、しばらくそれを見つめた。


「……やっぱり、普通の教会じゃなかったみたいね」


暗い階段の奥から、ひんやりとした空気が静かに流れ出していた。


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