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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第6章:現世へ

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【第1話】

 アンドレとエリザベスの騒動そうどうがあった、その日の夜。



「記録課に異動するには『冥府書記官めいふしょきかん』という資格を所持していると有利になる。耳から聞いた情報を一言一句漏らさず文章として起こすことが出来るという証明になる」


「なるほど」



 オルトレイの自宅に夕飯をご馳走ちそうになるついでにお邪魔し、記録課に異動する際に有利なことについて話を聞くことになった。


 記録課への異動を願い出た際、オルトレイは意外にも引き止めなかった。むしろ「その言葉を待っていた」と言わんばかりに笑ってみせたのだ。

 そして記録課への異動に必要な資格や記録課の仕事内容などを事細ことこまかに教えてくれている。まるでこうなることを待っていたとばかりの態度で説明してくれているのだ。まさか彼は未来予知でも出来るのだろうか。


 記録課の仕事内容に関して一通り説明を終えたオルトレイは、魔法で紅茶の準備をしながら「何か質問は?」と問うてくる。



「まるで私が記録課を目指すことを予期していたようだが」


「まあ、そうだな。あれだけアンドレとエリザベスに期待させておきながら、またコソコソ潜入しましたなんて洒落しゃれにならん。潜入こそが正義だと思われるだろう」



 入れたばかりの紅茶に口をつけるオルトレイは、



「それに、冥王相手に『引きり下ろしてやる』と啖呵たんかを切った人間だ。大物になるとは思っていたがな」


「言ったが、私には冥王を玉座から引き摺り下ろすほどの権力はない訳だが」


たわけ、力はこれからつければいい。知識は力だ、覚えておけ」



 オルトレイは「さて」と言い、指を弾く。


 視界の端で濃紺のうこんの光が瞬いたと思えば、キクガの目の前にどすんと何やら重たいものが置かれた。視線を下げると、机の上に一抱えほどもあるタイプライターがいつのまにか鎮座していた。オルトレイの魔法によって転送されてきたのだろう。

 箱のような見た目の形に突き出すように配置されたキー、そして用紙を挟む為の台座が組み合わさった古きよきデザインのタイプライターである。オルトレイが言うには『オートマチックライター』とのことなのでそう呼ぶようにはするが、憧れのタイプライターを前にキクガは胸の高鳴りを覚えた。



「『冥府書記官めいふしょきかん』の資格を取得するのに現在必要となる仕事道具が、このオートマチックライターだ。魔力充填式と呼ばれ、自動的に改行をこなしてくれる優れものだ」


「ほほう」


「他にも自動入力や音声入力などもあるのだが、それをやるぐらいなら自動書記魔法を覚えた方が早い」


「自動書記魔法」



 新たな魔法の名前を明かされ、キクガは首を傾げた。



「ならばそちらを使えばいいのでは?」


「自動書記魔法は文章を見聞きした本人の意思でどこまで書くか判定できる。分かりやすく言うと必要な情報を隠蔽いんぺいされ、または改竄かいざんされる恐れがあるのだ」


「なるほど」



 自動書記魔法などという便利な魔法があるならそちらを使えばいいのでは、と思ったが改竄かいざんされるのならば話は変わる。使用者の匙加減さじかげんでいくらでも嘘をつけてしまう魔法は、真実を記録する仕事には向いていない。



「オートマチックライターは改竄かいざんが出来ないように設計されているからな。記録課の仕事には最適だ」


「ふむ、何か仕組みのようなものはあるのかね?」


「インクに秘密がある。使用するインクには強力な固着化魔法がかけられているから、打った文字を魔法で書き換えることが出来ん仕様になっているのだ。これを開発した魔法使いは非常に優秀だな!!」



 オルトレイは「俺の時代にもほしかったなぁ」としみじみ呟く。彼の生きた時代では改竄かいざん隠蔽いんぺいなどが主流だったのだろう。



「それでは試しに冥府書記官めいふしょきかんの試験問題をやってみようではないか」


「それは魔法を使うかね? 私は魔法が使えないのだが……」


「魔法の腕前は必要ない。記憶力と多少の機械の知識があれば上出来だな」



 そう言って、オルトレイが手を振って手元に呼び出したのは『冥府書記官問題集』とある。筆記試験か何かのたぐいだろうか。

 不安げな眼差しを察知したオルトレイが、無言でキクガに問題集を差し出してくる。中身を確認すると、それは文章の羅列だった。小難しい内容の文章からコメディ調の掌編しょうへんまで多岐たきに渡る文章が掲載けいさいされている。


 問題集から顔を上げたキクガは、



「これが問題かね?」


「それを今から読み上げる。お前は読み上げた文章をそのまま打ち込め」



 オルトレイに問題集を返却へんきゃくし、キクガはオートマチックライターのキー配置を確認する。


 キーの配置は不思議なことに、キクガのよく知るパソコンと同じ配置となっていた。これは何の奇跡だろうか。それともあの配置は異世界でも適用される標準的なものなのだろうかと勘繰かんぐってしまう。

 パソコンとキー配置が同じならば何の問題もない。異世界に転生したおかげで言葉はおろか、文字の読み書きが出来るように仕込まれている。問題なく打てるはずだ。


 そっとオートマチックライターのキーの上に指を乗せる。冷たい金属の感触が、指の腹を通じて伝わってきた。



「行くぞ」



 オルトレイはすぅと息を吸い込み、



「『春うららかな日、エリックとマリーという恋人たちは仲良くピクニックに出かけた』」



 カタカタカタカタカタカタカタカタカタッカタカタカタカタチーン。



「…………」


「何かね?」



 よどみなくタイピングを終えて改行までしたキクガに、オルトレイが怪しむような眼差しを向けてくる。何も怪しいことはしていない。



「……『出かけた先は湖のある公園。2人は花を見たり、小舟に乗ったり、草原を駆け回ったりして遊んでいた』」



 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタタチーン。



「…………」


「何かね?」


「いや、あの」



 オルトレイは戸惑うように、



「早くないか? 適当に打ってやしないか?」


「証拠はこちらにある訳だが」



 キクガはオートマチックライターに挟んだ用紙を取り外し、オルトレイに見せる。

 一言一句、打ち漏らしはなかった。聞いたままの文章が、用紙の上を綺麗に並んでいた。


 口元を引きらせたオルトレイは、



「オートマチックライターを使ったのは初めてだろうに……」


「この世界では使ったことはないが、私が生きていた世界ではこの程度のことが出来なければ仕事にならない」



 オルトレイから用紙を回収し、キクガは再びオートマチックライターに挟む。キーの上に指を置き、挑発するように軽く微笑んだ。



「もっと早くしてもいいが、どうするかね?」


「……よかろう。その喧嘩けんか、このオルトレイ・エイクトベルが買ってやろう」



 オルトレイは先程よりも早口で文章を読み上げる。ハッキリと発声してくれるので聞き取れないほどではないが、格段にレベルが上がった気がした。

 だがキクガの敵ではない。文章を聞き取り、一言一句漏らすことなく入力していく。オルトレイの声に寄り添うように、オートマチックライターのカタカタチーンという音が響いた。

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