【第8話】
重たい足取りでの帰還である。
「すまなかった。君たちのお兄さんの記録は見つけられなかった」
「「…………」」
呵責開発課の作業場で大人しく待っていた双子の狼、アンドレとエリザベスの耳と尻尾が明らかにへんにょりと力なく垂れた瞬間を目の当たりにして、キクガの心臓が締め付けられた。
約束したはずなのに結果がこれでは期待外れもいいところである。本当に反省すべき点だ。次回こそは結果を残さねばならない。
双子の狼からの批判を待っていると、彼らからの反応は違っていた。
「いーよ」
「よ」
双子の狼は、その幼い見た目とは対照的に大人な回答を返した。
「できないの、しってうよ。ごめんね」
「あぃがと」
アンドレとエリザベスは、兄の情報が手に入らないことをちゃんと理解していたのだ。それでもやっぱり子供の我儘で、兄の存在を求めてしまうのは仕方がない。
あまりにも達観し、そして諦め切っている双子の狼にキクガは言葉を詰まらせた。潜入するだけではダメだ。自分が、動かなければならない。
そうしなければ、彼らはずっと諦めたままだ。
「次は必ず」
「う?」
「んん?」
アンドレとエリザベスの小さな頭を撫でてやりながら、キクガは宣言する。己にも言い聞かせるように。
「次は必ず、君たちのお兄さんを見つけてこよう。今度は泥棒みたいな真似はせず、正面から乗り込んでみせる」
「でもぉ」
「できないよぉ」
「出来るとも。約束しよう」
キクガは断言する。
多分、選んだ道のりは相当険しいものだろう。不可能かもしれない。
だが、彼らと同じように現世で生きているだろう誰かの安否を気にかけている死者はいる。それは子を思う親だったり、親を思う子だったり、恋人だったり、他の家族だったり、その他たくさんいるはずだ。
冥界を変えられることが出来るのは、異世界の知識を有するキクガだけだ。
「時間はかかるかもしれない。でも必ず、君たちのお兄さんの生死は明らかにしよう。そしていつかは」
何年かかるか分からない。
自分が生きているうちは不可能かもしれない。そんな悪い予感が頭をよぎる。
それでも、その心意気でなければ変えられるものも変えられない。
「――いつかは、君たちがお兄さんと会えるように。私が冥界を変えてみせる」
アンドレとエリザベスの銀灰色の双眸が、真っ直ぐにキクガを貫いた。
「にちゃ、あえる?」
「あえる?」
「時間はかかるかもしれない。100年も200年も待たなければならないかもしれないが、必ず実現しよう」
キクガの言葉に、アンドレとエリザベスは互いの顔を見合わせる。それから小さく頷くだけの回答を示した。
信じられないかもしれないが、言葉にした以上は実現を目指すべきである。その為には、まずやらなければならないことがある。
その時、
「アンドレ、エリザベス!!!!」
「ぴい」
「とと、きちゃ」
アンドレとエリザベスは慌てた素振りでキクガの背後に隠れる。その直後、ドタバタと慌ただしい足音を立ててアッシュが呵責開発課の作業場に飛び込んできた。どうやら仕事中に連絡を受けて走ってきたようで、自慢の毛皮は汗でしっとりと湿っているし息も上がっていた。
それ以上に、彼の銀灰色の双眸には純粋な怒りと心配という親らしい感情が滲んでいる。オルトレイも「それ見たことか、怒られるぞ〜」と他人事のように言っていた。
こればかりはキクガも助けてあげられないので、
「アッシュ、その、あまり怒らないであげてほしいのだが……」
「いいや怒る、怒るぞオレは。3歳児だってのに脱走の技術だけ一丁前に上達しやがって。母ちゃん泣かす悪い子はおやつ抜きだからな」
「ぴゃああああ!!」
「とと、やあああああ!!」
キクガの背中に縋りついて「ごめちゃい」と懸命に謝るアンドレとエリザベスだが、残念ながらアッシュお父様は聞いちゃくれなかった。お子様だけで自宅から脱走、その上冥府総督府に侵入したとなれば大問題である。『おやつ抜き』の刑罰で済んだだけまだマシだろうか。
アンドレとエリザベスを回収するアッシュだが、子供の狼たちのどこにそんな力があるのか、双子の狼はなかなかキクガの背中から引き剥がすことが出来なかった。むしろキクガの方が引き摺られたぐらいである。最終的に呵責開発課総出でこちょこちょ攻撃を仕掛け、ようやくアンドレとエリザベスはアッシュに回収されていった。
おやつ抜きという刑罰に絶望して泣き叫ぶアンドレとエリザベスを見送ったあと、キクガはオルトレイに問う。
「オルト」
「大きく出たものだが、何か方法はあるのか?」
「その為の異世界知識な訳だが」
「ほう」
オルトレイが興味ありげな眼差しを向けてくるが、まだ語るには早すぎる。今の冥界では準備が不十分すぎる。
「実行する前にやることがある」
「やることか。どんなものだ?」
「君には多大に迷惑をかけるかもしれない。だが実現するには君の協力が必要な訳だが。どうか力を貸してほしい」
そこまで前置きをしてから、キクガは要求を口にした。
「記録課へ転属するには、どうすればいいかね?」
その言葉を聞いたオルトレイは、待っていたと言わんばかりに口の端を持ち上げて見せた。




