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後編

月日が経ち、ある日深夜に突然彼女から連絡が有った。

電話口で聞いた彼女の声は酷く慌てふためいていた。

私はすぐに彼女のもとに駆け付けた。

彼女の顔は泣き腫れて居た。私を見つけると私に抱き着いてきて、胸の中で泣き続けた。

彼女の旦那はトラックドライバーだった。深夜の高速道路。無茶な運転をする違法改造の車。

きっと彼女の旦那は苦しむ間もなかったのだろう大事故。

ただただ泣き続ける彼女に代わり、できうる限り冷静に警察の話を聞いた。

私は震え続ける彼女の手を握ることしか出来なかった。

手続き的な事を彼女の代わりに出来る所まで進めた。

私たちがとりあえず解放された時には既に朝日が昇っていた。

仕事先に仮病を使って休みを申請しておく。普段の行いが功を奏して、疑われることも無かった。

彼女の方もメールで仔細を伝えたようだ。

私たちは言葉数少なく、彼女達が住んでいるアパートに向かった。

家に着くなり彼女は悲しみが再度膨らんだらしく、また私の胸の中で泣き続けた。私に出来ることは彼女が落ち着くまで優しく抱きしめてあげるぐらいだけだった。

幾分か落ち着きを取り戻した所で、優しく話しかけた。

「色々やる事も考えなきゃいけない事もいっぱい有るけど、突然夜中に起こされてそのままでしょ。ひとまず仮眠程度でも良いから寝た方が良いよ」

私の提案に彼女は頷くだけで答えた。

私自身も緊張が解けてきて、眠気を感じ始めていた。

彼女が本当に寝れるかどうかは不明だが、体は休めてほしい。

そうすると私は邪魔になると思い、私は寝室に向かう彼女に向かって言った。

「じゃあ私は一回自分の家に帰るね。起きたらまた連絡して、すぐに来るから」

言い終わる前に腕を掴まれた。その手には彼女とは思えぬほど力が込められていて、かすかに震えていた。

「一緒に居て。お願い」

彼女の願いを無下にするなんて事ができるはずも無かった。

「・・・わかった」

履きかけていた靴を脱いで室内に戻り、掴まれたままの腕を引っ張られるまま寝室に付いていった。

彼女と彼女の旦那が使っていたベッド。彼女はベッドに横になったが、そこに自分が寝転がるのはさすがに申し訳なく、ベッド脇に腰を下ろす。

ベッド脇から手を伸ばすと、彼女は私の手を握りしめた。

彼女はぽつぽつと彼女と彼女の旦那の思い出を語る。少し話しては泣いて、別の思い出を話しては泣いて。

私は相槌を打ち続けるだけしか出来なかった。

やがて、彼女は泣きながらも眠りに落ちた。

何とか寝てくれた事にひとまずの安心を感じる。

私自身も猛烈な眠気を感じて瞼を閉じて暗闇の中で取り留めなく考えた。

こうやって悲しむ彼女を慰めるのも高校以来だろうか。

当然、あの時の失恋とは悲しみの深さがまるで違うが。

彼女は彼女の旦那の事がとても好きだったのだろう。だからここまで取り乱していた。

私には向く事の無かった彼女の愛情。

今後も彼女が落ち着くまでは彼女を支えてあげなければ。

彼女が一番最初に私に連絡してくれて、その役目に私を指名してくれたのは不謹慎だが嬉しかった。

その思いに応えなければ。彼女には早く笑顔に戻って欲しい。

もし、今後も何か彼女を悲しませるような事が起こったら、私はいつでも彼女のそばで支えてあげたい。

今回のように彼女が眠りにつけるまで話を聞こう。

しかし、彼女が今回ほどの悲しみを味わう機会はそうは無いだろう。

肉親の死か、親友の死かそれぐらいだろうか。

彼女にとって一番の親友は誰だろうか、自分だという自負を持ちたい所だが実際はわからない。

私が死んだ時、彼女はここまで悲しんでくれるだろうか。

彼女が悲しんだら寄り添って慰めてあげなければ。

しかし、私が死んでいたら誰が彼女を慰めるのだろう。

こんな何も無い私でも、簡単に死ねない理由が一つ見つかってしまった。

彼女の為に生きなければ。

ぐらり、と天地がひっくり返ったような感覚がした。

暗闇の中、とめどなく考えていた私の耳に声が届く。

「・・・起きて、・・・ねえ、起きてよ」

彼女の悲しそうな声。彼女の旦那の夢でも見てうなされているのだろうか。

彼女が握りしめたままの私の手に、彼女の熱いほどのぬくもりを感じる。

私は目を開けた。

そこは彼女達のアパートの寝室では無かった。

清潔そうな白い天井と周りを囲むように配置されたカーテン。そこは病室だった。

意識を取り戻すと共に全身から痛みの情報が押し寄せる。

それでも何とか横を向くと、ちょうどさっきまでと同じように私の手を握りしめる彼女の手。

彼女はぼろぼろと泣きながら、私の寝るベッドの脇に座っていた。

「あ、おはよう」

そう彼女に伝えようと思ったが、全身が痛みで上手く声が出なかった。

「よ、よかった・・・。本当に、心配したんだからね」

彼女は安堵しつつも、また泣きながら私の手を握りしめた。

状況がつかめぬまま、もう少し周りを見ると、彼女の後ろには彼女の旦那が立っている。

「あれ、生きてる、」

確か彼女の旦那は交通事故で帰らぬ人となったはず。

「何言ってるの、ちゃんとあなたは生きてるよ。本当に心配したんだから」

微妙に彼女との会話に齟齬が生まれている。そもそもなんで私が病院のベッドの上にいるのだろう。

「何も、覚えてない」

そんな私の一言を聞いて、彼女は嬉しいやら悲しかったやら感情が爆発して、怒るように言った。

「何も覚えてないの。こんな大事になったのに」

「・・・ごめん」

「私の結婚式に出てくれた事は」

「大丈夫。そこは覚えてる」

「じゃあ、その帰り道橋を渡った事は」

「うん。覚えてる。そのまま普段通り家に帰った」

「嘘。あなたは橋から飛び降りた。どんな事が有ったのか知らないけど、親友なんだから相談してくれれば良かったのに」

「・・・もしかして、私はあの時、橋から落ちてた」

「だからそう言ってるじゃない」

「あ・・・」

恥ずかしさのあまり体温が上がるのが分かる。どうやら運試しのゲームは失敗していたらしい。

「いや、えーと、違うんだ。その、あの時は、」

しどろもどろであの時、かなりの深酒をしていた事とその橋で運試しを思いついてしまった事を正直に白状した。

しばらくの絶句。

「じゃあ、飛び降りたわけじゃなかったんだ」

「そう。降りたのではなく落ちた」

それで彼女の怒りが収まるかと思ったが、別の方向から怒られた。

「そんなになるまで酒なんか飲まないでよ。本当に心配したんだから」

彼女はまた涙をこぼしながら私の手を再度強く握った。


色々な人の話を統合して私の愚行の顛末が分かってきた。

泥酔した私は欄干の上を歩いていた。その様子を善良なドライバーに見られていたようだ。結果落ちた直後に救急車を呼んでくれたらしい。

落ちた場所も水の有る川の中腹だった事も有り、奇跡的に全身の数か所を骨折する大怪我だけで済んだ。

その見かけたドライバーの証言から飛び降り自殺であろうという話が出来上がったらしい。

そんな話を聞いていれば、彼女のあの動揺ぶりもわからなくはない。

長期に渡る入院。その中でいつもと違う一人の医者がやって来た。

「今大丈夫かしら」

「ええ、ただ暇を持て余していただけですから」

「そう、良かった。私は心療内科の医者なの。貴女の様な場合の時にカウンセリングを行うのだけど、聞いてる話だと必要ないみたいね」

すでに私が事故か自殺未遂かは漏れ伝わっているらしい。本当に恥ずかしい限りだ。

「はは、そうですね。ご迷惑をおかけします」

「いいのよ。こっちは仕事だし。それに貴女のカルテに所見なしと書き込む為にはカウンセリングはしなきゃだし。

改めて、話の顛末を聞かせてくれるかしら」

私は起こった出来事を脚色なく伝えた。医者は時折メモを取りながらも話を最後まで聞いた。

「率直に言うと貴女が嘘を言っているようには見えない以上は、貴女の証言は本当の事だと認識しています。

本当に泥酔して欄干の上を歩いただけなのでしょう」

「本当に、お騒がせしました」

「でも、どうしてそこまで泥酔してしまったのかしら」

「えーと、」

医者は表情を変えずに聞いてくる。正直に話そうかどうか考えて、諦める。

「二次会の雰囲気にのまれた感じ、ですかね。ついつい楽しくなっちゃって」

少しの間を置いて医者は返してきた。

「そう、でもいくら楽しくなってもそんなに飲んでしまっては体に毒よ」

「はい。今回で十分に身に沁みました」

自分が好きな相手が他の奴と結婚をして、二次会では次はあなたの番だと笑顔で言われる。やけ酒をしない理由が見つからない。

しかし、きっとこの想いは誰にも理解してもらえない。目の前の医者はもちろん、彼女にも。

「今回はそうで無かったとしても、もしそんな深酒をするほど考え込む事があるのであればいつでも相談に乗るわ。

と、言っても心療内科は敷居が高いかしら」

自虐的な笑みの医者。確かに心療内科は少し行きづらい。

「・・・」

「それだったら貴女のお友達に相談してみたらどうかしら。貴女のお友達は真剣に貴女の事を心配していたわよ。新婚さんにもかかわらず新郎も放っておいて」

「・・・え、」

そういえばそうだ。私が愚行を犯したのが結婚式の日。次の日目覚めた時には彼女が手を握っていてくれた。

その後も若干の雑談をして、医者は出て行った。

1人残されて、医者との会話を反芻する。そしてしぜんと彼女の事を思う。

彼女は結婚式当日と翌日をどのような思いで過ごしたのだろう。

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。それと同時に嬉しくもあった。


退院後、私のもとを時折彼女が訪れるようになった。

今回こそただの泥酔者の愚行だったが、それでも私が何か心に抱えているのでは無いかと彼女は勘ぐったらしく、時折私の様子を見に来る。

最初こそ私が心配されるだけの会合だったが、そのうち立場が逆転して、彼女の新婚とはいえ発生する小さな愚痴をこぼす会合に移り変わっていった。

私は毎回笑顔で迎え入れる。そして女二人でどうでも良い話をだらだらする。

高校時代から私の心を支配している想いは、決して満たされない。

しかし、この僅かな時間の間だけでも彼女を独占できているという欺瞞で、その想いを騙して満たしているふりを続ける。

私の捻じ曲がった恋心が穏やか落ち着くその日まで。

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