前編
夢を見た。
私が居る。私は何かにまたがり腕を交互に振り下ろす。
殴る。殴る。殴る。
私はあの人にまたがりあの人を殴り続けている。
あの人が壊れるように。
あの人との関係が壊れるように。
あの人の居るこの世界が壊れるように。
殴り続ける私に、横からあの人が話しかけてくる。
「何をしているの」
気が付くとあの人が横にいる。
では私が殴り続けているのは誰だろう。
手を止めるとそこに居るのは自分だった。
私は自分を殴り続けていた。
私が壊れるように。
私とあの人の関係が壊れるように。
私なんかが居るこの世界が壊れるように。
そこで目が覚める。
息を切らせながら飛び起きる。目が覚めた瞬間から夢がおぼろげになっていき、どんどんと詳細が思い出せなくなっていく。
私は夢の中で誰を殴っていただろうか。
もうすでに思い出せなくなっているが、脳内で勝手に補完されていく。
夢の中に居たのはきっと彼女だったのだろう。
私の届かぬ片思いの相手。
なぜそんな夢を見たのかの原因は簡単だ。
テーブルの上、無造作に置かれた結婚式の招待状。
彼女は結婚してしまった。
彼女と初めて知り合ったのは高校の時。
彼女の言動やふとした時の仕草が、私を釘付けにさせた。
彼女と友人になる所までは容易だった。彼女が好みそうな話題をリサーチして、さり気なく話題を振って話についていく。
今から思うとその時の自分は、随分と女々しく健気に頑張っていたものだ。
それだけ彼女に気に入られようと必死だった。
かくして友人、又は親友の地位の獲得まではこぎ着けた。
しかし、そこから先へのハードルは恐ろしく高かった。
私の抱くような感情が少数派である事は十分に理解している。本来ヒトは女が女を好きになったりしない。
口を滑らしてその感情を表に出してしまった事で生じた不利益は、枚挙にいとまがない。
それで友情が壊れた事も、更に虐められた事も有った。
だから新天地の高校ではその鱗片すら見せずに過ごした。全く興味のない男に恋心を抱いているふりまでしていた。
結果、彼女にも知られる事も無かった。
知られる事も無く、そして、知らせる事も出来なかった。
私は彼女に嫌われたくなくて、自分の気持ちを隠し続けた。
その選択が正しかったかどうかと聞かれると、返答に困る。
少なくとも高校の間は彼女の色々な表情を、親友という間近な場所から眺めることができた。
思春期の乙女らしく、彼女は恋人を作っていた時期も有った。
その愛が自分ではない別の奴に注がれている事にもがき苦しみながらも、彼女の恋を応援した。
結局彼女達は別れる事になったが、落ち込んでいる彼女を慰める役得は値千金だった。
私の歪んだ卑屈な愛はそんなちょっとばかりの事でも満たされていた。
無事、親友という立場を崩さぬまま高校卒業となり、別々の大学へ進学した。
その後もちょくちょく連絡を取り合い、たまに会っては朝まで飲み明かした。
社会人になってから若干疎遠になった気がしたら、彼女は男と付き合っていた。彼女のSNSは連日のように微笑ましい恋人達の日常が綴られた。
流石の私の壊れた恋心も完全敗北を悟り、彼女の投稿に偽りなく心から「いいね」を付けた。
失恋の心の穴を仕事で埋める。結果、若干の給与と休日を覆いつくすほどの疲労を手に入れた。
やる事も無く、やる気も起きない休日。
ふと目にしたマッチングアプリを落としてみた。
新しい恋をする。そんな大層な目的意識は無く、ただただ何となく。
基本的な利用方法をざっと目を通して、やはり少数派の生き難さを実感する。
溜息をつきながら、性別を偽って登録してみる。
私が入れた趣味などに応じて、アプリが次々に女性を進めてくる。
数名をピックアップし一覧で表示した時に、自分ながら笑いそうになった。
そこに並べられている女性たちは皆、彼女とどこか似た雰囲気の人。
自分がここまで未練がましいとは思わなかった。
ひとしきり笑った後でアプリを退会した。
そんな未練を自覚しながら友人枠で結婚式に出席をした。
私の為にそこそこに良い席を用意してくれたようで、彼女のウェディングドレス姿を間近からよく見られた。
あの頃と変わらぬ満面の笑みをたたえる彼女はとても美しかった。
隣に立つのが私では無い事に若干の心のざわめきを覚えたが、私が隣に立っていたらここまで多くの人に歓迎されただろうか。
私なんかのちっぽけな恋心を満たすために、彼女のあの笑みを曇らせるような事はあってはならない。
二次会に場を移して、旧友と何気ない会話をしていると、彼女が話しかけてきた。
「今日は来てくれてありがとう。嬉しかった」
「おめでとう。心からお祝いするよ」
「ありがとう。次はあなたの結婚式に私を呼んでね」
「・・・呼びたいのはやまやまだけど、未だに相手すら居ないから」
「でも、高校時代からあれだけモテてたし、今もすごく綺麗だし、探せばすぐに見つかるんじゃない」
「そんな事は無いよ」
「私はあなたの嬉しさいっぱいのウェディング姿を早く見てみたいな」
「その希望には当分答えられそうにないよ」
「えー、けちー」
一瞬だけでも高校時代に戻ったように仲良く会話が出来た。
自分の想いを諦めてしまっていれば、なんてことのない他愛ない会話も、未練たらたらの私には鋭利なナイフのように突き刺さる。
私は私に言い聞かせる。彼女はもう自分の手が届かない遠くに行ってしまったのだ。これ以上待っていても何も起こらない。いい加減目を覚ませ。
そんな理性的な方の私の言葉を代弁するように、二次会の帰り道は時間帯もあって暗く静かだった。
最寄り駅から一人暮らしのアパートまでの10分ほどの道のり。
途中に川に掛かった橋がある。とは言ってもそんな大きな川では無いので、数十歩歩けば歩ききれるほどの橋。
明らかに酔っていた私はその欄干の上にのぼって歩き出した。
足元の20cm程の欄干を挟んで、左側には1mほど下に歩道。そして反対側は5m以上も下に川と川べりが広がっている。
川の水量も少なく運良く川に落ちても川べりの地面と大差無いだろう。良くて大怪我、下手すれば・・・。
酔っていた私には恐怖は感じなかった。どちらかというと運試しのゲーム感覚だった。
川に落ちたら落ちたでそれまでの人生だ。彼女を含め心から私を悼む人は多分居ない。
心の傷をいつまでも抱えて生きるか、さっさとこの厳しい世界に別れを告げるか。
一歩一歩と歩みを進め、気が付けば欄干は終わりを迎えた。
結果、運試しはどっちつかずだった。




