↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/58

7

以下の物語と連動しております。


宿禰凛一編「only one」

http://ncode.syosetu.com/n8107h/


水川青弥編「愛しき者へ…」

http://ncode.syosetu.com/n0724i/


藤宮紫乃編「早春散歩」

http://ncode.syosetu.com/n2768i

7、

 凛一が帰国してからのしばらくは、あまりの空虚さに食事も取れないほど落ち込んで仕方なかった。

大学院に行っても研究もレポートもやる気が起こらず、意気消沈した俺を見かねて傍らのジャンがハッパをかける。

「おい、ケイイチ、しっかりしてくれよ。そりゃ確かにリンイチはクールビューティだしかわいいからおまえが心配するのも愛玩するのもわかるが、案外おまえよりもしっかりしているぞ。いい加減弟離れしたらどうだ」

「…わかってるよ」

 親切心だとはわかっているが、聞き飽きたお説教だと、うんざりした。

 俺が落ち込んでいるはそういうことじゃないんだ。

 あの子が傍にいない。ただその事実が俺にとっては光を失ったと同じであり、盲目のまま彷徨っているようで何も見えないんだ。その暗闇に早く慣れてしまわなきゃいけないとはわかっているのだけれど…


 長い夜を独りで居ると、益々思いは募る。

 居ない事がわかっていても部屋の隅々に凛の姿を追う。

 皿を洗いながら笑っていた姿や、ソファに座り俺の顔を見て夢中になって喋り続ける顔、俺の膝枕でうとうとと目を閉じようとする横顔やら…至る所に凛の残り香が俺に纏わり付いて仕方がない。

 いっそ生霊でもいいから、傍にいてくれないか、凛…


 あいつが居ないだけでこんなに辛いのなら、なにも望まないからただ傍にいてやれないものかな…そう思って凛一と寝ていたベッドに身体を埋めると、あいつの匂いが染みこんでいる様で、途端に欲情に火がつく始末。…どうしようもない。

 目を閉じて凛一を思い浮かべる。

 凛一を抱く夢を見たい。

 抱きしめ、愛撫し、中に入れ、到達する。

 それから…

 それから…なにが残る。

 俺の思考はそこで止まる。

 一体全体この愛はどこへ行き着ければ満足なのだろう。



 4月14日、凛一の誕生日のお祝いを直に言いたくて滅多に掛けない電話をした。

 突然の電話に凛は驚いた様子だった。だがいつもとはなんとなく様子が違う。

「慧、ありがとう…今、ミナがうちに来ているんだ。プレゼントを貰ってね。ケーキを食べてるところだったんだ」

「そう、か…うまくいったんだね」

「うん、兄貴のアドバイスのおかげでね」

「良かったな、凛」

「うん、俺、幸せだよ。精一杯尽くしてミナを幸せにしたい」

「おめでとう…」


 胸がキリキリと痛んだ。

 わかっていた。

 凛が本気で欲しいと思ったら確実に掴み取るし、あいつの思いはいつも一途だから…だから、あいつは恋人を幸せにするのだろう。

 凛一の幸せはそこにあるのだろう…

 わかっていた…


 その夜は眠れなかった。

 昔、梓と良く話した源氏物語の「葵上」を思い出していた。

 高校の時、校外授業でその能を見たことがある。

 恐ろしい般若の面(おもて)を付けたシテが打杖を持って小袖、つまり葵の上を打つ場面は、生霊と成り果てた六条御息所の愛するが故の嫉妬と執念の凄まじさを描いている。

 いくら呪ったところで愛する者は戻ってこないとわかっているのに…と、当時俺は六条御息所を哀れだと思っていた。しかし、今なら彼女の思いの強さがわかる。

 だが、俺は般若の面を付けたくはない。嫉妬に狂った鬼女にはなりたくない。

 俺の想いを憎しみに変えないでくれ。

 俺はペンダントを握り締めながら、必死で祈った。

 

 どうか美しいままの薔薇を咲かせて欲しい。



 サマータイムには凛一の元へ帰ることを約束していたが、凛一がそれを望んでいないのならここへ留まろうと院での予定を立てていた。

 だが、凛一からは、「いつ帰ってくるのか?」「早く帰って来て」と、再三請い願われ、俺は仕事を早々に切り上げ帰省の支度をした。

 俺を待っていてくれるのは嬉しい事には違いないが、恋人のいる凛一をリアルに見るのも辛い気がしてくる。

 複雑な気持ちで成田に着くと、到着ロビーで待つ凛一を見つけた。相好を崩して俺の胸に飛び込んで来る凛一は何ひとつとして変わっていない。俺のこの何ヶ月かのわだかまりは一体なんだったのだと、ふさいだ気分が一遍に吹き飛んでしまった。


「慧、お帰りなさい。っていうか遅いよ。もっと早くに帰れるかと思ったのに」

「ゴメン。コンペのプレゼンを頼まれてしまって、色々とね…遅れたんだ」

「約束じゃ七月には帰れるって言ってたじゃん。待ち焦がれたよ」

「じゃあ、罪ほろぼしに休暇中は食事の用意は俺が引き受けるよ」

「マジで!良かった~自分の手料理にも飽きていたところなんだ。慧が食事を引き受けてくれるなら、俺は存分に勉強に専念できる…な~んてね」

「…ちゃっかりし過ぎだろ、凛」

 

 調子がいいのは俺の方だ。

 緩んだ顔が戻らないでいる自分自身に呆れたのは言うまでもない。





筆者のBLブログ「auqa green noon」はこちら。

http://arrowseternal.blog57.fc2.com/

イラストも多数ございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。