6
以下の物語と連動しております。
宿禰凛一編「only one」
http://ncode.syosetu.com/n8107h/
水川青弥編「愛しき者へ…」
http://ncode.syosetu.com/n0724i/
藤宮紫乃編「早春散歩」
http://ncode.syosetu.com/n2768i
6、
休日は凛一と観光地に行ったり、車で遠くの郊外に出かけたりした。
凛一は何を見ても感嘆の声をあげ、好奇心の体で目を輝かす。その様子を見ているだけでこちらも楽しくて仕方がなくなる。
とりわけ、彼のお気に入りの教会や古いゴシック建築物になると、時間など忘れて見惚れている。
「凛、おいで。そこばかりに囚われていちゃ次に進めない。一日の時間は決まっているんだからね」
「わかってる。でももう少し…ねえ、なんであのトレーサリーはあんな形なのかな~普通はもっと組み合わせをモダンにするのだけどね…それから見て、あの鳥籠、光の入り具合がすごく綺麗…ああ、あそこの模様も気になる。星型のヴォールトが見事だ。見てくる」
小走りで向かう凛一の背中を見送る。こうなると凛一が飽きるまで待つ他ない。
俺はひとり礼拝席で凛一の姿を見守る。
全神経を尖らせて見たものすべてを吸収しようと一心不乱になる凛一を俺は見つめる。
ステンドグラスに描かれている聖人は聖フランチェスコ。
主よ、私に求めさせてください
憎しみのあるところに愛を
罪のあるところに赦しを
絶望のあるところに希望を
闇のあるところに光を
慰められるよりも慰めることを
愛されるよりも愛することを…
ならば、彼の為に死ぬることを幸いと呼ぼうか
スティグマなどいらない
彼の中で生き続けられるのだから。
「ねえ、慧。さっきの聖堂、すごく良かった気がしない?
「梓の聖堂に使えそうかい?」
夕焼けの太陽に向かって走る車の中で、凛一は先程の余韻に浸っているらしく少々熱が高い。
「う~ん、梓には完璧なゴシックよりロマネスク様式を取り入れたほうがいい。それとビザンティン風にね。その方が梓らしい。バシリカも短めにしてさ。兄貴そういうの作れるの?」
「俺の仕事は環境に合わせた近代建築だからなあ。専門じゃないけれど…凛一が色々と勉強して基礎構造から図面を書いてみろよ」
「そんなの…無理に決まってる。あんな、幾何学的な建築は無理だよ」
「だから勉強するんだろ?大学を建築方面に考えているのなら、協力するけれど…」
「大学かあ…まだ全然考えてないよ。俺、あんまり頭良くないし、慧みたいにいい大学に行けそうもないし…」
「凛一は俺よりずっとすぐれている」
「え?」
「って、梓がいつも俺に言ってた。あいつの凛一贔屓は俺以上だったからな」
「そうは見えなかったけど…梓はそっけなかったからさ」
「俺がおまえを猫可愛がりすぎていたから、梓は距離を取ってバランスを図っていたんだよ。あいつの方が理性があるし頭が良かった」
「梓の話してくれる物語は今でも良く覚えているんだ。すべて面白かったもの。元々梓はシェヘラザードの生まれ変わりって自分で言ってたからな」
「あいつの作り話の緻密さには、俺もさすがに感心したけれど、ところどころ辻褄が合わなくてさ。おまえに聞かせてやっている隣で笑いそうになったよ」
「俺は子供でそういうのは判らなかったからな。梓の作る物語には不思議な力があったよ。…生きていたら、売れ筋の物書きになっていたかもね。何ひとつ残さないまま死んでしまうなんてさ…残念で仕方ないよ…」
「凛…梓のことを話すのはいいけれど、いい思い出だけにしよう。生きていたらなんていうのは…寂しすぎるから、ね」
「うん、わかってる」
その後、俺と凛一は家路に着くまでずっと黙り込んでいた。
お互いに昔の思い出に浸っていたからかもしれない。
俺たちの共有するものが、もっと増えていけばいい。
そして、俺たちだけのものなればいい。
凛一の帰郷が近づいてくる。傍に居ることがあまりにも当然すぎると、去っていく喪失感を想像できないでしまっている事に気づく。
凛一がいなくなってしまうと相当に堪えるのだろうと、苦笑いで顔が歪む。
目の前には凛が居るのに…
凛一がシカゴを去る前夜、凛一は俺に相談を持ちかけた。
付き合っている恋人への悩みを吐露する凛一に、胸中穏やかではいられなかったが、なにしろ凛一のしょんぼりした様子があまりにも可哀相に思えて、俺も殊更元気づけた。
「正真正銘の恋」「本気で愛している」という、凛一の相手を俺は憎みたくはない。
凛一が幸せになれるなら、俺の想いなど報われなくてもいい…何度もそう誓ったはずだった。
共に眠るベッドの中で凛一は、「俺の慧への愛は変わらないよ。たとえ、俺がミナを愛したとしても、慧への愛情が微塵も減ったりはしない。慧と俺の絆は特別だもの 」と、言う。
凛一はそれを俺への敬意のつもりで言ったのかもしれない。だが、その言葉は俺の胸を切り刻んだ。 頼むから俺との絆と、その恋人との愛を同じ秤に載せないで欲しい。
おまえに愛されるその恋人と、報われぬともすべての愛を注ぐ俺では、何もかもが違いすぎる。
俺は残酷な言葉を吐く凛一の寝顔を見つめ、そして抱きしめる。
「一時の恋なんかすぐに飽きるに決まっている。お互いの心が離れ、別れ、傷つき、そしておまえが帰ってくる場所は俺の腕の中でしかないんだよ、凛…」
憎しみのあるところに愛を?
…無理だ。俺には憎しみは憎しみでしかない。
翌日、別れのターミナルで俺は凛一に、先日買った恋人たちのペンダントの片割れを、誕生日プレゼントとして渡した。
素直に感動し涙をみせる凛一に俺は狼狽した。
このペンダントを凛一に渡すことを俺はずっと躊躇い、何度も諦めていた。
こんなに欲望をしたためた証を、凛一に渡して、そしてその心が手に入るのか?
そんなことを俺は望んでいるのか?
凛一を恋人に盗られたくない。その一心でしかないのだろう?
そんな想いを込めた代物に涙する凛一があまりにも哀れに思えた。
俺は酷く後悔した。
涙を堪えて「行ってきます」と、握手をする凛一を、俺は瞬きさえ忘れて見つめていた。
「元気で。ちゃんと、食べるんだぞ…」
俺の別れの言葉に精一杯笑って応えた凛がいとおしくて…たまらない。
ゲートに消える姿を確認した後、俺はラウンジの奥でひとしきり泣いた。
「凛一、愛している…」
何度も、何度もそう呟いていた。
筆者のBLブログ「auqa green noon」はこちら。
http://arrowseternal.blog57.fc2.com/
イラストも多数ございます




