6仕事め:そして続いて行くのです
何が出来るかな、と思っていたら、ふと大きなテーブルが目に入って閃いた。
「じゃあ、せっかくだから、ここで食べられるように準備していい?」
台所に置いてあるテーブルは作業用だけど、食堂から椅子を持ってくれば十分に食べられるスペースがあるんだよね。
揚げ物なら、美味しい揚げたてを食べるためにもなるべく近くで待機してた方がいいと思うし、うん。
食いしん坊?なんとでも言えー!
「それは、良い案ですね。了解いたしました」
フォルテが言ったとたん、テーブルのそばに瀟洒な椅子が三脚現れた。
さらに、三人分のスープ皿やお皿、箸やらフォークやらのカトラリーまで飛んでくる。
あ、あれ、自分で運んでくるつもりだったんだけど……。
とはいえ、こんな風に準備しているのか、と感心しつつ、私はせっせとお玉で三人分のスープを注ぎ、二人にも付け合わせのキャベツやら作り置きのピクルスやらを出してお皿によそる。
ユタは断固としてポテトサラダから離れなかったので、大皿に移す係に任命した。
後はソースなのだがと、私がフォルテに聞こうとした矢先、じゅわっと油がはじける音が響いた。
オリーウオイルの果物みたいな匂いがキッチンに立ちこめる中、フォルテは手際よく大葉を揚げているところだった。
ほんとおいしいんだよ、大葉の天ぷら。
大葉ってすごい生命力が強いから、水だけ切らさなければ、放っておいても元気に育つんだ。
だからさ、働いていた時の殺人的な忙しさの中でもそだてられたんだ。
ちょっとそうめんとかゆでたときに刻むとうまいし、大葉を揚げたのはお酒の当てにうまい。めっさうまい。
そしてすぐにしなりとしちゃうからお惣菜コーナーでは売ってないんだ。手作りの特権だ。
「天ぷらが揚がりました。先にお召し上がりください」
その声で行儀良く座って待機していたハルとユタが、待ちきれない様子でそわそわする。
私もひさびさの揚げ物にわくわくを抑えきれずに、フォルテから天ぷらをのせたお皿をもらって席に着かせてもらった。
「はい、ではお先に!」
「「「いただきます!!」」」
その声とともに、箸やらフォークやらが一斉にてんぷらへ伸びる。
まず大葉の天ぷらをさくりと口に入れた。
思いつきで作ったにもかかわらず、意外にも衣はさっくりとしていて、大葉とオリーウの香りが鼻に抜けていく。
ほどよい塩味とともに味わえばもう至福だ。
と言うか衣うまい。やばい。
「たまねぎあまーい!」
「てんぷらって、おいしいね一葉ちゃんっ」
真っ先に甘い天ぷらへ手を伸ばした二人も幸せそうだ。
ちょっと前までは、この二人、獣属性若干入ってるけどネギ類大丈夫なのか?と心配になったものだが、どうやら普通に食べて大丈夫らしい。
とあうかおいしそうな二人のを見て我慢出来ず、私もすぐにタマネギの天ぷらにかぶりついた。
熱々のさくっとした衣から出てくるのは柔らかいタマネギだ。
塩味の利いた衣は何にもつけなくても味がある。
かき揚げというといろんなものを混ぜ込むけど、タマネギオンリーにしたってうちの野菜は主役張れる甘さと柔らかさをほこっているのだわっはっは!
というかオリーウオイルの香りでもはやすごい上品な味わいになってるし。
「うまい、久々の天ぷら、贅沢……!」
ああ、日本酒でくいっといきたいなあ。けどないからなあ……。
「エクストラバージンオイルでございますので、香りも段違いですね」
さらっと言ってくれたフォルテに、私はあのごっそり毛抜けの衝撃光景を思い出したが、全力でもみ消し、ポテトサラダに手をつけることにした。
のだが、早くも半分に減っていた。
原因はハルとユタだ。
ほっぺを膨らませてもしゃもしゃしている二人にあっけにとられた。
「これおいひいねいひはちゃん」
「しゃべれてないけどわかったから、とりあえず口に物を入れたまましゃべるのはやめようね」
頬を桜色に染めてのみこんだハルの横では、ユタはもはやフォークでポテトサラダをすくって口に運ぶマシーンになっている。
何にも言わないけれど、もうその表情がきらっきらと輝いていることでおいしいのは明白だ。
「ユタ、次にトンカツがくるから、食べるお腹を残しておくのよ」
言いつつユタが抱えているお皿からさりげなく中身を強奪して、1口たべた。
だって!私もポテトサラダ楽しみにしてたんだ!!
子供はと言うより、油と酸味とクリーミーに混ざったマヨネーズがほろりとほぐれたじゃがいもにまとっていてクリーミーな味わいになっていた。
所々ごろりと残っているじゃがいものほっくりした食感が時々酸味を中和し、さらにはハムのうまみで新たな境地に達して、タマネギやきゅうりの食感で飽きさせない魔の食べ物になってる。
と思ってる間にいつの間にかポテトサラダがなくなっていた。
おかしい。こんなにさくさく食べられるものだったのか!?
「トンカツが揚がりました」
愕然とすれば、フォルテがこちらまで来て、私のテンションは一気に上がった。
いやもう揚げ物の匂いでお腹ががんがん空いていたんだもの。
テーブルまで見事な狐色に揚がったトンカツを持ってくると手際よく切り分けてくれる。
ざくざくと衣が切られる音までおいしそうだった。
「天ぷらの後にラードを追加いたしましたので、軽い食感になっているかと思います」
フォルテが包丁にのせて、お皿のキャベツの上にのせてくれる。
私ははやる気持ちをおさえながら、マヨネーズとケチャップを混ぜた物をとろりとかけた。
トンカツソースはもうないから、代わりになんちゃってオーロラソースである。
いつかウスターソースと一緒に作ってやるんだ。
決意しつつ、私は箸を伸ばして一切れをつかんで口に運ぶ。
フォルテが包丁を入れたときも思ったけど、かじったとたん揚げたて熱々の衣が、ざくざくと香ばしい音をたてる。
ジュワッとあふれる肉汁でやけどしそうになった。
でもはふはふしつつかみしめるたびに、あふれる肉汁とオーロラソースが口いっぱいに広がる。
それは紛れもなくトンカツだ。
向こうにいたときに食べていたよりもずっとおいしいトンカツだ。
確かに衣がざくざくしていて、ちょっと油っぽいなーと思ったら付け合わせのキャベツのしゃきしゃき感でリセットすればどんどんいける。
懐かしきいつもの味に私がしみじみ浸っていれば、ハルが幸せそうにぷるぷると震えていた。
「これが一葉ちゃんが食べてたトンカツかあ。油がじゅわって幸せだねえ」
「こんなにおいしいもの、はじめてたべた……」
ユタの方は、もはやどう処理していいかわからない様子で呆然としている。
すさまじき、揚げ物の魔力だ。
「ゆっくり味わえばいいよ」
ユタはこっくりとうなずくと、一口ずつ口に入れてはほわっとした顔をしていた。
かくいう私も一切れ一切れ味わって、ゆっくりとお腹に納めていく。
だってパン粉はもう使い切っちゃったから、いつか小麦粉が手に入ってパンが焼けるようになるまではお預けだもの。
でも、これがまた食べられるようにするために、頑張ろうって思うんだ。
モチベーションはものすごく大事。
……まあ、まずは種子の入手からだけど。
改めて決意をいていれば、調理を終えたフォルテが、私たちのテーブルに近づいてきた。
「ご満足いただけましたか」
「もちろんよフォルテッ。すっごいおいしい!ありがとうっ」
「おいしい!」
「恐れ入ります」
ハルとユタが仲良くほっぺたに衣をつけながら満面の笑顔で言えば、フォルテは軽く頭を下げると私へと向き直る。
「本日使用した油は、何度か料理に使った後、石けんの材料として再利用いたします。」
「フォルテ、石けんまで作れるの!?」
「はい、灰汁の作成に少々時間がかかりますが、以前の幽玄城でも生産しておりましたので、レシピがございます。油の余裕ができましたので、イチハ様方が使われる洗髪洗顔用の石けんも生産いたしますか」
「是非お願い!」
こっちに来てから汚れる一方だったから、石けんの在庫は心配だった。
体をきれいにすることだけは外したくない身としては、思わぬ副産物に躍り上がりたい気分である。
ついでにオリーウオイル100パーセント石けんとか贅沢!
「さらに、イチハ様方が回収してくださったオリーウノキの蔓で挿し木ができますので、これ以降は定期的に植物油脂の確保が可能です」
「え、あれ、増やせ、というか栽培できるの?」
「はい。恒常的に日向があれば移動はせず、時折歩き回るだけですので、逃げ出さぬように囲いを作れば勝手に育ちます。囲いはワタクシが作成できますので問題ないかと」
「やっぱり歩き回るんだ……」
あの珍妙な植物が歩き回る姿と、採集作業はちょっと気が遠くなるが、石けん欲しいし、また揚げ物食べたいし、マヨネーズ欲しいし、頑張る価値はある。
「こんどはあたしも手伝うからね、一葉ちゃん」
たぶんあんたは真っ先にぐるぐる巻きにされる気がする。
とふんすっと気合いを入れるハルに私が苦笑いをしていれば、フォルテがそわそわとしていることに気がついた。
「どうした、フォルテ」
「その、昨日の、お話なのですが」
「昨日……ああ、なにかして欲しいことがないかってあれ?」
「あれから考えまして、恐れながら二つほどお願いしてもよろしいでしょうか」
フォルテが落ち着かなさそうに視線をさまよわせながら言うのに、私とハルは顔を見合わせて、一気にフォルテへ身を乗り出した。
「なになに! フォルテ、おしえてっ」
「一つ目は、中庭に、こちらの種を植える許可をいただきたく」
そっとフォルテが取り出したのは、小さな紙袋の数々だった。
袋にはきちんとした文字でその植物の名前が書いてある。
「以前、中庭に植わっていた果樹や草花の種にございます。お二方が許してくださるのであれば、また育成させていただきたいのです。なので、恐れ入りますが中庭を畑にせずに果樹園にさせていただきたいのですが」
「とっておいてくれたなんて嬉しいよ、フォルテ、ありがとうっ」
「え、すごいじゃないか、今すぐやろうよっ植えよう。果物食べたいし!」
「よろしいのですか」
ハルと私が口々に言えば、フォルテは拍子抜けした様子でつぶやく。
そりゃあ当たり前じゃん。
「フォルテは自分に任された仕事を十分にやってるんだから、自分のやりたいことをやってもいいと思うのよ。それにハルからフォルテが手入れをした庭がすごくきれいだって自慢されていたから、見てみたい」
フォルテが私とは違う原理で生きている、というのは今まででも十分にわかった。
うすうす、彼が仕事が大好きで私たちの役に立つことが生きがいっぽいみたいなのも感じている。
けれど、やっぱり仕事だけと言うのも良くないと思ってしまうわけで。
心と体の調子を整えるためには自分のために使う時間、も大事だと思うから、フォルテが「やりたいこと」を主張してくれたのがほっとしたのだった。
それが地味に私たちに役に立つことなのが嬉しいやら申し訳ないやらなんだけど。
ぶっちゃけ、体の栄養が足りても心の栄養が足りなければ調子を崩してしまうので、なおさらありがたい。
フォルテはすみれ色の瞳を瞬かせた後、頭を下げた。
いつものことと言えばそうなんだけど、その仕草は、なんとなく照れを隠しているように思えた。
「かしこまりました、イチハ様方の目を楽しませられるよう、丹精を込めてお世話をいたします」
「ねえフォルテ、もうひとつはなに?」
ハルがわくわくと問いかければ、フォルテは何かをためらうみたいに沈黙した。
「頭を……」
「?」
「その。ワタクシがよりよく使命を果たせた暁には、時々頭を、撫でていただけないかと。ユタのように」
「ふみゅ?」
ポテトサラダをむぐむぐしていたユタがぴくんと獣耳を揺らして顔を上げる。
口にしたことすら後悔するように目を背けるフォルテの頬に、わずかにだけど赤みが差しているような気がした。
つまりさっきの間は、言いづらかったとか、そういうこと?
それに気づいたらなんか、少し遠く感じていたフォルテがちょっぴり近しく思えた。
子供のようでいて、そうじゃない彼と私の今の距離的には、上司と部下の関係が一番近いのかも知れない。
いつか家族になれたらいいと思いつつ、今の私が言うことは一つだ。
「もちろんだよ。いつもありがと、フォルテ」
私は手を伸ばして、フォルテの銀の混じった黒の髪を撫でてあげた。
ちょっと堅いのかな、と思っていたけどハルに負けず劣ら図柔らかくてさらさらだった。
うう、いいなーいいなー。私の髪はまっすぐなだけだからなあ。
ちょっぴりへこみつつフォルテを撫でたら、表情は変わらないけれどすんごく嬉しそうだった。
あからさまではないのだけど、かみしめている感じはなんだかフォルテらしい。
「んじゃあ、お皿を片付けたら、フォルテの持ってた種を植えようか。まずは植木鉢から」
「いつかは、果物をたべられるようになる?」
「うん、まあ、実が生るのは再来年だろうけどねえ」
「あの木の下でまたお昼寝できるようになるの、楽しみだなあ。早く大きくなるといいなあ」
テンション高めのハルとたちとともに、その午後は久しぶりの種まき作業に入ったのだが。
「……あれ、ハル、なんか土に植えたとたん、芽が出てない?」
「ハル様、さきほど権能の光が輝いておりましたか」
「ちょ、ちょっとだけ、よく伸びるようになるといいなあって、思ったら、漏れちゃったみた、い?」
「イチハさん、イチハさん。こっちのオリーウノキもうねうねしてる!」
「え、ちょっまた歩こうとしてる!?」
「ひゃああああごめんなさああああいい!!!」
ハルから漏れ出た権能の光によって急成長したオリーウノキに案の定ハルは捕まり、なんとか取り戻そうと奔走する羽目になったのだった。
紆余曲折ありつつも、少年執事との距離も縮まりまして。
猫で美女な邪神さんとのスローライフ的サバイバルは、今日もにぎやかに過ぎていくのでありました。
申し訳ありませんが、長期休載にいたします。
詳しくは活動報告(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/117909/blogkey/2081493/)にて。
今までのご愛読、まことにありがとうございました。




