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5仕事め:久々のお肉は豪快に

 

 はからずとも巨大なお肉が手に入ったとはいえ、運搬をどうしようかと途方に暮れていたのだが、やっぱり頼りになるのはフォルテだった。


「獲物の処理は時間との勝負でございます。こちらの道具をお使いくださいませ。こちらまで運んでくだされば最高の状態で解体いたします」


 しゅぱぱぱぱっと用意してくれたのは収穫でもお世話になっている、なんでも入るトランクだ。

 タイラントボアですら一瞬で吸い込まれておうふとなったね。


 ともかく急いで運搬して屋敷の庭に出せば、フォルテ無双が始まった。

 冷却用の石だというきれいな結晶で、一気にタイラントボアを冷却したと思ったら、お湯をぶっかけて、毛をむしり取って、刀みたいな包丁でばっさばっさとタイラントボアの皮をはいで……というか、そうか、庭までは屋敷の範疇だからフォルテは自由に行動できるのか。


 わりと血とか内蔵とか、ばさばさと出てきたんだけれど、ほぼ夜通し働いて疲れ切っていた私は吐き気をもよおす元気もなく、普通に眺めていられた。

 というか、見ている最中に寝落ちして、気がついたら自分の部屋でユタとハルと一緒に川の字で眠り込んでいたのだ。

 明らかにフォルテに運んでもらったやつである。


 うわあ、ごめんありがとう。


 とはいえ、眠る前には気がつかなかったけど、全身草の汁とか汗だしだし、からだには細かい傷もついていた。どろっどろのまま眠っていたとかやばい。

 ハルも私と変わんないし、ユタもかろうじて手足の肉球は洗われていたけど、似たようなものだった。


「よし風呂入ろうか」

「お風呂ッ!!」


 ぽんっと銀色の猫耳を尻尾を出して喜ぶハルとユタとお風呂に入って汗を流し、服をぽぽいっと洗濯だ。

 お風呂は、うちの備え付けバスではなく、屋敷の方のどこのホテルですか?な大浴場を使っている。

 水だけは心配がいらないおかげでできる唯一の贅沢だ。


「はにゃーん……」


 猫姿で私に抱えられて湯船につかるハルののび方はもはや餅だ。

 人の姿で浸かってもいいのに、お風呂は猫がお気に入りらしい。

 一回目はすごく警戒していたユタだけど、もうすでに温かいお風呂の虜で、私の隣でユタと同じ感じでははにゃーんとしているのをみるのは、なんとも楽しい。


「あの、あの……」

「んー?」


 私も一緒に伸びきっていれば、改まった調子で声をかけられて、首を巡らせれば、お風呂の中で神妙にこちらを見るユタがいた。

 湯船の中で、そわそわと尻尾を揺らめかせながら、ユタはこちらをそっとうかがってくる。


「めがみ様は、ふたり。なのですか」


 その視線が行き来するのは向かい合った私と、私の膝にいるハルだった。

 ユタがそう聞くのは、たぶんきっとあのハルの光景を見たからだろう。

 あれをみたら、ハルが神様だって一発でわかるような荘厳さだった。 

 いやでも、そこで何でまだ私も女神様くくりに入るかなあ。


「ユタ、私は女神なんてものじゃないのよ。あんたと同じ……でもないけどただの人間」


 獣族(アニマ)と一緒、といわれるとちょっと語弊があるな。だんぜんユタの方が強いだろうし。

 居心地の悪さを頬を掻くことでごまかしつつ、私は言ったのだけど、ユタはゆるゆると首を振った。


「でも、めがみ様はわたしのことを助けに来てくれました」


 そうして、ユタは私たちをおずおずと見上げたのだ。


「わたし、ここに、ここの子になってもいいの?」


 意を決したユタの言葉に、私の膝から降りたハルが、ぽんっと煙に包まれて銀髪ゆるふわ美女に変わる。

 そうして満面の笑顔でユタをぎゅっと抱きしめたのだ。


「もちろんだよ! ユタちゃんっ。これからもよろしくねっ」

「ふみゅっ……ありがとう、ハルさん」


 ハルのわがままぼでぃにつつまれたユタは目を白黒させたけど、私をしっかり視線を合わせる。


「よろしくお願いします、イチハさん」


 犬歯をちょっとのぞかせてはにかむユタは、めっちゃかわいくて。


「も」

「も?」

「もおぉこのこはあぁあああ!!!」


 かわいすぎか!

 私はほわほわこみあげる衝動のまま水しぶきを立てて二人の輪に加わったのだった。







 *







「ほれー乾かすぞー」

「ふにゅうう……」


 ドライヤーを使って気持ちよさそうなユタの髪の毛と耳を乾かしていれば、フォルテが現れた。


「おはようございます、昨夜は大変お疲れ様でした。ささやかながら祝杯としてお食事をご用意いたしました」



 おしょくじ。その単語を聞いたとたん、盛大な腹の虫が鳴り響いた。

 私とユタのものだ。いそいそと屋敷の食堂に案内されてれば、私とユタは同時に目を輝かせたと思う。

 なんて言ったって、真っ白いお皿にどーんと鎮座していたのは、見事な焼き目のついたステーキだったのだから。


「ああぁぁ……!」


 久々すぎる焼けたお肉のにおいに、もはや私の言語中枢と食欲中枢が崩壊した。

 焼き目とかばっちりすぎるし分厚さとかほんと重量感たっぷりだしお肉だお肉だお肉だお肉だ!


「昼食としては少々重いかも知れませんが、しっかりとした肉の食感が恋しいのではないかと思いまして。ただいまその他の部位は保存用にベーコンやハム、ソーセージに加工予定です」

「お肉だ……あ、ごめん、ありがとフォルテ! 後で作業手伝うよ」

「お気になさらず、ワタクシの使命でございますれば」


 完全に肉に我を忘れかけて少々恥ずかしくなったが、ふと隣をみればユタも口元からよだれを垂らさんばかりに釘付けになっていたので安心した。

 あ、というかよだれちょっとたれてる。


 付け合わせのふかしたじゃがいもに、レタスとトマトとキュウリを中心にした野菜はつやつやとしていて、さらに食欲をそそられた。

 いそいそとそれぞれの席に着席し、フォルテがいつもの定位置についたのを確認した私は、こほんと咳払いをした。


「では皆さん、畑の憂いがなくなったことを祝いまして!」

「いっただっきまーす!」

 一斉にフォークとナイフを手に取るのを横目に見ながら、私は意気揚々と目の前のステーキ肉にナイフを入れた。

「十分に塩水で血抜きをしたのち、ワインに付け込んで臭みを抜いておりますので、さほど癖はないかと」

 フォルテの言葉を聞きながら、切り分けた一切れにソースを絡め、大きく口を開けて放り込む。


 野生のお肉は臭いと聞いていたから覚悟していた。お肉ってだけでごちそうだと。

 けれどじゅわっとした油のおいしさと、豚に似た風味にどこか野生の残った弾力のあるお肉に私は多幸感に満たされた。

 ニンニク植えて良かったとこのときほど思ったことはない。

 ガーリックとタマネギのソースが絡んだお肉は、よく引き締まった繊維はかめばかむほどお肉のおいしさがしみ出てきた。


「ん――っおいしい――――っ!!」


 じたばたじたばたと身もだえながら次々にステーキを攻略していけば、背後から見計らったようにフォルテの声がかかった。


「おかわりもございま」

「「おかわり!!!!」」


 同時に空になったステーキのお皿を出した私とユタに、フォルテが珍しく面食らった顔をしたのがおかしい。

 私は思わずユタと顔をあわせて笑いをかみ殺したのだった。




 さすがに、私はステーキの一回お代わりでおなかが落ち着いたのだが、ユタはその後も二回三回とお代わりを重ねた。

 その食べっぷりには本当に感心するばかりで、私は久しぶりに満たされた気分に浸っていると、ユタははふうと満足げなため息を漏らす。

 たまねぎソースにじゃがいもを絡めるのも背徳的でおいしかったし、さっぱりとしたサラダが口休めになって最高だしもう疲れなんて一気に吹っ飛んだ。

 とはいえ、なんか妙に重だるさは残ったので、今日は全面的に畑作業もお休みにして、私たちは久々に部屋でごろごろしていた。


 私が我が家の居間でのんびりとこの世界の本を広げていれば、するりと猫のハルがすり寄ってきた。


「一葉ちゃん、寝ないの?」

「んーなんか、さっきたっぷり寝たからどうにも寝付けなくてねえ」


 横を見れば、たっぷり食べたユタは気持ちよさそうに昼寝をしている。

 それをみていると、なんだかもう心まで満たされる感じがしてまあいっかってなるのだ。

 猫のハルをみていても同じことを思うから、もはや性分なのかも知れない。


「ついでに読みたい本もあったからね」

「そっかあ、じゃああたしがひっつくね」


 宣言通り、ハルはするりと私の太ももを占領した。

 ちょっと読みづらいんだけれど、膝が温かいのはちょっとうれしい。

 くるくる回ってちょうどいい案配の位置を見つけたハルが、目を閉じる前に、私はこの際だからと聞いてみた。


「ねえ、ハル」

「んーにゃあに」

「あんた、なんでユタをあれだけかまったの?」


 はやくもうとうとしていたハルだったけど、すぐにはぱちぱちと瞬いて私を見上げてきた。


「そりゃあ、子供だったけど、警戒心の強いあんたにしては意外な行動だったなーと。というかあんだけしっかりかまうことができると思ってなかったというか」


 わりと失礼な言い方かも知れないけど、ハルはものすごく人見知りをする達だと思っていた。

 時々庭に訪れる野良猫やら鳥やらと窓越しに対面することもあったが、たいてい姿が見えた瞬間逃げていた記憶がある。

 だから、ユタに自分から積極的に関わって言ったことに驚いたのだ。


「ええと、その。そのね。昔、一葉ちゃんに拾われたことを、思いだして」

「私?」


 面食らっていれば視線をさまよわせていたハルは、藍色の瞳でおずおずと私を見上げた。

 猫の表情でもわかるくらいとても気恥ずかしげに。


「あの頃のあたしは、頼れるものなんて何にもなくて。でもずっと心細くて。でも一葉ちゃんに拾われて、すっごく安心したの。だから、今度はあたしがユタちゃんを安心させてあげなきゃーって思ったの」


 落ちつかなさそうに尻尾を揺らめかせるハルは、にゃははと気まずそうに笑った。


「でもねえ、やっぱり一葉ちゃんみたいには行かないなあと思ったのでした」

「あれ、私のまねしてたの?」

「わーんやっぱりいわれたあ。だってうれしかったし」


 むっすりとするハルの首筋を私はゆったりとなでてやった。


「ユタには十分伝わってると思うよ」

「そうかなあ」

「そうだよ」


 視線の向こうにいるユタは、思いっきり体をのばしてひなたぼっこしている。

 そんな姿、いままでみたことなかったもの。

 ここまでリラックスできるようになったのは、絶対ハルの功績だった。

 それに、あの拾われた記憶が、ハルにとって大事なものだった知ってなんだかめちゃくちゃむずがゆい気分だ。


「また明日から、頑張っていこうね」

「うん。また明日ね」


 猫のにっこりと笑って膝の上でまるまるハルをなでながら、私は再び読書に戻る。

 けど、ハルはすぐさま体を起こした。


「うにゃ?」

「どうしたの、ハル」

「なんか入ってきた、っぽい」


 困惑のままにつぶやかれた言葉に私は一気に覚醒する。

 私の緊張が伝わったのか、ユタも起きてしまった。


「なにか……!?」


 ぴんと耳を立てたユタもすぐに異変に気づいたらしい。

 私達がどうしようかと迷っていると、虚空からエプロン姿のフォルテが現れたのだ。


「ハル様、イチハ様、ただいま作物畑の方向より複数の動物が接近しております。戦意は見当たりません」

「ど、動物……?」


 この土地に入り込むには戦意がないのは当然だったけど、この間のタイラントボアみたいなのだったら困る。

 するとフォルテはこてりと首をかしげた。


「現在であれば畑を巻き込まずに殲滅が可能です。いかがなさいますか?」


 うわあまた物騒なこと言い出した!

 わたしがそれだけは止めようと口を開きかけたとき、ハルが割り込んだ。


「フォルテ、映像を出して!」

「かしこまりました」

「え、待って映像!?」


 フォルテが恭しく頭を下げたとたん、室内の虚空にいくつもの画面が浮かび上がった。

 うっそ、まじですか!?


 とうとう明確に地球の技術力を超える現象を目の当たりにして呆然としていたが、そこに映り込んでいる外の映像に目が点になる。


「なに、あれ」

「とっても色とりどりなニワトリさん見える、よ……?」


 なにせ荒野を粛々と歩いてきていたのは、大変にカラフルなニワトリだったのだから。

 私はハルやユタとともに、呆然と口を開けて眺めるしかなかったのだった。



 本日、加納家に獣族の家族が増えまして、お肉の確保もできましたが。


 まだまだ、スローライフとはいかないようでありました。





猪肉の臭み取りに関しては様々な方法がありますが、フォルテくんは工夫してステーキにしたようです。

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