5仕事め:パチンコと瓶底眼鏡は武装だと言い張ります
ユタが襲われかけているのを見た瞬間、二股の間にゴムっぽいひもと台座がついた発射機――いわゆるパチンコを発射した私は顔を引きつらせていた。
フォルテからは発射すれば必ず当たるパチンコだと教えてもらっていたとはいえ、半信半疑だったけれども、あんなに強力だとは思わなかったよパチンコのくせに!!
あの巨体が吹っ飛んだ。異世界の常識めっちゃなめてた。
というかいろいろ予想外すぎて冷や汗が止まらない。
けど、チャンスだ、と私は下にいるハルに叫んだ。
「ハルッ」
「うんっ!」
ユキヒョウではなく、若干大きい白い虎になっているハルは速度を落とさず、ユタへと接近した。
「めがみさま、わた、わたし……」
「話は後! 今すぐ逃げるよっ」
私は獣耳をこれ以上ないほどへたらせながら何かを訴えようとするユタの手を握って、腕力だけでハルの背中に乗せた。
ふぁいっとー! クワをふるってた腕力なめんなー!
「ふにゅっお、重いいい」
「が、頑張れハルッ」
たしかに大人一人と子供一人はきついだろうけど!
「がんばるううう……!」
ハルは涙声だったけど、四肢に力を込めて走り出した。
夜の森は恐ろしく暗い。これだけうっそうと茂っていれば、この世界の双子の月も星々の輝きも全く届かない。
けれど、今の私はフォルテにもらった魔法具その2である瓶底めがねで、昼と同じとまではいかないけど走るのに困らないくらいには視界を確保できていた。
瓶底眼鏡だけど! 鏡で確認した時にはパチンコと相まって気が遠くなっけども。
というかユタよく私と認識してくれたな!?
『ブモオオオオオ!!!!!』
怒りの咆吼に思わず後ろを振り返れば、大いに後悔した。
瓶底メガネはばっちりと見たくないものまで見えるようにしてくれる。
「ユタねえ、あれなに!?」
後ろから迫ってきているのはいちおうイノシシだった。
しかし私と背丈がそんなに変わらないほど巨大だったのだ。
さらに付け足すなら四本足じゃなくて八本足で、たてがみがなんだかうねうね動いているように見えて、見た目がかなりあれだった。
たしかに畑に残っていた偶蹄類の足跡はちょっと大きめは思っていた。思っていたけれども、あれ大きすぎじゃないかな軽トラくらいはあるぞ!?
「あれ、タイラントボア! 魔物だよっ」
魔物! 確かにそう言われると、納得できるような気味悪さだ!
謎イノシシは、めまいを払うように右に左にと首を振っていたが、私たちをとらえた。
その頭からは血を流しているけれども、致命傷ではなかったらしい。
『使い手の意志に従って威力が変わりますので、殺す気でご使用ください』と言われてたけど、やっぱ覚悟が足りなかったみたいだ! それでも気絶しないなんてタフすぎる!!
イノシシは頭から湯気を立ち上して怒り狂い、大地を揺らしながら私たちに突進してきた。
「ハルッ、後ろ後ろっ!!」
「ぴゃああああああ!!!???」
変な悲鳴を上げながらハルが茂みの一つに飛び込んだとたん、うねるように動く八つの足が走り去る。
次いで、重いものがぶつかる音と、めきめきと倒れる音が聞こえた。
考えたくないけどあれ確実に木をなぎ倒してる!!
「ハル、走っておいつかれるっ!!」
「これ以上はむううりいいいいいい!!」
わかってる。おもりを二つもしょっていながら走れるハルの方がすごいのはわかってるけどやばいんだ!
「わたし自分で走るからっ」
「え、ユタ!?」
止めるまもなくユタが腕をすり抜けて飛び降りたかと思うと、すぐさま虎なハルに併走し始めたのだ。
やばい。獣族すんごい。
なんかすんごく情けないけど、これで当初の予定は達成できた!
後は帰り道だと、ポケットに突っ込んできたスマホをつかんで呼びかけた。
「へい!スマ子さんっ。ここから家までの最短ルートを教えて!」
すうっと、軽く血の気が引くような感覚の後に、ぴろんっと場違いな電子音がする。
スマホの画面が明るくなり、機械的な女性の声が聞こえた。
『はい。現在位置から自宅までの道順をナビゲートします』
たちまち、画面上に絶界の森の地形図が広がり、私を示す黒いアイコンから、森の外へと点線が伸びていき、自宅としてマーキングしたアイコンへとつながった。
そのほかにも、私の隣にはハルだろう、銀と青のアイコンに、ユタらしい青いアイコンと、後ろには危ねえぞ速く逃げろと言わんばかりの赤い点滅が追いかけてきている。
明らかに味方と敵まで表示してくれてるハイスペックさには戦慄するしかないんだけど。
そう、うちのスマホは異世界に来ていつの間にやら恐ろしく進化していたのだった。
ユタの現在地を知れたのも、危ない敵がそばにいると教えてくれたのも、このスマホのおかげである。
中古にするか迷った中、新品で買ってよかったよ!
地球では衛星で地図とか習得していたはずだけど、この世界はどうやって地図を習得してるんだろうとか考えたらきりがないけど!
原理は全くわからないが、急遽スマホに「スマ子」さんと名づけて大いに活用させてもらっていた。
画面を見る限り、土地の縁をなぞるように移動していたから、土地の中に戻るだけならそんなに遠くはない。
「ハル、もうちょっと右に方向転換! 30メートル先に深いくぼみがあるから気をつけて」
「りょう、かいいいい!!!」
いっそう大地を強くふんで加速するハルに、私は必死に太ももをしめてしがみついた。
舌かみそうだし、命綱であるスマホを取り落としたら一巻の終わりだし、ぶっつけ本番でこんな不安定な乗り物に乗るなんて、命何個も捨ててるようなもんだから必死だ。
けれども、絶句してこちらを見るユタへ、私は力強く言って見せた。
「大丈夫! 私たちについてきて、ともかく逃げることを考え……!?」
私達の脇をどろっとしたものが飛んでいった。
ただの泥に思えたけど、どかんと幹にめり込むのは絶対に当たったらだめなやつだ
冷や汗が流れる。
後ろからどどっとどどっと重量感のある足音が少しずつ大きくなってきていた。
鼻息まで聞こえてきそうだ。
ううううやっぱりあれ怒ってるよなあこんちくしょう。
ハルが泣きそうになってるのが伝わってくる。
「やっぱり、わたしが足止めするからっめがみ様たちはにげっ」
「あたし達は、ユタちゃんを助けに来たの!! 帰るのよっ」
ユタは如実に焦った様子で言いつのる言葉を、ハルが全力で遮った。
全くその通りだここでだめなら意味がないんだ。 命の危機ってこういうことかも知れないと震えかけるのを無理矢理押さえ込んで、笑って見せた。
「それと、帰ったら女神様じゃなくて、一葉って呼んでちょうだい」
私とハルの気迫に押されたのかユタは言葉を飲み込むとまっすぐ前を向いた。
瓶底めがねで夜のとばりを見通し見続けて、スマホを使うのは息が上がるのとはまた違う感じで疲れる気がするけど、まだ全然大丈夫だ。
スマホはちゃんと家までのルートを示し続けているし、もうすぐ森を抜けて領域内に入る。
ええとイノシシの最高速度って確か自動車並に出るんだよね。あの八本足のイノシシもっと出そうだけれども、私だってここ一ヶ月とちょっとの畑仕事で鍛えた足腰があるし、ハルだってちょっと野生に鍛えられた。
「ハル! もうちょっと、がんっばれっ!」
「がんばるぅ!!」
視界が急に開け、私はまぶしさに視界を奪われた。
そしたら、限界を迎えていた太ももから力が抜けて空中へ放り出される。
「一葉ちゃん……っ!!」
ハルの焦った声を聞きながら、私は勢いのままむき出しの土の地面に転がった。
急に明るい光が差し込んでめがねが対応できなかったのだと気がつくや否や、めがねをむしり取る。
あたりを見渡せば、人型に戻ったハルがいた。
そして、地響きを立てながら森から現れようとしているのは、巨大なタイラントボアだ。
今回の作戦は、ユタを確保して、何が何でも森の端までたどり着くというのが今回の作戦だった。
だってハルは視認さえできれば 領域に入らせることはないのだから。
いつの間にか夜は明けかけていて、森から上る暁のを背に銀髪を揺らめかせたハルは、まっすぐに森の方をみている。
ほほに土をつけていたり、ゆるふわな銀髪に木の枝やら葉っぱやらを絡ませていても、その横顔は今までに見たことがないほど厳しく引き締められていて、どこか荘厳ささえ漂っていた。
「ハル……」
呼びかけようとした声をかき消すように、森から激しい足音を響かせて巨大なタイラントボアが突進してくる。
ユタはすぐさま私の腕の長さはありそうな剣を構え、私もなんとか起き上がろうとしたが間に合わない。
「ブモオオオオオォ!!!!」
タイラントボアの咆吼ににもひるまず、ハルはやつに向けて片手をかざした。
「汝、我らに仇なすこと叶わず!」
ほわほわしたハルから想像つかないほど、厳然たる声音に、空気が震えた。
瞬間、あれほど猛り狂っていたタイラントボアが透明な何かに絡め取られ、その場に釘付けにされた。
身をよじろうと体に力を入れているのがここからでもわかるが、びくともしない。
圧倒的な力の差に私が呆然と見入りかけたとき、ハルがユタへ叫んだ。
「今だよユタちゃんっ!」
反射的にといった具合にユタが駆け出す。
あっという間にタイラントボアへ肉薄したユタは、小さな体をバネのように弾ませて跳躍した。
手には短剣が握られている。
「やあああああああっ!!!!!」
体に透明な何かがまとい、腕と剣へ収束していく。
そして、ユタは濃密な何かごと、私が傷つけたタイラントボアの脳天へ向けて、短剣を突き刺した。
断末魔の咆吼をあげてタイラントボアはもだえ苦しんだ後、どうっと倒れ込む。
ユタが軽々と地面に着地するのを、私はあっけにとられて見守った。
正直フォルテに言われても、ユタが戦えるというのには半信半疑だったのだが、一切合切ためらいもなくとどめを差しにいく姿には、納得せざるを得ない雰囲気がある。
倒れた衝撃で大地が震える中、ユタは油断なく警戒していたけど、10秒、20秒と経過してもタイラントボアは起きなかった。
つまり、それは……
「死んじゃった?」
「うん。しとめた、よ」
ユタの肯定に、私はようやく全身にこもっていた力を抜くことができた。
と思ったら、ゆるふわな銀色が飛びついてきた。
「良かったああぁぁ、一葉ちゃんもユタちゃんも生きてるよぉおおおお……」
さっきの凜然とした雰囲気とは打って変わったハルは鼻をすすりながらぎゅうぎゅう抱きついてくる。
むにゅっと柔らかい胸に埋まって地味に窒息しそうだったが、ハルの安堵具合もよくわかるのでなだめるために背中をなでてやった。
「生きてるわよ。死ぬかと思ったけど。ハルもお疲れ様」
一番大変だったのは、ずっと走り通しだったハルなのだ。
というか私も、今更ながらばくばくと早鐘を打つ心臓に苦しくなってくる。
もうあんな鬼ごっこは2度とやりたくない。
「ふええ良かったよう、ほんと良かったよう」
ハルのゆるふわな髪に絡んだ木の枝を払いつつ、ぽんぽんなでてあげた。
それでも、私は首を巡らせて、タイラントボアも朝日に照らされている。
「ねえ、なんであいつを殺したの?」
「その、あのタイラントボアは一度狩場を定めると、そこに食べ物がなくなるまで執拗に狙ってくる性質があるの。だからあたしのためにもユタのためにもこの場で決着をつけた方がいいと思ったんだ」
ハルはいつもあわあわとドジっ子でおっちょこちょいな子の印象が強いけれど、けして何にも考えない子ではないのだよなあと、こういうとき思う。
自分の大事なものに優先順位をつけて、守りたいもののためなら決断することができるのは、強いことだ。
「あ、あとね。あと一葉ちゃんと、ユタちゃんのご飯になるかなあって。お肉パーティとかすてきじゃないかなあって」
そわそわとするハルの言葉はすごくうれしかったけれども。
「ねえ、あのでっかいの。どうやって持って帰ろっか……」
推定約500㎏はある巨大なイノシシを持ち運ぶ量力など全く持ってない。
「解体、とかできるかなあ。というかあれ確か血抜きとかしなきゃいけないんじゃなかったっけ?」
幸いにも、よく見れば我が家が見えるからそんなに遠くはないけど、ハードモードなのは間違いない。
途方に暮れていれば、照れ照れとしていたハルは、たちまち真っ青になって慌てだした。
「ふええどうしよう一葉ちゃん、ぜんっぜん考えてなかったあ!!!」
うんだろうと思った。完全にいつも通りのハルになんだかほっとしつつ私は振り返る。
正直、動かなくなったタイラントボアを目の当たりにするとかなり複雑だけど、私だってユタを守るために傷つけたんだ。ここで生きていくには、ある程度受け入れていくべき感覚だろう。
そんなことを考えていれば、短剣を回収したユタが、所在なさそうに立ち尽くしていた。
私達の手が届かない絶妙な位置で、後ろめたいような、申し訳ないような、寂しそうな、近づくのをためらっている様子だ。
だから私は両手を彼女に向けて差し出した。
「ユタ、おいで」
「あ、う……」
尻尾を丸めて赤毛の耳も限界までへたらせたユタは、それでもおずおずと近づいてきた。
正直、子供のしかり方なんて、わからないけど。
「ユタ、私たちに無断で外に出て、さらに危険な魔物を追いかけて森に入って行ったわね」
びくんっと、肩をふるわせるユタに私は、本音を吐露した。
「あんたが死ぬんじゃないかって、怖かったわ。すごく」
「こわかっ、た?」
戸惑うユタへ私は、しっかりと真っ正面から目を合わせて続けた。
部下のしかり方ならなんとかわかる。
というか、いやな怒られ方しかされてこなかったからせめてそれをやらないようにしたかった。
自分のストレスを発散するためだけに怒鳴らない。人格を否定するような言葉を選ばない。 一度怒ったら蒸し返さない。
身のない怒り方なんてうんざりだ。
怒ると叱るはまったく違うもので、叱るは相互理解のためのものなのだ。
「もうあんたは私たちにとって大事な子なの。もう危ないことはしないで欲しい」
「わたし、めがみ様達の、役に、たちたくて。畑、守りたくて」
「うん。その気持ちはうれしい。私もあんたがここまでできるとは知らなかったんだ。だからね、お互いに沢山話して、もう一度、ユタにふさわしい仕事を探してみよう」
たどたどしく言葉を紡ぐユタの手を、ハルがそうっと包み込んだ。
「とにもかくにもユタちゃん。本当に無事で良かったよ」
にっこりと、ほほえんで引き寄せられたユタは、みるみるうちに両目に涙を盛り上げて。
「ごめんなさい……っ!」
私たちに抱きついてわんわん泣き始めるユタを、私とハルはぎゅっと抱きしめてあげたのだった。




