一時の安寧
帰る気など微塵もない俺は、手伝いとして薪割りをする。サリアが夕飯を作ってる間、家の裏でだ。
子供たちでは危険なので、いつもサリアがやってるらしい。
「いやこれ、あいつでもキツイだろうが⋯⋯」
重たい斧を振り下ろし、薪を二つに叩き割る。が、中々上手く割れない。途中で刃が止まったり、割れずに欠けてしまう薪もちらほらある。
「ッあァ、クソが!」
苛立った俺は、怒りを叩きつけるように一心不乱に斧を振り下ろす。その薪に、自分自身の心を重ね合わせて。
何が手伝いだ、俺の役目はそんなんじゃないはずだ。俺が持つのは銃で、敵は木なんかじゃなく本物の人間なんだ。ここにいるべきじゃあ無いんだ。
「はっ、はっ⋯⋯ぁあ、やべぇ。手が痛え」
真っ赤になった手のひらを撫で合わせて、腰を地面に落として休憩する。額に浮かぶ汗を拭って、コヒューコヒューと切れる呼吸を整える。夕暮れの冷たい空気が、肺をゆっくりと冷やしてくれる。
「大丈夫?」
後ろから、女の子の声がする。サリアじゃない、もっと小さな子だ。
「あんまり⋯⋯大丈夫じゃねえな⋯⋯」
「わかった」
振り返らないまま答えると、その子は走ってどこかへと去っていった。
「7人も覚えられるわけねーだろ⋯⋯ありゃ誰だ?」
サリアとは別の、7人の子供たち。女の子3人、男の子3人、1人はどっちかわからん。ギリギリ女の子が一番年上ぐらいにしか分からない。
まだ整いきらない呼吸を放置して、再び斧を握って振り下ろす。相変わらずヘタクソな薪割りだ。
「このクソ!」
メキメキと嫌な音を立てて薪が裂ける。今気づいた。この斧、刃がところどころ欠けている。俺の腕となまくらな刃がベストマッチして、とんでもない形の木片が量産されているのだ。
やってられない。木こりのジレンマは急いでる時だけで、こう言った時は研ぐ方が絶対に効率が良いはずだ。
「ひでぇなまったく。ろくに仕事もやれやしねぇ」
再び斧を放り投げて座り込む。背後に気配を感じ、ゆっくりと振り向くと女の子が立っていた。
「お水あげる」
「⋯⋯俺にか? 悪いな、わざわざ」
コップに並々と注がれた水を一気に飲み干す。ぬるい。正直大して美味くはないが、疲れた体には十分染み渡る。
コップを返すと、俺は目線を合わせるように中腰になって女の子と向き合う。ふわふわとした髪の毛に、つぶらな瞳の人形のような子だ。
「名前を教えてくれないか? 出来れば上から何番目なのかも」
「あたしはユチ。アンお姉ちゃんとツヴィアお兄ちゃんの下だから、えーと⋯⋯」
「3番目か。わかった、ユチ。水、ありがとな」
ユチの頭をぽんと撫でて、もう一度立ち上がって木片を拾い集める。形は悪いが量は揃ったので、そろそろまとめて持っていこう。
「ふぅ。他の子達は何してるんだ?」
「いろいろ。お姉ちゃんのお手伝いしてあげればいいのに、みんなやらないんだもん」
「そうか。ユチはいい子だな。飴ちゃんをあげよう⋯⋯あ、でもご飯前か」
何故かはわからないが、ご飯前のオヤツは色々とダメな気がしてきた。何でだろう、何かが思い出せそうな気がする。だが、記憶の鍵は頑丈に俺の頭を塞いでいる。何も思い出せないので、考えるのをやめて歩き出す。
戻ろう。さっさと薪を運んで、この嫌な作業を終わらせてしまおう。
「薪割り終わったぞ。形が悪いのは言うな、どうせ燃やせば変わらねぇ」
「大丈夫。ありがとう、そこに重ねておいてもらえるかな?」
「へいへい」
いい匂いがする。夕飯ももうすぐできる頃合だろうか。ふと、サリアの後ろ姿に既視感を覚えた。
「⋯⋯⋯⋯」
誰だろうか。いつだろうか。こんな懐かし光景を、どこか遠く昔に見た気がする。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ん、あぁ。何でも無い、疲れただけだよ」
「あらユチ、いつの間にお兄ちゃんとすっかり仲良くなって」
「えへへ、お兄ちゃん優しいから好きー」
すっかり懐かれたみたいだ。そんな俺を、サリアは安心した表情で見つめている。
「⋯⋯なんだよ。俺が子供に優しいのが意外か?」
「違うよ。君は元から優しいもん」
「⋯⋯優しい、ねぇ」
唾棄すべき自分の甘さを、優しいと肯定される事に吐き気がする。それなのに、俺はその言葉を嬉しく思ってしまうのだ。
「もう少しで出来るから待っててね」
「じゃあお兄ちゃん、いい所に案内してあげる!」
「あ、ちょ⋯⋯」
突然ユチから手を引かれ、そのままどこかへと連れていかれる。虚しさで遠い場所を見ていた俺は、逆らうことなくユチの手について行った。
そんな光景を、サリアはただ優しそうな目でにこやかに眺めていた。