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ジョーカー・ガン  作者: 唄海
1章 撃鉄を起こせ
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生きる事、食べる事

 ユチの後を追って、狭い倉庫の片隅にある梯子を登っていく。ユチが落ちないか、彼女の一挙一動に細心の注意を払う。

 だがユチは、俺の心配とは裏腹に軽快な様子で梯子を駆け上っていった。


「お兄ちゃんはやくー」

「わぁったから少し待て」


 恐る恐る、ゆっくりと梯子を登りきる。穴から這い出ると、一陣の涼しい風が身体を吹き抜けた。

 ここは教会の鐘楼だ。四方から、遠くの空を眺めることが出来る。


「なっ⋯⋯」


 そこで、俺は初めてこの世界を見渡した。夜空に煌めく1番星、青い月のような丸い物体。そして何より、黒い大地が地平線を覆い尽くしていた。

 影や夕暮れで黒いのではない。ただ、本当に黒い大地が広がっているのだ。


「お兄ちゃん、何もないほうを見てどうかしたの?」

「⋯⋯いや、なんでもないよ。街並み、綺麗だな」


 白い建物の並ぶ街並みを眺める。夕陽が反射して、紅く輝く街が本当に綺麗だった。


「なあユチ。この街の外には何があるんだ?」

「わからない。ただ、お姉ちゃんがいうには、黒い場所と、誰もいない街と、怖い人がいる場所しか無いんだって」

「その先には?」

「わからない。大人もみんな知らないの」

「⋯⋯そっか」


 そのまま俺は、何も言わずにただ遠くを眺めている。風が吹いてきた。この風は、一体どこから来たんだろう。


「お兄ちゃんはどこから来たの? 外から来たんじゃないの?」

「あまり覚えてないんだ。ずっと住んでいたはずなのに」


 街並みも人も景色も、何も見なかった。ずっと、俺はあそこに何も持たずに生きてた。いや、もしかすると生きてすらいなかったのかもしれない。

 記憶を失った時から、俺と言う人間は死に続けてるのかもしれないんだ。そして今も、こうして死に続けてる。


「⋯⋯俺は今なお、死に続けてるのか」


 血流も、脈拍も、呼吸も。全てはただの現象だ。俺はまだ、生きてすらいないんだ。


「そうか⋯⋯俺はずっと、存在しなかったんだな」


 自分の存在意義も無い。ただ細胞の塊が、無駄な生理現象を起こしてるだけだ。

 ギリギリと、爪が食い込む程に手を握る。奥歯が砕ける程に歯を食いしばる。これから俺は、この世界で初めて生きなければならない。


「生きる⋯⋯生きる。生きる、ね」


 何をしたら良いのか。俺は生きるために、何をしたら良いんだ?


「お兄ちゃん? ご飯出来たって」

「⋯⋯あぁ、ありがとう。ごめん、少しぼーっとしていた」

「ユチもぼーっとするの好き! 一緒に行こ!」

「うん、そうだな」


 まずは食べる事だ。生きるためには、食わなくてはならない。何はともあれ、とにかく食おう。

 ユチの後を追って、食堂のような部屋に集まる。鮮やかに燃える薪が、でかい鍋をぐつぐつと熱していた。


「⋯⋯手伝う」

「うん、ありがとう!」


 サリィの横から、スープの入った器を取ってテーブルに運ぶ。シチューに似た、白い野菜入りのスープだ。ポタージュか? あまり料理には詳しくないんだ。


「⋯⋯⋯⋯」


 ちびり、と器に口をつける。優しい味が、穏やかに口の中に広がる。なんだろう、懐かしさとも近い感情だ。


「あー、兄ちゃんつまみ食いしてる!」

「してねぇ」

「してた!」

「してねぇ。つまんでもねぇし飲んだだけだ」

「それは⋯⋯つまみ食いじゃないかな⋯⋯」


 全員分のスープとバターロールの様なパンを運び終える。あとは食うだけだ。


「⋯⋯いただきます」


 ふと、そんな事を言ってみる。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」


 ふと、みんなが食べようとした手を止めて俺を見た。そうか、ここにはその文化がねぇのか。


「気にしないでくれ。俺の生まれにある、飯前の挨拶だ」

「ユチもやる! いたたきます!」

「いたまきます!」

「いたします!」

「なんかちげぇなぁ⋯⋯」


 子供達がこぞって真似をするが、みんなどこか間違えてる。終いには変なポーズをとって叫ぶ子もいた。


「⋯⋯騒がしいな、これ」

「ふふっ。いただきます、ね?」

「んっ」


 サリィの暖かい笑顔に、よく分からない感情が湧いてきた。気持ち悪い。

ぷいっとそっぽを向いて、パンとスープを貪り食らう。薄味だ、もっと添加物と塩を入れろ。


「おかわり」

「いっぱいあるから、たくさん食べてね」


 味気がない。食った気がしない。とにかく、味が薄くて仕方ない。インスタントとジャンクフード漬けの生活を送ってきた身には、普通の食生活になれるのに時間がかかりそうだ。


「⋯⋯うめぇ」


 だと言うのに、俺の口からは真逆のの言葉が自然と出てきた。


「良かった」

「なんでだ。大して味気もねぇのに⋯⋯」


 もしゃもしゃと野菜を貪る。野菜なんて、固いだけでたいして味がしないハズだ。肉がいい。


「おかわり」

「はいはい!」

「すげー食べるねー」

「すげー」


 子供達が目を丸くして見つめる中、あっという間にスープをかき込む。そろそろ腹が苦しくなってきた。


「⋯⋯うまかった」

「すごい食べるね。びっくりした」

「自分でもびっくりした」


 不思議と、体がエネルギーを求めている。体の末端まで、ビリビリと食べたエネルギーが回るのを感じる。

 今までこんな事は1度もなかった。一体俺に、何が起きたんだ?


「⋯⋯悪いな、遠慮なく食っちまって」

「全然大丈夫。それより、このあとどうする? 今日はもう暗いし、泊まってく?」

「あー⋯⋯」


 そう言えば窓から飛び降りて抜け出してきたんだった。さすがに戻らないと、抜け出したのがバレる。


「今日は帰る。ちょっと不味い状況になっちまうからな」

「そっか。じゃあ、また来てくれるんだね」

「えー、かえっちゃうの? お兄ちゃんの事、色々聞きたかったのに」

「必ずまた来る。約束だ」


 そう言い残して、俺は出口へと向かう。見送りはいらない、とついてくるサリィを制する。


「サリィ、その⋯⋯何もないのに突然来て、その上飯まで食わせてもらってすまない」

「気にしなくていいよ。子供達も、君のこと悪い人じゃないってわかったみたいだし」

「今度来る時は、もっとちゃんとした罠を用意しておけって言っておけよ?」

「ふふっ」


 誤作動無く、確実に俺を仕留めに来い。もう一度気絶はゴメンだ。


「そう言えば、ひとつ聞きたいことがあったの」

「ん?」

「君の名前。あたしばっかり知られて、なんかずるい」

「そう言えば⋯⋯じゃあ、そいつは今度にだ。俺は今度、俺の名前をお前に教えるためにここへ来る」

「⋯⋯わかった。待ってる」


 サリィに名乗れるくらいの人間になって、また来てやる。死んだ人間じゃない、生きてお前と対等になってここへ来る。そう言うと俺は、サリィ達のいる教会を後にした。

 振り向かない。俺は、まだ何もしてない。何かをしてやる。とにかく今は、生きるんだ。

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