虚無の底、奈落まで
部屋の片付けを初めてはや数時間。外はすっかり闇に包まれ、部屋には冷たい空気が流れ込んできた。体中がだるい。しかしそのお陰もあって、何とかベッドは使えそうだ。
疲れた体を休めようと、俺はベッドに横たわり目を閉じる。
「あぁ⋯⋯疲れた⋯⋯」
ゴロゴロとベッドの上を転がり回る。新しい寝床に、新しい部屋。別に枕が変わると眠れないなどと言う程神経質では無いが、やはり馴れない環境での睡眠はそれなりに緊張してしまう。
思えば元の世界では、俺の唯一の安息の地は自室だけだったのかも知れない。誰の目にも映らない、自分だけの場所。そんな場所も、今は懐かしく感じる。
「⋯⋯⋯⋯」
帰りたい。喉元までせり上がってくるその言葉を飲み込む。約束を果たしてもいないのに、帰るわけにはいかない。だが、銃も撃てない様な臆病者に何が出来るだろう。俺は結局、どこに行っても役立たずだ。
帰った所で役立たず、ここに居座り続けても邪魔なだけ。その上死ぬのが恐ろしいなんて、本当にクズな人間だ。
「何してんだろうな、俺は⋯⋯」
仲間と言ってくれた奴らをも拒絶して、部屋に引き篭るだけの変わらない時間。なんだ、これじゃあ何も変わらない。捨てたガラクタと、何一つ違わない。
そうやって腐っていると、部屋にノック音が鳴り響いた。ゆっくりと体を起こし、扉の方へ目をやる。
「紗雅、いる?」
「いない」
「なら独り言だと思って聞いて」
「ミーヤ、頼むから放っておいてくれ。俺はどこに行ったって何もできないクズ野郎だ」
「⋯⋯そう」
「見てわかっただろ、俺は臆病者だ。約束したはずの事さえビビって出来やしない、自分優先の自己中な奴だ。戦う時だって、きっとお前らの足を引っ張る」
だから放っておいてくれ、と扉越しに懇願する。だが不思議な事に、ミーヤは扉を開けて部屋へと入ってきた。
「オイ、話聞いてたか?」
「もちろん。その上で入ったのよ」
「どうしてだ。どうしてそんなに俺を気にかけてくれる。どうして、放っておいてくれないんだ」
「仲間だからよ」
「仲間、ねぇ。教えてやるよ、どれだけ仲が良くても所詮他人だ。他人の考えを理解出来るなんて事は、絶対に無いんだよ」
悪意をたっぷり込めて、ミーヤを睨みつける。そんな自分が死ぬほど嫌になる反面、これで心置きなくミーヤに嫌われる事が出来たと安心した。それでも、ミーヤは怯むこと無く言葉を返す。
「でも、それじゃあきっと分かり合えないままよ。そんなのきっと寂しいわ」
「寂しい悲しいを自分基準で相手に押し付けないでくれ。寂しくたって悲しくたって、死ぬ訳じゃないんだからよ」
「死ぬわ。心がきっといつか、死んでしまうわ」
「それならそれでいいさ。そうなりゃ銃が撃てなくても、肉壁でも囮にでも使える」
「なんで⋯⋯」
「人を殺したくない。でも死ぬのは嫌だ。なら、自分が自分かもわからなくなってきた頃に死ぬのが一番良い」
もう、どうだっていい。このままゆっくりと死んでいけば、苦しまなくて済む。結局俺の人生は、つまらないちっぽけな物だった。それは、どの世界だろうと変わりはしない。だから───
「ダメよ。あなたは死なせない」
「⋯⋯⋯⋯」
「あなたがどんな思いでここに居るかも、人を殺す事が怖いのかも分からない。でも、仲間じゃない。今から分かることだって、話せば分かることだってあるわ。だから、絶対に死なせない」
「⋯⋯もういい、勝手にしやがれ」
ミーヤに背を向け、ゴロンと横になる。これ以上は平行線だ。話していても意味が無い。
「寝る。頼むから、放っておいてくれ」
「そう、ならまた明日来るわ。きっと、あなたに生きたいって言わせるわ」
死にたくないではなく、生きたいと。そう告げて、ミーヤはゆっくりと部屋を出る。
「おやすみなさい。いい夢を」
去り際に、そんなセリフを残して。その言葉に俺は返事を返さない。
「仲間⋯⋯か。そんな奴、俺にはいないんだよ」
虚無感を胸に抱いて、目を瞑った。聞き慣れない単語を何度も反芻して、俺はゆっくりと眠りについた。




