密林の狩人達
目が覚めた。見慣れない部屋、見慣れないベッド。夢なら覚めてくれと願った現実は、変わるのことのない絶望を映し出していた。
今は何時だ。携帯をつけてみても、この世界の時間など分かるはずもない。
「チッ、使えねぇ⋯⋯」
技術の粋を集めた板は、懐中電灯くらいにしか使えない程に成り下がっている。
いらだたしげにベッドの上に携帯を放り投げ、窓の外を眺める。太陽の位置からするに、まだ昼には早いくらいの時間だ。
「よっ、と」
窓から身を乗り出して外を眺める。見た事の無い街の風景、見た事の無い地平線が広がる。建物はあるが、人の気配は無い。やはりこちらには人はいないようだ。
じっと目を凝らして、遥か遠くを見つめる。何も見えないが、あの向こうに敵がいる。そう考えると、不安で仕方が無い。だが、この不安は俺自身の弱さが生み出す物だった。
「紗雅、起きた?」
ミーヤの声が扉越しに聞こえる。俺はじっと息を潜めて、寝ているフリをした。よくよく見れば部屋に鍵は付いてない。開けられたらすぐにバレてしまう。ここはやはり、拒絶しておくのが一番だ。
「今日は一日寝る。放っておいてくれ」
「そんなに引きこもってると体に悪いわよ?」
「別にいい。昨日も言っただろ、俺に関わるな」
「⋯⋯⋯⋯そう。もし起きたら、いつでも言ってね。ガルムがご飯作ってるから」
「気が向いたらな」
明確な拒否の感情をドア越しにぶつける。ミーヤの言い方からするに、下の階には他の人もいる。と言う事は、誰にも見つからずに出る事は不可能か。
ミーヤの足音が遠のくのを確認すると、俺はゆっくりと窓から身を乗り出す。高いが、受け身さえ取れれば危険は無い。
「ッと!」
部屋の窓から飛び降り、そのまま地面を転がり衝撃を和らげる。石作りの道に背中を打ち付け、一瞬息が止まる。
「ハ⋯⋯見様見真似でやるんじゃねぇな⋯⋯」
土埃を払う。急いで後ろを振り返ると、そのまま逃げるようにその場を離れた。どこでもいい、一人になりたい。誰にも干渉されることの無い場所に行きたい。
こんこんと、自己嫌悪が湧いてくる。あぁ、本当に救いようのない。救いようのない馬鹿だ。救われようのない、なんてレベルじゃない。誰かに救ってもらえる様な所はとっくに過ぎている。自分で自分を救うしか、俺自身は救えやしない。
「誰かに救ってもらえるなんて、そんな都合のいい事がある物かよ⋯⋯」
俯いたまま、とぼとぼと歩く。行く宛もないが、帰る宛もない。迷い子になった俺は、縋るように一つの道を歩き始める。
「そうだ⋯⋯服、返してもらわないと⋯⋯」
もっともらしい理由を自分に言い聞かせ、重い足取りでひたすらに歩く。確信もないのに、ひたすらに。
木々の群れに入る。それでも、怯むことなく歩く。暫くすると、開けた視界に小さな教会がぽつりと立っていた。
「あぁ、クソ。なんでこんな所に⋯⋯」
俺が来ていい場所じゃない。彼女は俺と関わるべきじゃない。俺は彼女に、顔向け出来るほどまともな人間じゃないんだ。
だけど⋯⋯どうしても来てしまった。もう一度だけ、勇気を貰いたいと思った。
「ちくしょう⋯⋯」
唇を噛み締めて、一歩ずつ近づいていく。足を踏み出す度、教会の入口は近づいてくる。あと少し、後ほんの少し。
が、僅か後数メートルの所で、俺の体は重力に引きずり下ろされる。
「⋯⋯あ?」
おかしい。俺は今まで地面を歩いていた。だと言うのに、次の瞬間には俺は地に足が付いていない。
理解が追いつかないまま、下へと落ちる。
「うわだぁ?!」
土の味が口いっぱいに広がる。這いつくばるような形で穴に落ちた。急いで立ち上がると、足に何かが巻き付いてきた。それがロープだと理解した瞬間、今度は重力に逆らって宙を舞う。
「ぎゃあああああ!!」
穴から飛び出し、ロープの張力で投げ飛ばされた俺はそのまま地面に叩きつけられる。
目が回る、息が止まる。思考はぐちゃぐちゃに崩れ、手足は脳の命令を混濁させた動きを見せる。一体、何が起きた?
「今よ、みんな!」
掛け声とともに、網が降ってきた。なす術もなく、俺はとっ捕まってしまったようだ。それにしても今の声は、かなり子供っぽい声だった気がするが。
「何だこの、離せ!」
「やなこった! アン姉ちゃん、そっち押さえて! ユチ、フェム。サリア姉ちゃんを呼んでこい!」
「ツヴィア兄ちゃん、カトル兄ちゃん、それじゃあすぐ抜けられちゃうよ!」
「スス、いいからお前はナナと一緒に居ろ!」
「ンがーっ!」
無茶苦茶に暴れ、網を破ろうともがく。何か硬いものが投げつけられたが、この際気絶しなきゃマシだ。
全身で抵抗してると、今度こそ聞き覚えのある声が聞こえた。
「ちょっとみんなストップ! その人は悪い人じゃないから離してあげて!」
「え、ホント?!」
「あぁ、本当だ。良い悪いはともかく、危害を加えるような奴じゃないのは本当だ。だから離してくれ」
「⋯⋯はーい」
子供だ。俺よりもずっと年下の子供達が、俺の周りを取り囲んでいた。その少し奥には、サリアの姿がある。
網をどけられた俺は、よろよろと立ち上がってサリアへと歩く。
「ってアレ? 石投げマシーン、発動してない?」
「何だそれ⋯⋯って、サリア!」
子供の1人がポツリと言い出したと同時に、どこからともなく拳大の石がサリア目掛けて放物線を描いて飛んでいった。ダメだ、それじゃあサリアに当たってしまう。それだけは、絶対に───
「ッあぁ!」
サリアの目の前に駆け出し、その石をキャッチしようと手を伸ばして───見事、俺は頭でキャッチする事に成功した。
「きゅう⋯⋯」
「ちょっとキミ、大丈夫?!」
「ウーン⋯⋯」
軽い脳震盪を起こし、その場にぶっ倒れる。歪む視界の中、サリアの顔だけは最後まで綺麗だ。
次目覚めた時になるべく平和なことを願って、俺は意識を落とした。




