二目、貴女を見たならば
「着いたぞ」
拠点の店から歩く事10分。目の前には、石造りの建物が建ち並ぶ街が見えた。足元に続く広い道の先には噴水のある広場があり、何人か人の姿も確認できる。
「随分と立派な街だな」
写真でしか見た事の無いような美しい街並みに、思わず立ち止まり声を上げる。
「何か要る物はあるか?」
「甘い物。出来れば備蓄出来るやつ」
「腹減ってるのか?」
「いいや、甘い物が無いと頭が働かねえ」
買い物が出来るなら、まずは最優先で買いたい。何でもいい、とにかく糖分が欲しい。甘い物が無いと、どうにも調子が悪い。
「出来るなら備蓄出来るやつ」
「分かった。ついてこい、こっちだ」
リーダーの後を追って、街の中へと歩き出す。今歩いている通りはどうやら商店街らしく、パン屋の様な店や果物屋などの食料品店が道の両脇に建ち並んでいる。
「意外と物はあるんだな⋯⋯」
もっと荒廃していたと思っていたが、どうやら俺の思い違いだったらしい。物は必要な分揃いそうだし、老若男女問わず様々な人間が街の中を右往左往している。
「リーダー、あの店は何だ?」
「ガラス屋」
「へぇ、器用なもんだ」
店の前で立ち止まり、店内を伺う。見れば、色とりどりのガラス細工が店頭に並んでいる。キノコの様な物、グラス、フクロウ、ランプ。幾何学的な模様もあれば、植物の様な曲線の模様もある。
「好きなのか?」
「ただ気になっただけだ。次行こうぜ」
店を後にし再び歩き出す。次に目に留まったのは、屋根も壁も真っ黒な店だった。入口のドアには何やら不気味な怪物をモチーフにした模様が描かれている。
「暑そう」
「ここは占いらしい。なんでも、恐ろしい程に当たるらしいぞ」
「行かない。俺は占いは信じないからな」
「なるほど」
怪物をじっと見つめる。角や翼の生えたいかにも悪魔と言った風貌のソイツは、不敵な笑みを浮かべこちらをじっと見つめている。
「気持ち悪、次行こ」
何か寒気を感じたので、早足に占い屋を立ち去る。途中1度だけ振り返ってみたが、怪物は相変わらず不敵な笑みを浮かべるだけだった。
また暫く歩き続けると、今度は赤い屋根の店が見えた。
「ここがお前のお望みの場所だ」
「ここが?」
ふと、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。どうやらここはお菓子屋の様だ。早速入ろうとしたが、ふいに足を止めてリーダーの顔を凝視する。
「どうした?」
「いや⋯⋯なんか、男2人でお菓子屋って結構ヤバイなって⋯⋯」
さすがに店内一面ピンクだったりはしないだろうが、こういった店は大半が女性向けの内装ではないだろうか。そんな空間に、男2人で乗り込むのは流石に気が引ける。
だというのに、リーダーは気にすることなく店の扉に手をかけてこう言った。
「大丈夫だ。たまにクローズと一緒に来る」
「えっ⋯⋯」
驚く俺を置いて、リーダーは店の中へと消えて行く。
「いや、え、嘘だろ?」
慌てて後を追いかけて中へ入る。甘い香りが一層強く漂い、少しだけ心が落ち着いた。
「保存の効くものだったな。待ってろ、聞いてくる」
「あ、おい待てって⋯⋯」
俺の制止の声も聞かずに、リーダーは店の奥の方へと行ってしまった。さっきからずっと置いてかれっぱなしだ。
他にすることも無いので、並んでる商品を眺める。クッキーやチョコレート、金平糖にカステラ。元の世界と謙遜の無いくらい美味しそうな甘味に、俺は思わず唾を飲む。
「ん?」
ふと、視線を感じた。振り返ると、小さな女の子がこちらをじっと見つめていた。
「⋯⋯どうかしたか?」
「あれ、あれとって欲しいの」
女の子は俺の後ろの方を指さす。見れば、蜂蜜のビンが俺の背丈よりも少し低い位置に置かれていた。なるほど、確かにこれでは女の子は届かない。
「ほら。落とすなよ、危ないぞ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
ビンを渡すと、女の子は大事そうに抱えながらペコリとお辞儀をしてからレジの方へと小走りで駆けていった。だがレジには誰もおらず、会計が出来ないまま女の子は途方に暮れている。
「あー。待ってな、今店の人呼んできてやっから」
見かねた俺は、リーダーが入って行ったドアを開けて、中の様子を伺う。
「すいません、会計お願いしまーす」
「はいはい、今行きまーす!」
元気な返事が返ってきたので、戻って女の子に今来ると伝える。
「お使いか?」
「うん、おかーさんにはちみつをかってきてってたのまれたの!」
「そうか、偉いな」
「えへへー」
褒められたのが余程嬉しかったのか、女の子はビンを抱えままクルクル回り始めた。コケてビンを割らないか心配だ。
「ほら、店の人来たぞ」
「これくださーい!」
「気付かなくてごめんね、今お店が1人しかいなくてー」
「⋯⋯ん?」
レジに立つ店員にどこか既視感を感じた俺は、会計をしながら女の子と楽しそうに喋る少女をまじまじと見つめる。
雪のように白く、肩のところで切りそろえた髪。同じように真っ白な肌と、対照的にも見える程赤く輝く瞳。見れば見るほど、人形のように美しく、そして儚い。
「はい、ありがとう。これ、おまけのアメね」
「わーい!」
「ふふ、今日はお兄ちゃんと一緒なんだね。そういえばあたし、ルナちゃんのお兄ちゃん初めて見るかも」
「ちがうの、お兄ちゃんじゃないけどはちみつとってもらったの。すごく優しいんだよ」
「あら、よかったねぇ。ありがとう、お兄さ───」
「───あ」
思い出した。俺の、守るべき人。俺を救い、俺に道を示したあの少女だ。
「おーい沙雅、どうやら⋯⋯って、何やってんだお前ら」
固まったまま見つめ合う2人を、リーダーが不思議そうに眺める。
なんというか、心の準備が色々と出来ていないまま会ってしまった。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯あの」
先に均衡を破ったのは少女だった。少女は柔らかな笑みを浮かべると、
「こんにちは。君とこんなに早く会えて、凄く嬉しいな」
と胸がオーバーヒートしそうなセリフを吐いてきた。
「あ、えっと、あの⋯⋯」
「うん?」
「とりあえず、一旦外に出るわ」
「え?!」
ワープにも近い早さで、俺は店の外へ出た。
「クソ、情けねぇ⋯⋯」
本当に情けない。その上最低最悪だし、自分自身が死ぬほど憎らしくもなる。俺の短い人生史上最大の不覚と言ってもいいくらいだ。
「馬鹿だろ俺⋯⋯」
なぜなら。なぜならば、俺はあの少女を見た瞬間、どうやら可愛いと思ってしまったらしかったのだ。それも、心の底から。




