救済
何とか心を落ち着かせ、店の中へと戻る。早いとこ買い物を済ませて、さっさと帰ってしまおう。
「あ、戻ってきた」
「⋯⋯⋯⋯」
再び少女と対峙する。爆発しそうな心臓を無理矢理抑え、動揺を隠しながら必死に言葉を紡ぐ。
「えーと、保存できる物だったよね。こっちの方だと、何ヶ月かは持つかな」
「あ、うん。そうか、じゃあそれで」
言われるがまま、商品をレジへと持っていく。どうやら飴の類らしいが、今はどうでもいい。とにかく、早く終わらせて一刻も早くこの場を離れなければ。
「甘い物、好きなの?」
「⋯⋯まぁ」
「お兄ちゃん、ルナといっしょー!」
「はしゃぐな⋯⋯」
だというのに、この二人は遠慮なしに話を振ってくる。助けを求める目線をリーダーに送るが、リーダーは笑いながらこちらを見ているだけだ。
「それにしても偶然だね。また会うって約束したけど、まさかこんなに早く会えるなんて」
「⋯⋯」
「ちゃんと帰れた? って、帰れたからリーダーさんと一緒なのか。あははは」
「⋯⋯⋯⋯」
何も言わずに、飴の入ったビンをレジの上に置く。街に来る前に貰った硬貨を適当に並べると、少女はそれを受け取りお釣りを渡してきた。
「また来てね。あ、美味しかったら教えてね。もっとたくさん作っておくから」
「どうも」
「うん。またね!」
足早に店を出る。最後まであの少女は笑顔で俺達を見送っていた。ほっと胸を撫で下ろし、道端にあったベンチに腰を落とす。ひとまず糖分補給だ。
飴玉を一つ取り出して口に放り込む。イチゴの様な甘酸っぱさが、痛む頭に優しく浸透する。
「お、丁度良いタイミングだ。悪いが少し待っててくれ」
休憩中の俺を置いて、リーダーはどこかへと行ってしまった。仕方なく飴玉を転がしながら、ベンチに背中を預ける。
「んで、何でお前はここにいるんだ?」
「お兄ちゃんといっしょなの!」
「はぁ⋯⋯」
隣を見ると、店で会った女の子がちょこんと座っていた。リーダーは少し離れた店で何やら店員と話し込んでいる。
「ほら、1個やる」
「ありがとー」
「⋯⋯はぁ」
飴玉を手のひらに置くと、女の子はパクリと口の中に放り込んで美味しそうに転がしている。
俺は黙って飴玉を噛み砕き、2個目の飴玉を舐め始める。
「うっ、ハッカ⋯⋯」
独特の味に思わず顔をしかめる。急いで味を中和しようと2個程飴を追加で放り込み、ガリガリと噛み砕いてしまう。
「確か⋯⋯ルナだっけか?」
「うん、そうだよ」
「ルナ、お使いはいいのか? 早く帰んないとお家の人が心配してるんじゃないのか」
「だいじょーぶ。ルナ、あしはやいから!」
「そういう問題じゃ無いけどな⋯⋯」
もう数え忘れた。今口に入ってる飴は何個目だろうか。とにかく糖分が回ってきた俺は、いつもと変わらない程度には回復してきた。
相変わらずリーダーは話し込んでいる。ルナにもう1個飴玉をあげ、俺はのんびりと空を眺め始める。
「ルナ、さっきの店の人、名前分かるか?」
「サリアおねーちゃんだよ」
サリア。それが彼女の名前。
「お兄ちゃん、おねーちゃんとともだち?」
「どうかな。あっちがどう思ってるかは分からないからな」
「お兄ちゃんは思ってないの?」
「⋯⋯⋯⋯どうだろう」
人なんて所詮、裏では何を考えてるのか分かったもんじゃない。サリアだって、もしかすると俺のことなんか面倒な奴だと思っているかもしれない。そもそもこんなワガママな奴に関わって、嫌わない方がおかしい。
そんな屁理屈を並べようとしたが、ルナが何か言いたげな顔をしていたので黙っておいた。
「ルナは、お兄ちゃんとともだちだよ!」
「⋯⋯⋯⋯」
「ルナはお兄ちゃんのことすきだよ。だから、ルナとお兄ちゃんはともだちなの。だってお兄ちゃん、きらいなひとといっしょにはいないでしょ?」
「⋯⋯そっか。そうだな」
「ね!」
屈託のないルナの笑顔が、淀んだ俺の心を晴らしていく。
「凄いな、ルナは」
「えへへ」
ぽふぽふとルナの頭を撫でる。無邪気なルナの言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。
「そろそろ帰りな。いつまでも知らない人と一緒にいちゃ、親御さんも心配しちゃう」
「えー」
「大丈夫、また会おう。約束だ」
「⋯⋯ほんとに、やくそく?」
「本当だ」
だからもう行きな、とベンチから立ち上がってルナの背中を押す。
「ばいばいお兄ちゃん、またね。やくそくだよ!」
「わかったわかった。ほら、はやく行け。転ぶなよ」
念を押すよう、何度も約束を確かめるルナに苦笑する。1度だけ振り返ったルナに手を振り、俺はリーダーのいる店へと歩き出す。
途中俺も振り返りそうになったが、格好がつかないなと思い堪えた。約束したのだ、何も心配する必要は無い。
「リーダー、こっちは終わった」
「こっちももうすぐだ。後少し待ってくれ」
なにやら店の奥で騒がしい音が聞こえる。リーダーと並んで暫く待つと、店の奥からメガネをかけた初老の男性がゆっくりと姿を現す。
「待たせたな。ほら、直ったぞ」
「助かる」
男性はリーダーに銀の懐中時計を手渡し、料金を受け取る。
「なんだお前さん、新入りを連れてきたのか」
「どうも」
「おう! ナフだ、修理屋をやってる。大体の物なら、オレに言ってもらえれば直せるぜ」
「そりゃいい」
整備は大切だ。物であれ人であれ、万全の状態とそうでない状態では大きな違いが生まれる。リーダーが使うと言う事は信頼できるだろし、何かあったらここに頼もう。
今修理してもらうものは無いので、とりあえず店を後にすることにした。
「まいどー」
「また何かあったら頼む」
ナフと別れ、来た道を戻る。もう俺の用事は無い。あとは帰るだけだ。
「さっきの菓子屋の子と知り合いなのか?」
「うぇっ?! あいや、まぁ色々とあってだな。あ! いや別に何かあったわけじゃないけど、少しだけ、本当に少しだけ助けられたっていうか何ていうかだな⋯⋯」
「落ち着け。別に何も言わん」
「本当にだな、クローズとかに言うなよ?」
「言わん」
これは俺の勘だが、アイツには弱みを見せてはならない気がするのだ。下手に弱みを見せれば、たちまちアイツはオモチャにしかねない恐ろしさがある。
あくまでも俺の想像だが。
「アイツは⋯⋯何ていうか、俺じゃ届かない場所にいる気がするんだ」
ただのうのうと生きてる俺と、精一杯生きてる彼女。そんな彼女の前に立つと、酷く自分が矮小に思えてくる。
だが、そんな感情も元の世界に帰ってしまえばすぐに忘れる。だから早く元の世界に帰る手がかりを探して、さっさとこの世界から抜け出そう。
「そう自分を責めるな。責めたって結局傷つくのは自分だ。そういう趣味があるなら別だがな」
「ねぇよ!」
「それだけ元気があれば大丈夫だ」
「ったく、人を変態扱いしやがって⋯⋯あ」
腹がくぅと間抜けな音を鳴らす。太陽を見ると、丁度真上に差し掛かる辺りだった。
気を紛らわせるように飴玉を三個噛み砕いて飲み込むが、空腹感は消えることは無かった。
「何か食ってこう」
「ごめん⋯⋯」
恥ずかしさのあまり顔を伏せると、リーダーは笑いながら俺の方をポンポンと叩いた。
イケメンだなぁ。もし俺が女だったら多分惚れるだろうなぁ。男だから惚れないけど。
「何か食いたいものはあるか?」
「なるべく美味いもの」
「いいだろう。着いてこい、お前にはとっておきの店を紹介してやる」
リクエストを受け、不敵に笑うリーダー。その表情に少しだけ不安を感じながら、俺達は昼食を取るべくリーダーオススメの店へと向かうのであった。




