表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡の中の令嬢は溺愛希望王子と、すれ違って魅せられる。  作者: 待鳥園子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/6

01 挨拶をする

「っ……君は? 誰だ?」


 目の前に居た男性は私を見てとても驚いた様子で、じりじりと後退りながらそう言った。


 自分はこの人から、不審者であると認識されている。そんな不本意な光景を、私は何度か目を瞬いて、ただ見ているしか出来なかった。


 今、丸い小窓から部屋の中に居る彼を見ているのだけど、足が何故か動かない。


 まさかと戸惑っている様子の彼の目、驚きと不信という感情が入り混じる青色の瞳は美しい宝石のようだ。生まれつきの癖毛なのか全体的に巻いている金髪は見事な艶があり、それが取り巻く顔立ちは優美でありつつも、端正かつ男性的という絶妙な均衡を保っていた。


 細身ながらも鍛えられている体には豪奢な金の縁取りが付いた赤いマントを纏い、誰がどう見ても主役級の夜会服を着用している。


 一目見ただけで、それは理解出来る。間違いなく、彼は国の最高位の王族か、それに準ずる身分に属する人なのだろう、と。


「……え? 私は……っ……?」


 彼が抱いているだろう疑惑について、それは完全に誤解であると伝えたかった。無実を証明したくて。せめて、名前を名乗ろうとして、言葉を止めた。


 今度はこちらが呆気を取られて、驚いてしまう番だった。なんということなの。自分がどんな名前を持っている誰であるか、何も思い出せない。


 思いだそうとしてもまるで実体のない煙を懸命に掴んでいるかのように、記憶が辿れないのだ。


 そもそもの話ではあるのだけど、なぜここに自分が居るのかすらも良く理解出来ないし、わからない。


 ここはどこ? 私は誰? そんな状況を、自分で体験することになろうとは!


 あまりの動揺で口をパクパク開いたり閉じたり、何も言えない私に対し、良くわからないと眉を寄せた彼は、とにかく私たちだけではない。第三者を、ここに招くことにしたようだった。


「おい! 誰か! 誰か来てくれ!」


 危機感のある彼の大きな呼びかけに応えて、部屋のすぐ前に控えていた護衛騎士が入って来たののだろう。ガチャガチャといった、鎧がぶつかり合うような金属音が部屋の中に鳴り響いた。


 そして、私の視界は次の瞬間、暗闇に閉ざされてしまった。



◇◆◇



「……なんでだろう。僕が一人になると、また君は現れた」


 次に私が見たものというと、大きなベッドへと腰掛け、先ほどとは違う楽な服装へと着替えた彼だった。


 これまで何もわからずに驚いている内に視界は黒くなり、部屋の様子などは落ち着いて見ることは叶わなかった。


 けれど、とても広く豪華な家具や寝具が揃っているここは、彼が夜に体を休めるための寝室で、個人的な空間だということは理解した。


「なんだか、迷惑をお掛けしているようで、ごめんなさい……」


 あきれたような表情になっている彼に、何の説明も出来ない私は落ち込みしゅんとして謝るほかない。


 小窓のような場所から、彼のことをこうして見ることが出来るのだけど、どうしても足が動かないのだ。


 誰かの寝室を覗くなんて、そんなことは常識的に考えてしてはいけない。


 私はここから立ち去るべきだと、ちゃんと理解し出来ているはずなのに、それは出来ないのだ。


 私の視点はほぼ固定されて上半身は動くけど、足は動かない。目の前には透明の壁があるようで、部屋の中へと抜け出せない。


「……なぜ。僕の寝室の鏡の中に、うら若きご令嬢がいらっしゃるんだ? しかも、君は……多分、この国の貴族ではないな?」


 先ほどより幾分冷静になっている様子の彼は話ながらゆっくりとした歩みで、こちらへと近付いて来た。鏡の中をのぞき込むようにして私が着ているドレスをしげしげと見てから、顎に手を当て考え込むような仕草を見せた。


「本当に……ごめんなさい。私もどうして良いものか、わからなくて。なぜか、立ち去りたくても、足が動かせないのです。もし、私がここに居る理由が、呪いのようなものであれば、魔法使いの方を呼んで頂き解呪していただいてもよろしいですか?」


 自分が、鏡の中に居るなんて信じられない。通りで小さな丸い窓からのぞき込んでいるような状況になっているはずだ。


 私は泣きそうになりながらも、この信じがたい事態を、どうか助けて欲しいと目の前の彼へ訴えた。


 古代の権力者たちは世界を滅ぼしかねないと危惧し、当時盛んだった魔法という文化は厳しく取り締られることになり、今ではだいぶ廃れてしまった。とは言え、魔力を持つ魔法使いは今も少数ながら存在することは存在する。


 ただ、彼らは魔塔という魔法使いのみが所属する組織に属していて、誰かが雇おうとすれば、非常に高額な報酬を必要でそれは庶民が払えるような値段でもない。


 けれど、私にはどうにもこの状況をどうにも出来ないし。このままでは、彼の寝室を覗き見し続ける痴女になってしまう。お金のことなどは、今は気にしている場合でもない。


「……すまないが、君がさっき姿を消してしまってから、もう既に一通り試した。急ぎで呼んだ魔法使いは、この鏡には何の問題もないと言ってから帰ってしまった後だ。なぜ、こんなことになったんだ? 困っていると言うのなら教えられる範囲で良いから、話してくれないか。原因がわかるなら、こちらにも対処のしようがある」


 私が最終手段ではないかと思っていた存在の魔法使いは彼に呼ばれて、帰ってしまった後らしい。そして、鏡には問題はないのだろうと判断し、彼がもう眠ろうとした時に再度私が鏡の中に出て来たのだろう。


「本当に……申し訳ありません。私は今、記憶がなくて……自分の名前が誰かも、なぜここに居るかもわからないんです。けれど、貴方がこの国でとても身分の高い存在であるということは理解は出来ます。自分が誰かということ以外は、一通りの常識的なことはわかっています」


 自分のことを説明して頭を下げて謝罪した私に、彼は難しい表情を浮かべたままで、ふうと大きく息をついた。


「わかった。とにかく、お互いに落ち着こう……君はどうやら、魔力を持つ魔法使いにも探知出来ない方法で、そこに閉じ込められているらしい。それに、僕が一人の時にしか、君は鏡の中に出てこない。他に誰かが居れば、姿を消してしまうようなんだ」


 どう考えても不審人物でしかない私に対して、彼は慎重に言葉を選びながら優しくそう言った。そんな態度から察すると彼は身分を傘に着て尊大に振る舞うような人ではなく、とても紳士的な人物のようだ。


「あ。それで……」


 私は彼の言葉を聞いて、息を飲んだ。


 そうか。あの時に、彼は部屋の外から人を呼んで、私は意識がなくなり視界には何も見えなくなった。だけど、彼側からは私の姿が、消えてしまっていたらしい。


「これは……東方から伝わった絹か。体に沿ったデザインで、生地も薄い。見るからに寒そうだ。我が国では君の着ているドレスの素材のようなものは、あまり流通していない。だからつまり、君はここより暑い地方にある国に居たのかもしれない」


 真面目な顔で私の着ていたドレスを検分し、そう推理して言った。


 私にとっては不幸中の幸いだけど彼は「こんな気味の悪い鏡なんて、どうでも良い。捨ててしまえば良い」とは言いそうにはなかった。


「ごめんなさい……こんな、驚きましたよね。寝室の鏡の中に、見知らぬ女が居るんですもの。もし自分だったら……とても嫌だと思います。記憶もないし、寝室の鏡にただ居ただけの私の話を真剣に聞いてくれて、本当にありがとうございます」


 申し訳なくて頭を下げた私を見て、彼は慌てたようにして言った。


「いや……僕も、修行が足りない。君にだって、何か事情があるかもしれないのに。思わぬ事態に慌てて、みっともないところを見せてしまいすまなかった。朝になったら、情報を集めてみよう。もしかしたら、君のような行方不明者が居て、ご家族も心配なさっているかもしれない。身近な人物を見れば、もしかしたら消えた記憶だって蘇るかもしれないし……」


 きっと、彼は尊き王族だ。先ほど着ていた服だって、信じられないくらいに高価そうで立派だったし、豪華な調度のある部屋を見れば、その身分が簡単にわかってしまう。


 そんな彼から思わぬ優しさを感じて、込み上げる感情で目が潤んできてしまった。


「……迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい」


 訳のわからない状況の中、どうしようもない身に寄り添ってくれる、彼の優しさが嬉しい。自然と涙が頬に流れた。


「そんな理由で、泣かなくても良い。どうか、落ち着いて。こんな風に困っている可哀想な女性を、捨ておける訳がない……ん? これは何だ?」


 そう言って彼は私の閉じ込められている鏡の枠の内側に刺さっていた、四つ折りの白い便箋を指さした。


「……これは?」


 私は広げた白い便箋の書かれていた流麗な文字を見て、何度か目を瞬いた。


『鏡から出るには、七つの条件がある。但し、一日の内にこなせるのは一つだけ』


 なんと、手紙は鏡から出る方法を、親切に教示してくれているようだ。注意書きの下には、一つ目の条件が大きく書かれてあった。


「なんて、書いてあるんだ?」


 彼はとても不思議そうに言ったので、私は慌てて近付いていた顔を真正面から見てしまった。鏡の透明な硝子を隔てていると言えど、胸が勝手に高鳴って、心臓に悪いほどに美形な男性だ。


 ドキドキと鼓動は速くなり、頬を熱くして口を何度か開けたり閉じたりした私を訝しげに見て、彼は何があったのかと言わんばかりに首を傾げた。


「あのっ……鏡を出る方法が、書かれているようです。えっと……全部で七つの条件があって、一日にこなせるのは一つだけだと……」


 慌てて辿々しく便箋の内容を読んだ私に、彼はほっと安心した様子を見せた。


「そうか。鏡の中から出る条件がもう提示されているのならば、何の問題もないだろう。不思議な力を持つ、何かの悪戯だろうか。つまり、君は首尾よくいけば、七日後には鏡の中から出られるということか。本当に良かった……それで、その一つ目の条件というのは?」


「えっと……それが」


 確かに一つ目の条件はそこには、書かれていた。だけど、言いづらい。本当に、言いづらいのだ。


「どうしたんだ? 何か、無理難題が書かれているのか? 心配ない。言ってみてくれ。僕が出来ることなら、君がここから出られるように協力を惜しまない。シャパニエン国第二王子アレクセイ・クラシャンの名において誓う」


 私が十中八九そうだろうと思っていた通りに王子様だった彼は、アレクセイ様という名前らしい。凛として真面目な雰囲気を持つ彼らしい、とても良い名前だと思った。


「あの……その。えっと……『挨拶をする』と、書かれています」


 便箋に書かれていた、あまりにも簡単な条件に、つい恥ずかしくなってしまった私は俯いてしまった。けれど、アレクセイ様は忍び笑いを漏らすと、納得するようにして何度か頷いた。


「……なるほど。そうかそうか。それは、とてもとても無理難題だな? それでは、早速一つ目の条件とやらと試してみようか……おやすみ」


 何か不思議な魅惑の光でも、放っているのか。見ているだけで吸い込まれてしまいそうな美しい青色の瞳を見上げながら、私は彼に挨拶を返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
::::::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::新発売作品リンク::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::::

【4/3発売】
i945962
溺愛策士な護衛騎士は純粋培養令嬢に意地悪したい。 第1巻


【3/22発売】
i945962
恋愛禁止なので、この契約婚は絶対に秘密です! 子竜守令嬢は騎士団長の溺愛に気づかない


【3/19発売】
i945962
素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる 第1巻


【3/13発売】
i945962
ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う THE COMIC 第4巻


【3/5発売】
i945962
大和撫子は素敵な恋を夢見る 和風恋愛アンソロジーコミック
※『海神さまに溺愛されて幸せな結婚したはずなのに、眠れない。』をコミカライズしていただいております。

:::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::コミカライズ連載中::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::

コミックシーモア先行連載『素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる』

竹コミ!『溺愛策士な護衛騎士は純粋培養令嬢に意地悪したい。』

MAGCOMI『ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う』

:::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::作品ご購入リンク::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::

【電子書籍】婚約者が病弱な妹に恋をしたので、家を出ます。
私は護衛騎士と幸せになってもいいですよね


【紙書籍】「素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う3巻

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う2巻

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う

【コミック】ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う THE COMIC

【紙書籍】「急募:俺と結婚してください!」の
看板を掲げる勇者様と結婚したら、
溺愛されることになりました


【電子書籍】私が婚約破棄してあげた王子様は、未だに傷心中のようです。
~貴方にはもうすぐ運命の人が現れるので、悪役令嬢の私に執着しないでください!~


【短編コミカライズ】海神さまに溺愛されて幸せな結婚したはずなのに、眠れない。

【短編コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

【短編コミカライズ】婚約破棄、したいです!
〜大好きな王子様の幸せのために、見事フラれてみせましょう〜


【短編コミカライズ】断罪不可避の悪役令嬢、純愛騎士の腕の中に墜つ。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ