第一話 ゴミ捨て場の聖母
その夜、剛はひどく酔っていた。大学三年の、中身のない合コンの帰り道、期待していた戦利品はなく、残ったのはひどい頭痛と、雨上がりの湿り気を帯びた都会の夜風だけだ。
駅へと続く裏路地、街灯がチカチカと不規則に瞬くゴミ捨て場。
そこで「それ」を見つけた。
カラス除けのネットに絡まるようにして、うずくまっている影がある。
派手な和装柄のTシャツ、細い肩。暗がりで見えるその横顔は、陶器のように白く、そして驚くほど整っていた。
「……おい、大丈夫か?お姉さん」
剛は、泥酔して行き倒れている女の子だと思った。声を掛けると、影がゆっくりと顔を上げた。
街灯の光がその瞳に落ちる。潤んだような艶やかな、けれど焦点の合わない、虚ろな双眸。いつからそこにいたのか、微かにゴミの匂いもする。全身ずぶぬれだ。
「は……あははは……お姉さんやって。嬉しいなぁ……」
聞こえてきたのは、少年のように高く、けれど、どこか枯れたような、艶っぽい男の声だった。剛が息を呑んだのは、見間違えた性別のせいだけではない。
男の細い左腕。和装柄の袖をまくり上げたその先には、赤黒くはれ上がった無数の「線」が刻まれていた。新しいものから古いものまで、執拗なまでに重ねられた自傷の痕。
そこから滴る鮮血が、道端に捨てられていたコンビニの袋を汚していく。
「……あっ、お前っ、それ……っ、何やってんだよ!」
剛が反射的にその腕を掴もうとした時、男のズボンのポケットから、クシャクシャの薬袋がこぼれ落ちた。安定剤、眠剤、強い向精神薬。夜の路上に散らばるPTPシート。
(……剛ちゃん……)
会ったこともないはずの男が、なぜか剛の名前を呼んだ気がした。
「……ええっ?……これ、痛うないで。……だって、綾がさあ『もっと奇麗にして』って言うてるからね。ほら、あそこ見える?……うちの妹が居てるやろ?」
男は、誰もいないゴミの山を指差し、ヘラヘラと、無垢な子供のような笑みを浮かべた。
その笑顔には、一切の苦痛も、羞恥も、恐怖もない。あるのは、ただ底知れない「空虚」だけだ。
「ゾッとする」とは、こういうことか。剛の背筋を、冷たい汗が伝った。
こいつ……ヤバそうだ……本当であれば、関わってはいけない「あかんやつ」。直感がそう告げている。
……この男を連れて帰れば、自分の「普通の生活」は終わるかもしれない。
だが、剛の指先は、自分でも制御できないほどの強い力で、その冷たい手首をつかんでいた。
五人兄弟の長男として、困っているガキを放っておけないという「呪い」のような習性が。
人はそれを「おせっかい」と呼んでいるかもしれない。
「……立てよっ!……こんなところで寝ていると、本当にゴミに出されっぞ」
「ふふふっ……ええで。うち……もう、既にゴミなんやし」
男は、剛の腕の中で、満足げに目を閉じた。




