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帝国ホテル大阪、ロビーラウンジ。
中央にある水盆から溢れる透明なせせらぎは、川となってテーブル席の周囲を流れる。
ガラス張りの窓からは瑞々しい緑が見え、優美なクラシックの調べが耳に心地よい。
白のワンピースに真珠のネックレスをつけた朱理は、ハンカチを膝の上に置き、緊張しながら二人が来るのを待っていた。
(遅いな……雪ちゃん)
華奢なストラップの腕時計で確認すると、午後二時五十七分。
待ち合わせは三時だ。そろそろ雪乃も、相手の男性も来ていい頃合いだった。
どくんどくんと心臓の鼓動が早鐘を打っている。
噛みしめていないと、震えて奥歯が鳴り出しそうだ。
できることなら、今すぐこの場を立ち去りたいくらいだった。
(えらいこと引き受けてしもたわ。せやけど、二人さえ引き合わせれば、私の役目は終わりや。帰って、ゆっくりユーチューブでも見よ)
最近はまっているチャンネルは、ゲームの攻略動画や、可愛い猫の動画、それにメイク動画だった。
温かい部屋で毛布にくるまってそれらを見ながら、人を駄目にするクッションに寝ころび、ハーゲンダッツのクッキー&クリームを食べるのが至福の時間だった。
「こちらの席へどうぞ」
黒スーツのホテルマンが朱理の席を手で示したので、はっとして顔を上げると、何かが視界をよぎった。
(ライオン……?)
太陽を映したようなタンポポ色の髪を逆立て、額をくっきり見せた独特のヘアスタイルをしている。
いわばライオンヘッドと言うべき奇抜な髪型をした男性は、どすんと朱理の前の席に腰を下ろした。
二十代後半といったところだろうか。
長身で灰色のスーツがよく似合っており、テーブルの下で窮屈そうに足を組んでいる。
「風間雪乃さん?」
「は、はい」
ついうっかり「はい」と答えてしまい、朱理はうろたえた。
(何が『はい』や、違うやん)
否定しなければと思うのだが、ライオンヘッドの男は値踏みするような目で朱理を眺めると、溜息をついた。
朱理が美人すぎてうっとりしているのではないと、分かるだけの溜息だった。
「お前のとこの社長、頭おかしいで」
開口一番に罵られ、朱理は言葉を失った。
男性は身を乗り出し、至近距離に顔を寄せてきた。
切れ長の目を長い睫毛が覆い、鼻筋が通っている。
「お前もお前で、もうハタチ越えてるんやろ。大人やったら、ちょっとは自分の頭で考えて行動せなあかん。ノコノコこんなとこ来て……あほちゃうか」
(い……いきなり何?)
これがお見合い相手の取るべき態度だろうか。失礼にもほどがある。




