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「まあ、そない暗い話とちゃうねん。何回か手術してようならんから、医者に大体の寿命聞いて、やりたいことはできるうちにやっとこうっていう、そういう話や」
「でも……」
フォークを掴んでいる手がみっともなく震え、朱理は慌ててそれをテーブルに置いた。
「ゆ、雪ちゃんは?知ってはるんですか?」
「そら、もちろん知っとるよ」
敏男は言って、目を伏せた。
すっかり食欲が失せてしまい、朱理は呆然とテーブルの上の料理を脇へ避ける。
そこへウェイターがやってきて、代わりに苺のシャーベットを置いていった。
「あいつなぁ、『わしが生きてる間に花嫁姿見せてくれ。わしの最後の望みや』言うても、全然『うん』言いよれへんねん。それどころか、わしの頭パーン叩いてきおった」
「ええ~っ」
再び朱理は情けない声を上げた。
(どういうこと?)
母親を幼い頃に亡くした雪乃にとって、敏男はたった一人の大切な家族のはずだ。
父親が余命いくばくもないと知って、最後の望みをむげに断るだろうか。
(それか……やっぱり伯父さん、嘘ついてるとか?)
目の前の敏男は顔色もよく、食欲も旺盛で、一見すると病気を患っているようには見えない。
雪乃はそれを見抜き、父親にきついツッコミを入れたのだろうか。
「朱理ちゃん」
気づいたら敏男は立ち上がり、朱理の座っている椅子の前にやってくると、膝をついて言った。
「頼むわ。わしにはもう、朱理ちゃんしか頼める相手がおらんねん。わしの代わりに、雪乃の婿に会ってくれへんか」
「いやいやいやいや伯父さん。ちょっとちょっと」
周囲から奇異な目で見られ、朱理はうろたえた。
高級レストランという場所で、大の大人が、それも大企業の社長が小娘相手に土下座しているのだ。
人目を引いて当然だった。
気づいたら自分も椅子を降り、朱理は必死で訴えていた。
「分かりました、分かりましたから土下座はやめてください、ほんま」
「おお!やってくれるか?」
きらきらとした漆黒の瞳に見つめられた瞬間、頭の中で言葉が弾ける。
――審判者。
これは審判なのだ。
生を終え、別世界に旅立つ敏男のための。雪乃のための。
そして、まだ見ぬ雪乃の結婚相手のための。
自分は、彼らの審判者として選ばれてしまったのだ。
だが、朱理はまだ気づいていなかった。
自身もまた、裁きを与えるものではなく、運命に裁かれる者の一人であるということに。




