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「朱理?朱理っ」
肩を叩かれて、はっと目が覚めた。
こちらを心配そうに覗き込んでいるのは母親だった。
青ざめた顔をして、目の下に濃い隈が浮かんでいる。
「もうーびっくりした。こんなとこで寝んといてよ。死んだかと思ったわ」
「うえっ、あ……」
爆睡していたせいか、口からよだれが垂れていた。
半分寝ぼけた状態で、朱理は唇を拭う。
(あ、病院か)
「お父さんが車出してくれたから、行くで」
「お会計は?」
「もう済んだ」
「ごめん。ありがとう」
肩を抱かれ、人気のない静まり返った夜の廊下を歩き出す。
リノリウムの床が、きゅっきゅっと鳴いた。
「お母さん、あんな……私な……」
あまりにもいろいろなことが起こりすぎて、どこから話せばいいのか分からない。
千石貴文のこと。雪乃のこと。警察のこと。久瀬翼のこと。
そして――。
母は小さく溜息をつくと、ゆるくかぶりを振った。
「事情は大体、敏男兄さんに聞いたから」
「えっ」
朱理は思わず顔を上げた。
「敏男兄さんが入院してることも、あんたが雪乃ちゃんのお見合い相手と会ってたことも、その方が……殺されてしもたいうことも」
(そっか……伯父さん、話さはったんや)
事ここに至っては、母に内緒にしておくことはできなくなったのだろう。
ばれてしまったことで安堵すると同時に、とてつもない無力感と罪悪感が押し寄せてくる。
(……何もできへんかったな、私)
自分なりに頑張ったけれど、結局、雪乃と千石貴文を引き合わせることさえできなかった。
このまま伯父は亡くなってしまうのだろうか。
娘のことが、どんなにか心残りだろう。
しばらく沈黙した後、母は話題を切り替えるように言った。
「警察の人が、あんたに話聞きたいって言うてはったわ。現場検証っていうの?逃げた車、まだ見つかってへんねんて」
また警察か。
朱理が渋い顔をしていると、母は察したように肩を撫でた。
「弁護士の先生が、いろいろあって疲れてるから、朱理を一旦家に帰らせてくれって頼んでくれはってん。現場検証とかそういうのは、僕が全部引き受けますって」
(ライオンキングが……)
朱理の胸がじんと熱くなる。
「久瀬さん、怪我の具合はどうなんやろ」
「大丈夫みたいやで」
「そっか……」
どうやら久瀬翼に、たくさんの借りができてしまったようだ。
「お母さん、雪乃ちゃんとお話しようと思うねん」
駐車場につくと、母はきっぱりと言った。
「え?」
「もちろん、いろんなことが落ちついてからやけど。ちょっと気になることもあるし」
「気になることって?」
聞き返すが母は答えず、ライトのついた車を指さした。
「ほら、あっち。お父さん待ってる」
「あ、うん」
「あんた、ご飯食べたん?」
聞かれた瞬間、お腹がぐうと音を立て、こんなときなのに――と、ほんの少しだけ笑った。




