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「どうしたらいいんですか」
問いかけると同時に、答えがひらめいた。
(犯人を見つければいいんや)
千石貴文を殺した犯人が分かれば、朱理への取り調べは必要なくなる。
「またアホなこと考えてるやろ」
翼に言われて顔を上げ、同時に直感した。
(何か来る)
それは音ではなく、気配でもなく、猛烈な予感だった。
半ば反射的に振り向いた朱理は、背後から音もなく突っ込んできた黒い車を目に捉えるや否や、大声で叫んでいた。
「危ない!!」
とっさに身を翻し、翼の腕を引っ張る。
ドーン!!!
耳が割れるような轟音に続いて、激しい衝撃、悲鳴、クラクション、ガラスが割れて飛び散る音。
目を開けていられず、視界が真っ暗になる。
「う……」
朱理は夢中で腕を動かした。早く起きないと轢かれる。
頭の中で、さっき見た戦車のカードがくるくる回っている。戦車、戦車、戦車。
(殺される……)
気づいたら、力強い腕に抱き起されていた。
薄目を開くと、視界に飛び込んできたのは、翼が地面に座り込み、こちらを覗き込んでいる姿だった。
「大丈夫か」
「は……はい……」
打ちつけたのか、膝と腰が痛い。手のひらにアスファルトの砂利が突き刺さっている。
はあはあと肩で荒い息をしているのが分かった。
噴煙というのだろうか、白い煙が辺りに漂い、周囲に人だかりができている。
スマホのカメラが一斉に向けられ、フラッシュが光り、撮影・録画されている。
黒い車は車道からガードレールを突き破り、通り沿いにあるカフェまで突っ込んだようだ。
そのまま急旋回して逃げ出したらしく、辺りに姿はない。
カフェから飛び出してきた人や集まってくる野次馬で、辺りは騒然としていた。
遠く、救急車のサイレンが聞こえてくる。
(もう……何が何だか……)
たった一日であり得ないことが起こりすぎて、脳がパンクしている。
そんな中、一つ思い浮かぶ疑念があった。
(今の車、まさか……わざと突っ込んできたん?)
「痛って。厄日やな」
軽く前かがみになりつつ、舌打ちまじりに翼が吐き捨てる。
「大丈夫ですか」
はっとして、朱理は翼を見た。スーツの膝が無惨に破れている。
(もしかして、私をかばったから?)
「腹減ったな」
「え?」
「ラーメン食いたい」
「は……はあ」
突拍子のない発言に、思わず間抜けな返事をする。
救急車が近づいてくるのを見て、朱理は安堵と落胆を同時に覚えた。
(お母さんに電話せな。でも、また心配させるやろか……)
スマホを取り出そうとした手を、翼が押さえて言った。
「さっきの車、誰が運転してたか見たか?」
「え……いや、全然。背ぇ向けてたんで」
朱理が首を振ると、翼は鋭い目で問いかける。
「せやったら、何で来る前から車が突っ込んでくるって分かったんや?」
一ミリの揺るぎもない、真っすぐな目だった。真実を追求する者の瞳。
気圧されて、朱理はごくりと唾を飲んだ。
「……それは」
「大丈夫ですか?」
タンカを持った救急隊員がやってきて、二人に呼びかけた。
翼は会話を中断すると、彼らにてきぱきと状況説明を始める。
その広い背中を見つめながら、朱理は話しそびれたことを、心のどこかでほっとしていた。




